189話「もう一人の」

「なぁ、一条くんは当然知ってるでしょ?」


 帰りのホームルームが始まる前。

 後ろの席の上田くんが話しかけてきた。



「え、なにを?」

「あれだよ、一年生にもアイドルがいるって話だよ」

「いや、知らなかったよそうなんだ」


 何事かと思えば、それは初耳だった。

 しかし何だろう、ここはただの一般公立高校のはずなんだけど、もしそれが本当なら物凄いアイドル確率なんじゃないかと思う。


 だから俺は、何気なしに隣の席の清水さんにも知ってた?と聞いてみると、「ううん、知らない」と即答した。

 どうやら俺が疎いだけじゃないなと安心していると、上田くんは「し、清水さんっ!」と何やら緊張している様子だった。



「それで、その子はどんな子なの?」

「あ、ああ。言っても三枝さんのエンジェルガールズとは比べ物にならないけどさ、今結構人気あるハピマジって地下アイドルのメンバーだよ」


 ハピマジ――駄目だ、聞いた事ないな。

 どうやらハッピーマジックというアイドルグループの略称らしく、スマホで検索してみると確かに7人組の女の子の写真が出てきた。

 この地域を中心に活動中の地下アイドルのようで、それでもアイドルの集まる全国区のイベントやテレビ出演などもしているようで、地下アイドルでは現在有力なアイドルグループの一つのようだ。


 どうやら上田くんは、このハピマジのファンらしく、夢は俺と同じくアイドルの彼女を持つ事なんだと意気込んでいた。

 そんな熱い上田くんの意気込みを聞き流しながら、俺はこの中のどの子がこの学校にいるのか聞いてみた。

 すると上田くんは、待ってましたとばかりに自分のスマホでその子のアップ写真を見せてくれた。


 そのスマホの画面には、確かに可愛らしい女の子が映し出されていた。

 名前はリンリン。凛子だからリンリンらしい。

 しかも、ハピマジではセンターをしているようで、赤みがかった髪のツインテールが特徴的な――あれ、この子どこかで――――。



「……あ、この子食堂で見た子だ」


 そう、それは休み俺達の事を横目で見ていた、あのツインテールの女の子だった。



「え、マジ?食堂にいたの!?」

「あ、うん。とは言っても隣を通り過ぎただけだけどね」

「マジかー!俺も明日から食堂にしようかな!」


 瞳をキラキラとさせながら、大喜びする上田くん。

 どうやらガチで、このハピマジのファンのようだ。



「え、どんな子なの見せて!」


 そんな俺達のやり取りが気になったのか、清水さんも身を乗り出して上田くんのスマホを覗き込むと、「あー、確かに見たかも」と言いながらうんうんと頷いていた。

 そして、そんな急接近してきた清水さんを前に、またしも上田くんは「清水さんっ!?」とドギマギしているのであった。


 うん、きっと上田くんは、美少女なら誰でも良いのかもしれない。




 ◇



 そして、下校時間となった。

 清水さんは今日も孝之の部活へ向かうとの事で、バイバイとすぐに隣のクラスへと向かって行った。


 だから俺も、しーちゃんを迎えに行かないとだよなと席を立ち上がると、シュバッと俺の前に現れる人物が一人――。



「たっくん!帰ろうっ!」


 それは勿論、しーちゃんだった。


 急いでやってきたのだろう、少し息を切らしながらも満面の笑みを浮かべるしーちゃん。


 そんな、帰りの時間でも元気いっぱいなしーちゃんを見た後ろの席の上田くんはというと、「し、しおりんっ!?」とまた驚いていた。

 この距離でしーちゃんを見るのは初めてなのか、清水さんの時以上に驚いている上田くんは、きっとそんなしーちゃんのファンでもあったのかもしれない。



「うん、帰ろうか。じゃ、上田くんまた明日」

「お、おう!すげー!生しおりん!すげー!」

「たっくん、お友達?」

「うん、後ろの席の上田くん」

「そっか、バイバイ上田くん♪」

「ッ!?は、はひぃ!!」


 俺に合わせて、しーちゃんもバイバイと手を振る。

 すると上田くんは、まるで固定レスを受けたアイドルファンのように喜ぶと、そのまま昇天してしまっていた。

 もしかすると上田くん、実はめちゃくちゃ面白い人なのかもしれない。


 そんなアイドル好きな上田くんと別れた俺達は、これまで通り帰りは一緒に下校する。



「ねぇたっくん、一つ問題があります」


 並んで一緒に歩いていると、しーちゃんは突然そんな事を言ってくる。



「問題?」

「そうです。大問題です」

「大問題か……俺が関係してる?」

「はい、関係大ありです」

「それはまいったな、ちなみにその問題って?」

「それは勿論」

「勿論?」

「たっくん不足です!」


 言ってやったとでもいうように、ドヤ顔のしーちゃんはその鼻息をフンスと鳴らしていた。

 そして、さぁこれを聞いてたっくんはどうするの?とでも言いたげに、期待した眼差しで俺の事を見てくる。


 でもごめんねしーちゃん、何となくそんな感じの事を言う気がしてました。

 だから俺は、そんな分かりやすいしーちゃんに思わず笑ってしまいながらも、その期待に応える事にした。



「分かったよ、じゃあちょっと寄り道してこっか。駅前のカフェでいい?」

「いいの!やった!」


 こうして俺は、可愛い彼女のため今日はちょっと寄り道していく事にした。

 一緒に寄り道するというだけで、すっかり上機嫌になるしーちゃん。



「でもしーちゃん、不足してるのはしーちゃんだけじゃないからね」

「――うん、お互い様、だよね?」


 俺だって同じだよと伝えると、しーちゃんは頷きながら嬉しそうに微笑んだ。

 その頬笑みは、やっぱり天使のように可愛らしくて、俺もそれだけですっかり上機嫌にさせられてしまうのであった。


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