266話「体育祭を終えて」

「「優勝、おめでとーう!!」」


 教室に戻り、クラスのみんなで今日の体育祭の勝利を祝い合う。

 先生の計らいでジュースを用意してくれたため、紙コップでジュースを飲みながらクラスは楽しそうにざわついている。



「お疲れ様、清水さん」

「うん、一条くんも最後凄かったよ」


 俺は隣の席の清水さんと、ジュースを乾杯しながら今日の体育祭を労い合う。

 清水さんの活躍があったから優勝できたと言っても過言ではないだろうし、何より運動が苦手な清水さんだけれど、この体育祭を全力で楽しみ、最後は笑って終えられていることが俺としても嬉しかった。



「まぁ、孝くんが負けちゃったのはちょっぴり残念だったけど、それでも一条くんが凄い走りを見せてくれたのが嬉しかったから」

「そ、そっか」

「そうだよ一条! 凄かったぞ!」

「うん、凄かった」

「ね! いやぁ、最後の走りはマジで痺れたよ!」


 清水さんに続いて、上田くん、朽木くん、そして一緒のレースを走った米田さんも、手放しに俺の走りを褒めてくれた。

 こうして誰かに褒められるというのは、あまり慣れてはいないから正直ちょっと恥ずかしい。

 それでも悪い気はしないというか、照れ臭くなりつつも褒められることは純粋に嬉しかった。


 こんな俺でも、クラスのみんなの役に立てたのなら良かったと、自然と笑みが零れてしまう。


 こうして、みんなで今日の体育祭の感想などを話し合う時間は、ある意味この体育祭において一番楽しい時間だったかもしれない。



 ◇



「たっくん! 帰ろう!!」


 うちのクラスの帰りのホームルームが終わったところで、すぐさま教室へ入ってきて駆け寄ってくるしーちゃん。

 その大きな瞳をキラキラと輝かせながら、鼻息をフンスと鳴らせてグイっとその顔を近付けてくる。



「そうだね、帰ろっか」

「うん!」


 俺の返事に、嬉しそうに頷くしーちゃん。

 その頬はほんのりと赤く染まっており、その勢いのまま俺の腕に抱き付いてくる。


 そんなくっ付く俺達に、当然のように周囲の視線が集まってしまう。

 だが、その視線の中には女子からの視線も混ざっており、どこか残念そうな表情を浮かべているのであった。


 まぁ、その理由はあまり考えないようにしつつ、俺の彼女は何があっても一人だけだからと思いながら、俺はしーちゃんとしっかりと手を繋ぎ合いながら教室を出る。


 ぎゅっと握った手を、しーちゃんは歩きながらぎゅっぎゅと握り返してきており、言葉にはしないもののそうやって俺の気持ちに応えてくれるのであった。

 それが嬉しかった俺もぎゅっと握り返すと、またぎゅっと握り返される。


 そんな、口での会話こそないものの、お互いに繋ぎ合った手で気持ちを確かめ合うというのは、ちょっぴりこそばゆかった。



 ◇



「改めて、優勝おめでとう」

「うん、ありがとう。最後のレースで孝之が勝ってれば、まだ分からなかったけどね」

「それを言われちゃうと、ちょっと困っちゃうんだけどね。でもわたしは、たっくんに勝って欲しかったから、いいの!」


 そう言って、ニッと笑みを向けて来るしーちゃん。

 だから俺も、改めてありがとうと笑い返す。


 今日は一日外で身体を動かしていたため、全身の疲労は凄い。

 それでも、大好きな彼女とこうして一緒にいるだけで、疲れるどころか力が湧いてくるような感覚がしてくるのだから不思議だ。



「しーちゃんも、玉入れ凄かったよ」

「あはは、実は小さい頃から得意なんだ」

「そうなんだ。それにしても、百発百中だったね」

「ええ、仕事人ですから!」


 空いた方の手を顎に当てて、ドヤ顔を浮かべるしーちゃん。

 美少女でアイドルなのに、玉入れの仕事人という何とも言えないギャップのある肩書が面白くて、俺は思わず吹き出してしまう。

 すると、しーちゃんもウケ狙いだったようで一緒に笑った。


 思い返せば、やっぱり色々あった今回の体育祭。

 しーちゃんだけでなく、孝之、そして同じクラスの清水さんも大活躍だった。

 今回はライバル同士ではあったものの、それはそれで面白かったように思う。



「ねぇたっくん、今日バイトは?」

「休みにしたよ。さすがに疲れてるかなって思って」

「そっか、じゃあ疲れているところ申し訳ないんだけどね、ちょっと寄り道していかない?」


 しーちゃんからの、そんな可愛いお願い。

 そんなもの、どれだけ疲れていようが俺に断れるはずもなかった。



「いいよ、どこ行く?」

「んー、もうパンケーキ巡りも済ませたし、ご飯はまだちょっと早いから……一緒にスーパーとか?」

「スーパー? うん、いいよ」

「そ、それでなのですが……今日は良かったら、一緒にうちでご飯食べて行かない?」


 頬を赤らめながら、少し恥ずかしそうにそんなことを申し出てくれるしーちゃん。

 だから俺は、やっぱりそんな可愛い申し出を断れるはずもなく首を縦に振る。



「うん、もちろん。じゃあ、家に連絡しちゃうね」


 そう言って、俺は繋いだ手を離してポケットからスマホを取り出そうとする。

 しかし、それを拒むようにしーちゃんは繋ぎ合った手をぎゅっと握り返してきて、離そうとはしなかった。



「ス、スーパーに着いてからでも、い、いいんじゃないかな?」


 そしてどこかぎこちなく、そう言って持ち前の挙動不審を発揮するしーちゃん。

 そんな、まだ一緒に手を繋いでいたいアピールをしてくるしーちゃんが可愛くて、俺も手をぎゅっと握り返す。



「分かったよ、あとでね」

「えへへ、うん!」


 こうして、しーちゃん家の最寄りのスーパーに着くまで、俺達はしっかりと手を繋ぎ合いながら並んで歩いた。

 その間も、また交互にぎゅっぎゅと握り合うのが楽しくて、しっかりと繋がりを感じ合えることが何より幸せでいっぱいなのであった。



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