第七章

251話「寝坊」

「おはよー!」

「おはよー!」


 教室内で、今日も朝の挨拶が飛び交う声が聞こえてくる。

 そんな中、俺はみんなの挨拶の輪には加わることなく、朝のホームルームが始まるまでのこの僅かな時間、学校後のバイトも見据えて体力温存に努めているのであった。


 思えば、入学当初の俺はいつもこうしていた気がするけれど、それもしーちゃんのおかげでなくなっていたことに気付く。

 それは二年生になって、クラスが別々になってからもそうだった。

 いつだって傍にしーちゃんがいてくれているおかげで、俺はこの学校生活、本当に暇をすることが無くなっていたんだなと実感する。

 ちなみに今日はというと、しーちゃんは珍しく寝坊してしまったとのことで、仕方なく一人で登校してきた。


 しかし登校しながらも、俺は一人で本当に大丈夫かなとか色々心配になってしまう。

 でもまぁ、今日はもうタクシーを呼んでいると言われたので、さすがにそれならば大丈夫だろうと先に学校へ来たわけだけれど、こんな風に心配になってしまう辺り、俺も大分過保護になってしまっているのかもなと少し自重しておくことにした。



「おはよー」


 教室から聞こえてくる、そんな楽しそうな朝の挨拶の言葉をBGMに、俺は朝の眠気がぶり返してきてしまう。

 こんな風に、一人朝の時間をゆっくり過ごすこともなくなっていただけに、身体が睡眠を受け入れるのも早まっているのだろう。


 それに今日は、GWが明けて初めての登校日。

 きっと、身体が連休で訛ってしまっているのも一因なのかもしれない。



「おはよーって!」


 しかし、その聞こえてくる挨拶のトーンは、何故かどんどんと大きくなっていく――。



「たっくん! おはよーだよ!!」

「え? しーちゃん?」


 その呼びかけに驚いて顔を上げると、そこには俺の机に両手を付きながら、不満そうにぷっくりと頬を膨らませるしーちゃんの姿があった。



「もう! 何回も呼んだのにぃ!」

「ごめん、ちょっと眠くって」


 言われてみれば、さっきの声はたしかにしーちゃんの声だった。

 その声色は心地よく、尚更俺の睡眠を誘ってしまったということにしておこう……。



「たっくん、もしかして寝不足?」

「いや、まぁ。でもそれを言うなら、しーちゃんこそ大丈夫?」


 寝不足かと言われれば、たしかに俺は寝不足だ。

 でもそれを言うなら、遅刻スレスレになって、高校生なのにタクシーで登校してきたしーちゃんこそだろう。



「えへへ、ついうっかり二度寝しちゃいました。ごめんね!」


 申し訳なさそうに、ペロリと舌を出しながら謝ってくるしーちゃん。

 まぁ何はともあれ、こうして無事に学校に来てくれているのならば、俺も一安心だった。



「まぁ、理由はあれだよね……」

「そうだね、ちょっと気を付けないとだね……」


 ちなみに、お互いの寝不足の理由は明白だから、そう言葉を交わしつつお互い反省し合う。



「あれってなーに?」


 すると、そんな俺達のやり取りを隣の席で聞いていた清水さんが声をかけてくる。

 その表情はどこか楽しそうで、きっと俺達がまた何かをしているなと面白がっているのだろう。



「……えっと、昨日は夜中までずっと電話しちゃいまして、えへへ」

「あー、なるほど」


 恥ずかしそうに理由を話すしーちゃんに、清水さんは合点がいったように頷く。



「それで、何話してたの?」

「え? うーんと、GW楽しかったねー、とか?」

「そうだね、楽しかったね。それに一条くん、紫音ちゃんの実家にお泊りしてたんだもんね」


 悪戯に笑みを浮かべながら、そう言って俺達のことをいじってくる清水さん。

 その結果、その声が聞こえたのであろうクラスメイト達の驚きの視線が、一斉にこちらへ集まってくる。


 もうここにしーちゃんがいることには、さすがにみんなも当たり前になりつつある。

 それでも、俺がエンジェルガールズのしおりんの実家に行っていたということは、クラスのみんなを驚かすには十分だったようだ。



「えへへ、パパがね、すっかりたっくんお気に入りになっちゃっててね。次はいつ連れて来てくれるんだーってうるさいの」

「じゃあ、また早く連れてかないとだね」


 しかし、周囲の反応なんて全く見えていないのか、全く気にする素振りも見せない二人の美少女が、楽しそうにこちらへ視線を向けてくる。

 そんな二人の微笑みを前に、俺は相変わらず二人とも美少女だよなぁと感心しつつ、笑って「そうだね」と返事をする。


 しーちゃんのお父さん公認系彼氏、結構すぎるじゃないか。

 もう逆にその情報が出回ってくれれば、しーちゃんに対して要らぬちょっかいを出してくる相手も減るだろうし問題ないぐらいだ。



「あ、そうだたっくん! ごめんね、今日はお弁当を用意する時間がなかったから、お昼は一緒に食堂でもいい?」

「もちろん、いつもごめんね」

「ううん、全然大丈夫だよ! じゃあ、お昼はたっくんと同じの食べよーっと! じゃね!」


 ワクワクとした笑みを浮かべながら、そう言って自分の教室へと去って行くしーちゃんは、頭の少しピンと跳ねた寝ぐせも相まって、今日も朝から全力で可愛いのであった。


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