第33話 勉強漬けの夏の悲劇

オープンスクールに参加するのと並行して塾では夏期講習があった。月から金の朝から夕方まで、学校に居る日とさほど変わりのないスケジュールで毎日を過ごしていた。

土曜日にも授業があったが、進路関連の予定があればそちらを優先するように言われていた。

私の通っていた塾は夏休み前に移転し、近距離ではあるが繁華街の中心地に新しい教室を構えた。それに伴い、服装自由だったところが制服着用となった。

私としては制服が大好きだったため少しでも長く着られるのは嬉しかったし、その方が勉強に集中できたので助かった。

塾には自転車で通った。少し遠かったので電車という手段もあったが、単純に勿体ないような気がしたのと体を動かす機会を設けるためだった。

暑すぎる日の通学時だけはジャンパースカートを一旦脱いで、着いてから着用するようにしていた。体操服の短パンを履いていたので脱いでも問題なかったのだ。


塾での学習は常に学校よりも先を行っていた。一旦塾で習って学校の予習をし、終わった頃に復習がある形式でかなり効果的だった。その間に1.2年の復習や演習が挟まるような形で、私も友人も着々と学力を伸ばしていった。

同じ制服を着た他校の女子の友人を交えた楽しいランチタイムも、多くは勉強に関する話で持ちきりだった。

どこの単元が難しいとかあの問題が苦手だとか、どちらかといえば悪い方の話ばかり盛り上がっていた。

私は英語がどうも好きになれなかったが、それなりに足掻いてなんとか平均レベルは保ち続けた。

時には早めに授業が終わる日もあったので、近くの商業施設のゲームセンターに少しだけ立ち寄る日もあった。長居はせず、あくまで私たちなりに息抜きの場所としていた。


ある日の朝いつも通り友人と自転車で塾へ向かっていると、路地から車が一旦停止を無視しながら猛スピードで飛び出してきた。

避ける間もなく自転車の前輪が車に巻き込まれてしまって私は転倒した。

ギリギリのところで避けた友人がすぐに駆け寄ってくれたが、当の車は止まることなく走り去ってしまった。ひき逃げされたのだ。

バイクで通勤していた見知らぬ会社員の方や、後ろを走っていた同じ塾の生徒が私の救護を手伝ってくれた。

通報している近くの通行人に友人が何かを慌てながら伝えていた。何を伝えていたのかこの時は知る余裕なんてなかった。

幸い体が直接轢かれはしなかったが、地面に打ち付けた手のひらは赤く染まり、素足を守ってくれたスカートはボロボロに破けてしまった。もちろん自転車はグシャグシャだ。


ほどなくして激しくサイレンを流しながら救急と警察がほぼ同着で来てくれた。救急隊の人はすぐに私をストレッチャーに乗せ、手の平や足にできた怪我の応急処置をする。

警察はそれに並行して私や友人、通報者とバイクの方へ事情を聞く。ここでも友人が何かを慌てながら伝えていた。

私はそのまま病院へ運ばれた。もちろん塾は欠席しなければならないので、友人に塾への連絡、警察には親への連絡をお願いした。


病院に向かいながら救急隊の方に私の事情を伝えるとかなり驚いた顔をされた。病院を受診するにあたって、私の真の性別は伝えておかなければならないのだ。

幸い骨折や神経への異状はなく、手のひらと膝の擦過傷だけで済んだ。

そのため病院に来てくれた母に塾へ送ってもらって昼から授業に参加した。制服はもう1着あったので1度家まで取りに帰って着替えた。事故にあった方のスカートは大事な証拠品なので警察に回収されたが、間違いなく二度と着られないだろう。

塾に着くなり、一緒に通学していた友人が半泣きになりながら無事で良かったと抱きついて来た。助けてくれて本当にありがとうと返したが、驚いたのはここからだった。

ちょうど塾が終わった時に警察が来て、私と友人が呼ばれた。犯人が捕まったらしい。決定打となった証拠は、一瞬減速した車のナンバーと特徴を咄嗟に記憶した友人の証言だった。通報時と聴取時に慌てながら伝えていたのはこのことだったらしく、私が病院で検査を受けていた頃には逮捕されていたらしい。

友人の信じられない記憶力と対応には本当に頭が上がらなかった。


この事故でお気に入りのクロスバイクを失ってしまったが、後日犯人側の補償で新品のちょっと高いクロスバイクが手に入ったので良かった。

しかしながら1秒早かったら生きていなかったかもしれないと思うとゾッとした。

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