230話「おやすみ」
「寝るって言っても、俺はどこで……」
「セミダブルだから」
「え?」
「セミダブルだから!」
そう言って、腕をまたグイッと引っ張ってくるしーちゃん。
いや、セミダブルなのは見れば分かるし、だから一緒に寝ても平気だと言っていることも分かっている。
ただ、それを分かっているうえで俺は困惑しているのだ。
何故なら、まずここはしーちゃんの実家なのだ。
そんなところで、添い寝なんてしてもいいのだろうかという不安がある。
そして、そのベッドに並ぶように布団が続けて四つ敷かれており、そこにはエンジェルガールズの四人がこれから一緒に眠るのだ。
そんな状況において、男が俺一人だけなうえ、しかもしーちゃんと同じベッドで眠るというのは流石に不味いのでは……という気がしてきてしまう。
すると、そんな俺の考えが伝わったのか、しーちゃんは少し眉をひそめながら何か考え込む。
そして考え込んだかと思うと、すぐに何か閃いたのかパァッと微笑む。
「い、今ねっ! お布団全部ここに敷いてるから、もううちにお布団がないのっ!」
「え、そうなの?」
「う、うんっ! そうなのっ!」
「そ、そっか、でも俺が前使わせてもらったのとは、形とか違ったと思うんだけどなぁ……」
「あー……あれは、そうっ! ちょっとあのあと汚れちゃったから捨てたらしいのっ!」
完全に目を泳がせながら、とにかく布団はもうないと言い張り続けるしーちゃん。
その完全に挙動不審な様子から、これは十中八九嘘なんだろうなんて思っていると、そんな俺の肩にそっと手が置かれる。
「――たっくん、わたし達なら気にしないから一緒に寝てあげて」
振り向くと、そこには少し呆れたように微笑むあかりんの姿があった。
「――なるほど、挙動不審ね。ってことでみんな、たっくんもここで一緒に寝ても別にいいよね?」
納得するあかりんに対し、挙動不審という言葉に不思議そうに首を傾げるしーちゃん。
そしてあかりんのいいよねという言葉に、他の三人も頷いてくれた。
「――まぁ、みんなが良いって言うなら」
「そうだよっ! じゃあたっくん! 一緒に寝よっ!」
それならばと首を縦に振ると、すぐさましーちゃんは嬉しそうに抱きついてくる。
――まぁ、俺としても一緒に寝れるのは嬉しいわけだけどね。
なんて思いつつ、こうして俺はエンジェルガールズのみんながいる場にも関わらず、しーちゃんと同じベッドで寝ることになったのであった。
◇
「たっくんたっくん~」
部屋の明かりを消し、しーちゃんと俺は同じベッドで横になる。
しかししーちゃんは、まだ眠るつもりがないのか小声で歌うように俺の名前を連呼しながら、ピッタリと隣にくっついてくる。
ベッドの使用面積は半分ぐらいだろうか、これならセミダブルどころかシングルでも全然十分なぐらいだ。
「たっくんたっくんたっくんくん~」
「しーちゃん、もう寝るよ」
「はーい! えへへ、たっくんくん~」
ずっとご機嫌なしーちゃんに向かって、寝るよと言っても止みそうにはないたっくんコール。
そんな終わることのないたっくんコールは、小声ながらもこの無音の部屋ではよく聞こえてくるのであった。
「……わたしも、アイドル辞めようかな」
すると、ぼそっとそんな声が聞こえてくる。
その声は、あかりんでもめぐみんでもみやみやでもなく、ちぃちぃの声だった。
誰が言うのが自然かとかは無いのだが、それでもそれがちぃちぃの声だったことに俺は驚いた。
「ちょっとちぃちぃ、本気で言ってるの?」
「あかりん、わたしも恋してみたいなぁ……。紫音ちゃんが羨ましい……」
「それは、まぁ……」
止めに入ったあかりんだが、何故かちぃちぃの言葉に納得してしまう。
そして、そんな二人の会話に対して、めぐみんもみやみやも何も言わなかった。
――え、なに? 解散の危機!?
なんて話は流石にオーバー過ぎると思うが、要するに彼女達もみんな、恋愛をしてみたいということだろうか……。
アイドルという存在は、恋愛はご法度。
それは勿論、彼女達にとっても同じなのだろう。
そう考えると、たしかに自由に恋愛も出来ない環境というのは苦しいのかもしれないし、だからこそしーちゃんはきっぱりとアイドルを辞めたのだと思うと、改めてありがたいという気持が湧き上がってくる。
「――ふっふっふ、いいでしょ」
しかし、何を思ったのかしーちゃんは、そんな彼女達を煽るようにドヤりながら呟くのであった。
その呟きに、暗くてよく見えないものの、その物音で彼女達の顔が一斉にこちらへ向いたのが分かった。
「――やっぱり、わたし達でたっくんを奪うしかないようね」
「そうだね」
「はい」
「仕方ないわね」
あかりんの言葉に、他の三人も同意する。
そしてその声色は、とても冗談を言っているようには聞こえなかったのは気のせいだろうか……。
「……ごめんなさい、調子に乗りましたぁ!」
そんな彼女達の空気の異変を察したのか、しーちゃんはすぐに平謝りするのであった。
いくらしーちゃんでも、同じエンジェルガールズ四人を敵に回すのは本気で不味いとでも思ったのだろうか。
それはそれは、見事な謝罪だった。
結果、そんなしーちゃんの平謝りがとにかく可笑しくて、全員吹き出すように笑い合った。
そして笑い疲れてしまったのか、気が付くと全員そのまま眠りに落ちていたのであった――。
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