183話「ホワイトデー」
ジリリリリリ――
目覚ましの音で目を覚ます。
目を開けるとそこには、隣でスヤスヤと眠るしーちゃんの顔が飛び込んでくる。
――そうだった、今日はしーちゃん泊まってたんだ
俺は目覚ましを止めると、耳元で結構な音がしていたというのに幸せそうに眠り続けるしーちゃんの寝顔を楽しんだ。
昨日は一緒にうちに帰って来て、そしてこうして一緒に眠りについたしーちゃん。
起きたら隣に大好きな相手がいるというのは本当に幸せな事だよなと、今のこの状況をしみじみ有難く思う。
しかし、このまま寝ていては学校に遅刻してしまうため、俺は隣でスヤスヤ眠るしーちゃんの頬っぺたをプニプニつついてやった。
「おはようしーちゃん、朝だよ」
「うぅん――たっくんそれは流石に身体に悪そうだよぉ――」
しかし当然、朝の弱いしーちゃんはこの程度では起きない。
そして起きる代わりに謎の寝言を呟くしーちゃんに、俺は思わず笑ってしまう。
しーちゃんの夢の中の俺は、偏食でもしているんだろうか。
仕方ないので、布団を剥がしてしーちゃんの身体を優しく揺らす。
「起きてー」
「うぅ――うん?あっ――おはよう」
そしてようやく目を覚ましたしーちゃんは、俺の顔を見るなり微笑むとそのまま抱きついてくる。
寝起きのしーちゃんは天使そのもので、本当に幸せそうに抱きついてくるからこっちまで幸せになってくる。
「支度しないと、学校遅刻しちゃうよ?」
「ふぇ?学校?――ハッ!」
そしてようやく状況に気が付いたしーちゃんは、ガバッと上半身を起こすとキョロキョロして時計を確認する。
「起きた?」
「――はい、起きました」
そしてまだ全然遅刻するような時間じゃない事を確認すると、少し恥ずかしそうに起きた報告をするのであった。
しーちゃんは女の子だからきっと朝の支度に時間がかかるだろうと、いつもより早めに目覚ましを設定しておいたのだ。
こうして目覚めた俺達は、学校へ向かうため朝の支度に取り掛かるのであった。
◇
「おはよう卓也、紫音ちゃん」
着替えを終えリビングへ向かうと、先に新聞を広げながら朝食を食べる父さんと、朝食の準備をする母さんの姿があった。
そして二階から降りてきた俺達に朝の挨拶をしてきたため、しーちゃんも微笑みながら「おはようございます」と返事をする。
いつもの制服姿に着替えたしーちゃんは、すっかり目も冷めて完全美少女モードだった事もあり、そんなしーちゃんの姿にエンジェルガールズの大ファンである母さんは大喜びだった。
昨日まであかりんが来ていた事を知ったら、きっと羨ましがるんだろうな。
こうして母さんの用意してくれた朝食を一緒に食べながら、うちの両親交えて他愛の無い会話を楽しんだ。
父さんも母さんも、しーちゃんに対して本当の娘のように気さくに話しかけてくれたおかげで、しーちゃんもすんなり輪に溶け込む事が出来ており、何だかそれだけで俺は嬉しい気持ちでいっぱいだった。
――このまま、しーちゃんも家族になってくれたら幸せだろうなぁ
ついそんな事を考えてしまう程、家族と打ち解けて会話をしているしーちゃんの姿が見られている事に喜びを感じずにはいられなかった。
「本当に、こんなに可愛くて良い子がうちの卓也の彼女だなんてね」
「ハッハッハ、本当になっ」
そう言って笑う父さんと母さん。
俺としてもその点については完全に同意だから何も言えないでいると、代わりにしーちゃんが返事をする。
「そんな事ないですよ。わたしからしたらたっくんみたいな素敵な男の子、もう二度と出会えないぐらい勿体なくて、とっても大切な相手です――」
そう恥ずかしそうに返事をするしーちゃんに、父さんも母さんも顔を見合わせながら目を丸くして驚く。
そして、時間差で言葉の意味を理解した二人は、途端に驚くと共に嬉しそうに微笑む。
「あらあら、まぁまぁ!」
「――紫音ちゃんさえ良ければ、いつでもうちの子になってくれて構わないからね!」
「ちょ、父さんってば!」
こうして笑いに包まれながら、俺達は楽しい食卓を囲ったのであった。
◇
「いってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
支度を終え、学校へと向かう。
玄関を開けると、外はこれでもかっていう程朝から快晴だった。
「天気いいね♪」
「そうだね」
いつもは駅で待ち合わせをしているが、今日は家から一緒に学校へと向かう。
そんないつもと違う変化に新鮮さを感じると共に、それすらも楽しくなっている自分がいた。
そして同じく学校や仕事へ向かう近所の人々は、突然現れたしーちゃんの姿にみんな驚いていた。
それもそのはず、こんな住宅地をいきなり国民的アイドルが制服着て歩いているのだから驚くのも当然だった。
「ねぇたっくん、今日はホワイトデーだね」
「うん、そうだね。――その、バレンタインに貰った分に対しては、今日ちゃんとお返ししようと思ってるんだけど」
「それはつまり、他の子にもお返しするってこと?」
「まぁ、うん、そのつもりです――」
「あはは、冗談だよ。貰った物にはちゃんとお返しをするっていうのは、何も悪い事じゃないからね」
ただね、と一言付け加えると、俺の一歩前で立ち止まったしーちゃんはクルリとこちらを振り返る。
「ちょっぴり嫉妬しちゃったのは本当だよ?だから、言葉で聞きたいな?」
「言葉?」
「うん、言葉で」
聞き返した俺に、しーちゃんはそれ以上は教えてはくれなかった。
でも、それだけ言われればしーちゃんが何を求めているのか理解するのに十分だった。
だから俺は、そんなしーちゃんの手を取って返事をする。
「俺は今もこれからも、大好きなのはしーちゃんだけだよ」
「――うん、知ってるよ。うへへ」
掴んだ手をぎゅっと握り返しながら、俺の言葉にしーちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。
そんなしーちゃんの顔には大成功と書いてあるようで、どうやら俺はホワイトデーを理由に今の言葉を言うように仕向けられたようだ。
だから俺は、そんなしーちゃんにちょっと仕返しをする事にした。
掴んだ手をぐっと引き寄せると、そのまま飛び込んできたしーちゃんの身体をぎゅっと抱きしめる。
「しーちゃんは、どうなの?」
「ふぇ!?」
「どうなの?」
「――大好きに、決まってるよ」
「――うん、知ってた」
俺がさっきしーちゃんの言った言葉と同じ言葉を繰り返すと、二人で吹き出すように笑い合った。
そんな俺の仕返しの効果はどうやら絶大だったようで、しーちゃんはずっと隣で嬉しそうにニヤニヤしていた。
こうして言い合いにもならない話を交えながら一緒に登校するのもまた、新しいしーちゃんを発見出来てそれだけで幸せでいっぱいなのであった。
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