164話「ノリノリ」

 暫くすりすりしてきたしーちゃんは、ぱっと身を離すと「よしっ!」と一言喝を入れた。

 そして立ち上がると、そのままぐいっと俺の前に顔を近付けてきた。



「じゃあご飯作ってくるから、たっくんはここでゆっくりしててね。――あ、あとあのタンスの一番右上の引き出しは開けたら駄目だからねっ!」


 そう言って悪戯に微笑んだしーちゃんは、そのまま料理をしにキッチンへと向かって行ってしまった。


 ――開けたら駄目って言われてもなぁ


 そう思いながら、俺は言われたタンスの引き出しへ目を向ける。

 右上の引き出し、そこには何が――なんて言わなくても、何となく分かる。


 そして今しーちゃんは料理をしているわけで、恐らくこの部屋へやってくる事はない。

 だから俺は、その上でどうしてわざわざあんな事を俺に告げたのかを考える。


 本当に見られたくなかったから――いや、だったら俺が人の部屋のタンスを勝手に開けるような男じゃない事ぐらい、これまでの実績と付き合いから分かっている事だろう。


 だからつまり、しーちゃんの思惑は――


 そう思っていると、ガチャッと扉が開かれた。



「現行犯逮捕ー!!ってあれ、見てなかった?」


 したり顔のしーちゃんが、案の定勢いよく部屋へと戻ってきた。

 その顔には、確実に俺が引き出しを開けている頃合いだと思って戻ってきたと書いてあるようだった。



「だと思ったよ」

「あれ?バレちゃってた?」


 失敗失敗と、舌をペロッと出して誤魔化すしーちゃん。

 そんなしーちゃんは、何だか今日はずっとハイテンションというかノリノリというか、いつもと違ってより自然体に感じられた。



「開けてた方が良かった?」

「んー、そういうわけじゃないんだけどね、一応新しいのを前の方に並べておきましたっ!」


 そう言って、何故かビシッと敬礼してくるしーちゃん。

 だから俺も、その謎の報告に対して「それはご苦労様です」と敬礼し返しておいた。


 こうして、珍しく悪戯を仕掛けてくるしーちゃんは、今度こそ料理をしにキッチンへと戻って行った。

 だから俺は、ちゃんとしーちゃんがキッチンへ戻った事を確認してから、やっぱり白が多い事をしっかりと確認しておいた。




 ◇



 リビングでしーちゃんの手料理を食べながら、一緒にテレビを見る。

 テレビでは丁度ドラマが放映されており、そのドラマの主演はあの白崎が演じていた。



「台本通り演技してると、確かにカッコいいな」

「うん、まぁ確かに演技は凄いんだけどね。でも普段があれだから」


 しーちゃんの作ってくれた豚の生姜焼きを一緒に頬張りながら、白崎の迫真の演技を眺める。

 今テレビで主演を演じているこのイケメンが、ついこの間俺達に会いにこの町に来てたんだよなと思うと、やっぱり変な感じがした。

 その観点で言えば、エンジェルガールズのしおりんが今隣でお茶碗片手に一緒に食事をしているこの状況も、客観的に見れば現在進行形でかなり特別なのだろう。



「そういえば、あのあとYUIちゃんから連絡あったんだけどね、ちゃんとホワイトデーのお返し貰ったんだってさ」

「へぇ、何だったの?」

「高級ブランドのバッグだって」

「それはまた……」

「うん、勿論嬉しいんだけど、分かりやすいというかやり過ぎというか、そうじゃないんだよなぁって感じだよね。でも、一生懸命選んだ事は伝わってきたから、今回は有難く受け取ったんだってさ」


 そんな話を聞いて、全くもって白崎らしいなと思った。

 ホワイトデーのお返しに高級ブランドは、俺からしてもやり過ぎだと思う。

 ましてや、本来まだ高校生の自分達が手を出せる物でもないだろう。


 でも、その上で白崎なりに色々考えたんだろうし、相変わらず不器用だけれど少なくとも本気さは伝わるだろうと思えた。


 全く、今放映しているドラマではビシッとヒロインの子を守っているこのイケメンが、裏ではここまで不器用で恋愛下手だと思うと、それはそれで中々ギャップがあるよなと思えた。



「わたしはね、こうしてたっくんが一緒に居てくれるだけで幸せ侍だよ~」


 侍?何?と思ったけれど、そう言ってしーちゃんは豚の生姜焼きを箸で摘まむと、そのまま「はい、あ~ん」と言って差し出してきたため、俺はその生姜焼きをパクリと一口で食べた。



「どう?美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「えへへ、こうしてると新婚さんみたいだよね」


 嬉しそうに微笑むしーちゃん。

 確かにこれは、完全に新婚のする事だよなと思えた。

 まだ自分達は高校生だけど、大人になってもこのまま一緒で居られたらどれだけ幸せだろうか。



「「ごちそうさまでした」」


 それからゆっくり食事を終えたあとは、いつも通り俺が洗い物を買って出ると、今日もしーちゃんは洗い物をする俺の後ろから嬉しそうにぴょんぴょんと抱きついてくるのであった。


 相変らずの洗い辛さはあるものの、背中に当たるその柔らかい感触のおかげで全く苦じゃなかったのは、最早言うまでもないだろう。


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