262話「昼休みとお弁当」

 借り物競争が終わり、お次はクラス代表者の百メートル走対決。

 各学年八クラス三名ずつ選出し、一レース四名ずつで競い合う。

 その後、各レースで一位になったものが集まり、決勝戦が行われることとなる。


 うちのクラスからは陸上部の男女を中心に、残りは運動部から男女それぞれ三人ずつが選出された。


 そして結果は、男子が三位、女子が二位という好成績に終わり、クラスみんなで健闘を称え合いつつ、こうして体育祭の午前の部は終了となった。



 ◇



 昼休み。

 俺は清水さんと共に、隣のクラスのしーちゃんと孝之の二人と合流し、いつもどおり一緒に弁当を食べることとなった。

 今日は一日外で過ごすこともあり、せっかくだからといつもの食堂ではなく、校舎脇の日陰になっているところで食べることにした。



「はい、たっくんの分だよ」

「いつもありがとう」

「うん、えへへ」


 何やらいつにも増して、幸せそうに微笑むしーちゃん。

 それはもう本当にニンマリと微笑んでおり、何か企んでいるようにも思えた。



「……えっと、どうかした?」

「ううん、なんにもないよー。えへへ」


 ……いや、その顔は絶対に何かあるでしょと言いたくなるが、本人は何も言うつもりはないようなので、それ以上は追及しないでおくことにした。


 気を取り直して弁当を食べようと、俺は受け取った弁当箱の蓋を開ける。

 するとそこには、ごはんの上に海苔で『がんばれ! たっくん!』と書かれており、周りには切られたハムで作られたハートマークが散りばめられていた。



「どう? 驚いた?」


 そう言ってしーちゃんは、驚く俺の反応にご満悦な表情を浮かべる。



「──驚いたよ。これは午後も頑張らないとだね」

「えへへ、午後も頑張れるように、愛情たっぷり詰め込ませて頂きました!」

「うん、しっかりと受け取らせていただきました」


 お互いに、わざとらしくそんな言葉を交わすと、何だかおかしくなって二人同時に吹き出して笑い合う。

 たしかにこのお弁当、気持ち的にも物理的にも愛情がたっぷりだった。



「あはは、やっぱり考えることは同じみたいだね」

「そうだな」


 そんな俺達のことを見ながら、孝之と清水さんも一緒に笑う。

 そして孝之は、同じく清水さんから受け取った弁当を見せてくれたのだが、そこには同じくごはんの上に海苔で形どられたハートマークが散りばめられていた。



「考えることは同じだね」

「そうだね!」


 まさかの同じ愛妻弁当に、二大美女の二人がおかしそうに笑い合う。

 そんな笑い合う姿は今日も天使のように美しく、俺も孝之もその神々しい光景に見惚れてしまう――。



「卓也、エデンだ……あれがエデンだよな……」

「ああ、エデンだ……間違いなくエデンだ……」


 結果、俺と孝之は、仲良く昇天させられてしまうのであった。



 ◇



「よーし、腹ごしらえも出来たことだし、午後は絶対にうちのクラスが巻き返すから、そこんところよろしくな!」

「そうだよ! 絶対に負けないからねっ!」


 俺と清水さんに宣戦布告しながら、立ち上がる孝之としーちゃん。

 そうだった、今日に限っては二人とも俺と清水さんのライバル関係なのだ。


 ちなみに現在、しーちゃん達五組とは十ポイントの差で、我ら四組が勝っている。

 けれど午後の部の結果によっては、全然逆転も可能なポイント差のため全く油断はならないといった状況だった。

 とりあえず、こう二人に言われてしまっては、俺と清水さんも黙っているわけにはいかなかった。

 だから俺は清水さんと目配せをし、言葉を交わさなくても完全に意思疎通をする。



「よし、じゃあ俺達も負けないように頑張らないとね。玉入れ応援してるよ清水さん」

「うふふ、ありがとう一条くん。わたしも一条くんのリレー、一生懸命応援するからね!」


 俺達も立ち上がり、そう言葉を交わして笑い合う。

 相手ではなく自分達を称え合うという、これぞ勝者に許された一番の反撃だ。


 すると、そんな俺達に対して、孝之としーちゃんは二人してなんとも言えない表情を向けてくる。

 その表情はどこか寂しそうというか、悔しそうにも見える絶妙な表情を浮かべていた。



「……お、俺達も、頑張るんだけどなぁ」

「そ、そうだよぉ、今日の敵は明日の友的なあれ、みたいな……」


 そして二人は、どこか情けなくもそんな言葉を漏らすのであった。

 孝之はともかく、しーちゃんのそれはちょっと意味が違う気がするけれど。

 そんなたじたじな二人に、俺と清水さんは顔を見合わせながら一緒に吹き出すように笑ってしまう。



「あれ? 午後はわたし達のクラスを巻き返すんでしょ?」

「そ、それはそうだけどさぁ……」

「そうだけど、なに?」

「だからぁ……さ、桜子にも応援して欲しいんだよ!」


 自棄になった感じで、本音を漏らす孝之。

 長い付き合いだが、そんな孝之は俺も初めて見るためかなり新鮮だった。



「あはは、大丈夫だよ。孝くんのこともしっかり応援するからね」

「桜子ぉ……」

「よしよし」


 抱き付く孝之の頭を、よしよしする清水さん。

 そんな姿は、何て言うか完全にこれまでの二人のイメージとは逆だったのだけれど、いざ目の当たりにしてみるとしっくり来るというか、何よりそんな孝之を見るのはやっぱり初めてで驚いてしまう。


 すると、そんな驚く俺の体操服をしーちゃんにクイクイと引っ張られる。



「た、たっくんは、お、応援してくれないの……?」


 拗ねた感じで、そんな言葉を口にするしーちゃん。

 こっちも同じかーと思いつつ、俺はそんなしーちゃんに返事をする。



「大丈夫だよ、午後もちゃんと全部見てるから。お互い頑張ろうね」

「う、うん! たっくん大好き!!」


 だからずっと見守っててねと、嬉しそうに抱きついてくるしーちゃん。

 俺はそんなしーちゃんの頭をよしよしと撫でつつ、同じくよしよしする清水さんと顔を見合わせながら、やっぱり吹き出すように笑い合ったのであった。


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