123話「ご褒美」

 しーちゃんが横になりだして、どれぐらい時間が経っただろうか。


 俺に身を預けたしーちゃんは、本当に疲れていたのだろう。

 横になって暫くすると、スヤスヤと寝息をたてだした。


 眠るしーちゃんのその愛らしい顔が、すぐ手に届くところにある。

 今のこの状況だけで、俺のドキドキは収まる事なんてなかった――。



 俺はなんとなく、眠るしーちゃんの髪に触れてみる。

 柔らかく艶やかで、髪の毛一本とってみても他の人とは違い、その綺麗な髪を優しく撫でているだけで堪らない充足感に満たされるのであった。


 色白の肌で、マシュマロみたいな頬っぺたはプニプニしていて、今日はそのぷっくりとした可愛い唇にはこの間プレゼントしたリップを塗って来てくれている事にも当然気が付いているのだが、中々その事を直接口には出来ない自分がいた。


 こういう事にもすぐ気が付き、スマートに褒められる男が良い男ってやつなんだろうなと思うが、まだそこまでスマートに振舞う事の出来ない自分がちょっと情けなかった。


 そしてやっぱり、女の子は男より体温が高いのだろうか。

 しーちゃんから伝わる温もりが、今ここに一緒にいる事を体感させてくれているというか、繋がっているんだっていう感じがしてそれだけで嬉しかった――。



 そんな、身を預けながら眠る今は自分だけのアイドルを暫く堪能させて貰った。


 好きで溢れるとはこういう事を言うのだろう。

 ずっとこうしていられたら良いのにと願ってしまう程、俺の中の好きがもう爆発寸前なのであった――。




「……あ、わたし」

「おはよ、しーちゃん」

「……えへへ、たっくんを枕にしたら安心して寝ちゃった」


 目を覚ましたしーちゃんは、少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに微笑んだ。

 しかし、まだ眠たいのだろう、若干ふにゃふにゃしている所も可愛かった。



「大丈夫だよ、ヨダレもちゃんと拭いておいたから」

「……うん、ありがとう――えっ、ヨダレ!?」


 慌ててしーちゃんは口元を押さえるが、勿論これは冗談である。

 でも、それが冗談かどうかなんてしーちゃんには分かるはずもなく、また恥ずかしそう顔を赤くするとガバッと飛び起きたのであった。



「ははは、ごめん冗談だよ」

「えっ!?も、もう!たっくんのいじわるっ!」


 俺が笑って嘘だと明かすと、しーちゃんは怒って俺の肩をポンポンと叩いてきた。

 その怒る仕草も可愛くて、こうして冗談を言ったり怒ったりし合える程打ち解けている事が、俺は何より嬉しかった。


 それはしーちゃんも同じようで、俺の肩をポンポン叩いていたかと思うと、今度は突然抱きついてきたのであった。



「……もうっ!嘘は良くないと思うなぁ」

「ごめんってば」

「……むぅ、じゃあたっくんも抱きしめて……?」


 まだ不貞腐れながらも、そんな可愛いお願いをしてくるしーちゃんは、どうやらまださっき読んだラブコメのヒロイン力が注入されたままのようであった。


 だから俺は、言われた通りしーちゃんを抱きしめ返す。

 その柔らかい全身は、何度抱きしめても抱き心地は正直最高だった――。



「これでいい?」

「……まだ駄目です。もう暫く続けて下さい」

「はいよ」


 こうして俺達は、結局最後は漫画を読むのも止めて、個室の中抱き合いながら過ごしたのであった。



 ――なんだかもう、しーちゃんの読んでたラブコメより、もしかしたらラブコメしてるのかもしれないな


 なんて事に気が付いた俺は、ちょっと可笑しくて笑ってしまった。

 そんな創作上のヒロインより、今目の前にいる俺だけのヒロインの方がよっぽどヒロインしているのであった――。




 ◇




 ネカフェを出ると、外は既に暗くなっていた。

 11月にもなるとすっかり日が落ちる時間も早くなっており、少し冷える気温と相まって冬の訪れが感じられた。



「大丈夫?寒くない?」

「うん、平気だよ。たっくんにくっついてるから」


 俺が寒く無いか心配すると、しーちゃんは嬉しそうにまた俺の腕にしがみ付いてきた。

 たしかに、こうしてくっついているだけで温かかった。


 時計を見ると、18時を少し回ったところだった。

 丁度良い時間でもあったため、俺はしーちゃんに次行く場所を確認する事にした。



「良い時間だし、何か食べたいものある?」

「たっくん、そろそろわたしの事分かってくれてもいいんじゃないかな?」


 しかし、俺の質問に対して質問で返してくるしーちゃん。

 そろそろわたしが何を食べたいか分かってくれてもいいんじゃないかと、普通に無理ゲーを要求してくるのであった。


 ――だが、普通の人なら無理ゲーでも、残念ながらしーちゃんの場合分かってしまうのだから恐ろしい。



「はいはい、ハンバーグでしょ?」

「んー、惜しいっ!」

「あらびきね」

「正解っ!」


 ハンバーグ大好きなしーちゃんは、俺が正解したのがそんなに嬉しいのかってぐらい満面の笑みを浮かべていた。


 こうして今日も俺達は、最早行きつけとなっているハンバーグ専門店へと向かう事にした。



「見事正解出来たたっくんには、ご褒美をあげましょう」

「ご褒美?」

「うん、たっくんには何故か一緒に乗せられてくるブロッコリーをあげましょう」

「しーちゃんや?好き嫌いは駄目だよ?」

「えへへ、冗談だよ冗談」


 可笑しそうに笑うしーちゃんは、「これが本当のご褒美だよ」と言って背伸びをすると、そっと俺の頬っぺたにキスをしてきた。



「……このぐらいの事で、破格のご褒美だね」

「このぐらいじゃないよ」

「え?」

「たっくんがちゃんとわたしの事を考えて、理解してくれてるのが嬉しいの。だから、このぐらいなんかじゃないよ。大好きたっくん!」


 こうして再び腕に抱きついてきたしーちゃんと共に、俺達は目的のハンバーグ専門店へと向かったのであった。



 しかし、向かう道中、そしてお店についてからも、何やらずっとしーちゃんが嬉しそうにニヤニヤしているのが気になっていたのだが、トイレに行って鏡に映る自分を見てその理由がようやく分かった。



「ん、なんだこれ?なんか頬っぺたに……」


 鏡に映る俺の頬には、薄っすらとだがさっきのキスマークが残されているのであった。


 そんなしーちゃんからの可愛い悪戯の仕返しに、思わず俺は一人鏡を見ながらにやけてしまったのであった――。


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