259話「次の種目」
「清水さん、頑張ってね!」
「うん、行ってくる!」
綱引きが無事勝利に終わり、次の種目は借り物競争。
つまりは、いよいよ清水さんの出場種目の番がやってきた。
俺が応援の声をかけると、清水はとてもやる気に満ち溢れた表情で笑って返事をしてくれた。
借り物競争と言えば、お題に共通する物や人と共にゴールしなければならないという、ある意味この体育祭においても一番エンタメ性の高い種目と言えるだろう。
そしてどうやら、代々うちの高校の借り物競争のお題は結構ウケ狙いのものが豊富らしい。
つまり、これから清水さんは無茶ぶりのお題に対して向き合わなければならない可能性があるのだが、それでも本人は気にしていないのか、とてもやる気に満ち溢れている様子だった。
これも、以前の清水さんならばきっと人見知りが発動していただろうけれど、今の清水さんならばそんな心配はご無用な感じだった。
孝之と付き合うようになってからの清水さんは、本当に良い意味で変わっているのだ。
今も清水さんは、偶然鉢合わせた孝之と二人で絶対に負けないからねと言い合っており、今ではそんな普通におふざけでケンカ出来ている二人の姿に、俺は自然と笑みが零れる。
――俺としーちゃんだったら、そうはいかないだろうなぁ。
そんな二人の関係が、やっぱりちょっとだけ羨ましかったりもする。
もし俺としーちゃんだったら、おふざけでもケンカにならない気しかしないから……。
すると、そんなことを考えている俺の背中がツンツンとつつかれる。
驚いて後ろを振り返ると、そこにはジト目のしーちゃんの姿があった。
何か不満そうに、少し膨れながらじーっとこっちを見てくるしーちゃん。
「……ずるい」
「ず、ずるい?」
「……さくちゃんだけ応援して貰ってる。わたしもこれから出るんだけどな……」
不満そうに、膨れている理由を説明するしーちゃん。
しかし、そうは言ってもクラスは違うし、ある意味今はライバル同士なのだ。
だからここで、俺も先程の二人のようにおふざけで敵対してもいいのだけれど……今のしーちゃんを見ていると、それはやっぱり出来なかった。
もしここで、清水さんは味方だから的なことを言えば、きっとしーちゃんは本当にショックを受けてしまうであろうことが容易に想像出来てしまうから――。
それはもしかしたら、この体育祭を勝利するという意味では、ここでしーちゃんを動揺させるのは正解なのかもしれない。
けれど、そのために自分の大切な彼女を悲しませるなんてことは、俺に出来るはずがなかった。
だから俺は、代わりにそんな不満そうに膨れるしーちゃんの頬っぺたを指でつっつく。
「ぷへっ」
「あはは、破裂した」
「もうっ! いきなりつっつかないで!」
「ごめんごめん、可愛かったからつい」
変な声を漏らしたのが恥ずかしいのか、頬を赤らめながら腕を組みながらそっぽ向いてしまうしーちゃん。
それでも、可愛いと言われたことは嬉しいようで、その口元はしっかりとニヤけてしまっている。
そんな分かりやすすぎる反応が可愛くて、俺はまた笑ってしまう。
「しーちゃんも頑張ってね」
「……それだけ?」
「んー、じゃあ、俺のこと良く見て?」
頑張ってねだけでは不満なのか、もう一声求めてくるしーちゃん。
だから俺は、そんなしーちゃんに向かって両手を広げて全身を見せる。
「……み、見たよ?」
「よし、じゃあ覚えたね」
「覚えた?」
「そう、借り物のお題でもし俺が該当しそうなら、すぐに俺のこと連れてってくれていいからね。ちゃんとここで待ってるから」
そう説明すると、ようやく意味を理解したしーちゃんはその瞳を大きく見開く。
「もう一回! ちゃんと見せて!」
「はいはい、お好きなだけどうぞ」
「――よし! オッケーです!」
サムズアップしながら、やる気に満ち溢れた表情でフンスと鼻息を鳴らすしーちゃん。
どうやら、改めて今の俺を脳内に完璧にインプットしてくれたようだ。
「大丈夫そう?」
「うん! もうわたしの頭の中には、脳内たっくんがちゃんと住み着いてるから!」
「の、脳内……?」
「そう、もう一人のリトルたっくん! このままずっと飼っていたいぐらい! それじゃ、行ってきます!」
そう言ってしーちゃんは、敬礼すると駆け足で集合場所へと向かって行った。
正直何を言っているのかよく分からなかったけれど、要するに俺のことをしっかりと覚えてくれたって意味だろうと、ここはあまり深くは考えないでおくことにした。
こうして、いよいよ始まる借り物競争。
うちの学年の二大美女が出場することで、みんなの注目も高まっているようだ。
俺としても、あまり変な無茶ぶりはされないと良いなという心配は若干ありつつも、それ以上に今回の体育祭で初のしーちゃんの出場種目、果たして結果がどうなるかとても楽しみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます