261話「出走」

 見事一着でゴールした清水さんと朽木くんを、クラスのみんなで出迎える。

 清水さんは日頃から運動は苦手と言っているだけに、今回一着になることが出来てとてもご満悦な様子。

 クラスの女子達に囲まれながら、それは良い表情で一緒に微笑んでいる。


 そしてその輪の中に、隣のクラスの孝之がごくごく自然に混ざっているというのは何とも言えない面白さがあった。

 それでも、清水さんと二人で嬉しそうにハイタッチをしている姿は、見ているだけで良いなという気持ちにさせられてしまう。


 レース前はお互いに張り合っていたけれど、終わってみればやっぱり仲良し。

 そんな二人の距離感は、やっぱりちょっと羨ましかった。


 そして借り物競争は、ついにしーちゃんの出番が回ってくる。

 スタート位置についたしーちゃんを一言で言うならば、物凄くやる気だ。

 それはもう本当にやる気に満ち溢れており、そのキリッとした表情はみんなの視線を釘付けにしていた。


 皆ご存じ、元国民的アイドルの出走なのだ、注目を浴びるのは最早当然と言えるだろう。

 そしてこのやる気なご様子、気にならないという方が無理がある。


 こうして、今日一番のみんなの注目がこのレースに向けられる。

 エンジェルガールズしおりんのレースが、いよいよ始まろうとしているのだ――!



 ◇



 パァーン!


 レース開始の発砲音がなる。

 その音に合わせて、しーちゃんは一気に駆け出す。


 学力だけでなく運動神経も良いしーちゃんは、隣の運動部の女子を引き離して一番手前のお題カードを手にする。

 そして内容を確認したしーちゃんは、一切迷う素振りを見せずにそのまま駆け出す。


 そのあまりにも早すぎる判断に、会場からはどよめきが起きる。

 どこかから「これはギネス級の速さ!」なんて声まで聞こえてくるほど、やる気に満ち溢れたしーちゃんの動きには一切の無駄がなかった。


 そして、一目散に駆け出したしーちゃんが向かったのは――うちのクラスだった。

 駆け寄ってきたしーちゃんは、自分のクラスを迷わず素通りすると、そのまま隣のうちのクラスエリアまでやってきた。


 そんなしーちゃんの登場に、うちのクラスから驚きの声が上がる。

 普段から見ていると言っても、やっぱりしーちゃんは特別な存在なのだと分からされる。



「たっくん! 来て!!」


 そしてしーちゃんは、俺の前までやってくるとそう言って俺の手を取る。

 それから何の説明もなく駆け出すしーちゃんに、俺も合わせて一緒に駆け出した。


 その光景に、歓声が上がる。

 周りを見れば、まだゴールへ向かってくる人の姿は見当たらず、最早完全にしーちゃんの独走状態だった。


 そしてそのまま俺達がゴールテープを切ると、今日一番の歓声が沸き上がる。

 たしかにこの競技にギネス登録があるならば、ギネス級のスピードだと思う。


 隣を向けば、完全にやり切った様子のしーちゃんの姿。

 その表情はやっぱりやる気に満ち溢れていて、俺の視線に気が付くと鼻息をフンスと鳴らしながらグーポーズをしてくれた。

 だから俺も、ちょっと笑ってしまいそうになりつつもグーポーズをし返すと、それはもう嬉しそうに微笑んでくれるしーちゃん。



「では、お題を確認させてください」

「はい、これです!」


 やってきた実行委員の人に、お題を手渡す。

 そして内容を確認した実行委員の人は、借り物対象である俺のことをじーっと見てくる。


 一体お題はなんなのだろうか……と気になりつつも、俺は黙ってじっと見つめられ続けるしかなかった。

 そして実行委員の人は一度頷くと、マイクを手にする。



「一着は、二年五組の三枝紫音さん! お題は、『首元にホクロのある人』でした!」


 その言葉に、再び沸き上がる会場。

 そしてその歓声に、しーちゃんは手を振りながらアイドルスマイルで応えている。


 しかし俺は、ちょっと釈然としなかった。

 何故なら俺自身、首にホクロがある自覚なんて全くなかったのだ。


 首を触ってみるも、触れただけではホクロの有無は分からない。

 でもたった今、実行委員の人が確認して認められたのならば、俺の首には本当にホクロがあるのだろう。


 ――ということは、しーちゃんはそのホクロを覚えていたということ?


 間違いなく、そういう話になる。

 レース前にリトルたっくんを脳内に飼ったとは言っていたけれど、まさか首のホクロまで記憶していたというのだろうか――。


 それはいくらなんでも高性能過ぎやしないかと思っていると、そんな俺にしーちゃんがそっと耳打ちをしてくる。



「……実はね、前に一緒に寝た時に見つけてたんだ。たっくんの首元に、小さくて可愛いホクロがあるって」



 その言葉に、俺は顔が熱くなっていくのを感じる。

 そして驚いてしーちゃんの方を振り向くと、そこにはペロッと舌を出しながら、悪戯な笑みを浮かべるしーちゃんの姿があった。


 その姿は小悪魔的で、普段はあまり見せない表情なだけに、俺のドキドキは更に加速してしまう。

 やはり体育祭だからだろうか、そんな普段と違うしーちゃんと共に自分達の席へと戻る。



「一着ゲットだぜ」

「そうだね、おめでとう」

「えへへ、何かご褒美があったら嬉しいなー?」


 そう言って、これまた珍しくおねだりをしてくるしーちゃん。

 まぁたしかに、見事一着でゴールしたのだから、ご褒美の一つや二つ――いや、五つぐらい与えてもいいだろう。

 だから俺は、そんなおねだりをするしーちゃんに一つご褒美を告げる。



「いいよ。じゃあ今日はバイトも休みだし、帰りにパンケーキでも食べに行こっか」

「え? 行きたい! やった!!」


 両手を挙げて、無邪気に喜ぶしーちゃん。

 その姿に、本当にパンケーキとハンバーグが大好きだよなと思わず笑ってしまいつつも、今日もちゃんと可愛いしーちゃんなのであった。


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