第三章

69話「コンビニと彼女」

 次の日。


 俺は久々のバイトに出勤していた。


 昨日は遊園地へ行き、そして俺は思い切ってしーちゃんに告白して、それから俺達は無事付き合う事になって……一晩経っても、未だに昨日の事が夢のように感じられた。


 だって考えてもみろよ、あのしーちゃんが自分の彼女なんだぜ?と、誰に言うわけでもなく俺は一人へへへと笑みを浮かべてしまう。


 自分でも分かる、今の俺は正直浮かれまくっている。

 でも、やっぱりこればっかりは勘弁してほしい。


 あのエンジェルガールズのセンターで、中学の頃はよくテレビの向こうで見ていた可愛い女の子が、まさか自分なんかの彼女になるなんて誰が思う?って話だ。



 だからやっぱり、浮かれるのと同時に我ながら不釣り合いすぎる愛しの相手に、俺はまだ不安を拭い去りきれないでもいた。




 ピロリロリーン


 コンビニの扉が開けられると、店内にメロディーが流れる。

 考え事をしてしまっていた俺は、今はバイト中だと気持ちを引き締め直すといつも通り「いらっしゃいませ~」と元気に挨拶をする。


 そして、入ってきたお客様を確認するとそこには、もう案の定と言っていいだろうしーちゃんの姿があった。


 いつも通り、マスクをして縁の厚い眼鏡をして……いなかった。


 なんとしーちゃんは、その顔を一切隠す事無くそのままの姿で、更には少しお化粧をして服装から何までバッチリ決まっている状態の姿でコンビニに現れたのであった。



「うぇ!?しーちゃん!?」


「あ、たっくんだ!やっほー、来ちゃった!」


 俺が驚いていると、しーちゃんは嬉しそうにその可愛らしい手をこちらに向かってヒラヒラと振ってくれた。


 たしかに、今日はLimeでこれからバイトがあるとは伝えていた。

 だが、まさかいつもの不審者スタイルではなく、こんなガチモードで現れるなんて思っていなかった俺は素直に驚いた。



 そしてやっぱり可愛い。可愛すぎる――。


 この圧倒的に可愛い生物が自分の彼女になったんだと思うと、俺は自然と顔が熱くなっていくのを感じた。


 しかし冷静に考えると、バイト中にこんなしーちゃんと話が出来るなんて、正直めちゃくちゃラッキーな事だった。



「バ、バイト中見られるのはちょっと恥ずかしいね」

「そう?カッコいいと思うよ?」


 恥ずかしがる俺に、まさかのカッコいいと返してくれたしーちゃん。

 その事で、俺の顔は更に熱くなっていく。



「じゃ、お買い物してくるからまたあとでねっ!」


 そう言ってしーちゃんは、不審者スタイルの時と同じく雑誌コーナーへ歩いて行った。


 いつもと違い今日のしーちゃんは余裕たっぷりな感じで、普通に女性情報誌を楽しそうに立ち読みしていた。


 しかし、元とは言え国民的アイドルが素の姿で、こんな何でもない地方のコンビニで雑誌を立ち読みしているとは誰も思わないだろう。

 違和感というか、やっぱり不思議な光景だった。


 それからしーちゃんは、雑誌を読み終えると買い物カゴに飲み物を二つ入れてレジへと持ってきた。


 レジにカゴを置いて、「宜しくお願いします!」とニッコリ微笑むしーちゃん。

 俺もそんなしーちゃんに笑みを返しながら、「了解いたしました!」と手際よく集計を済ませる。



「えーっと、以上で258円になります」


「じゃあ……」


 不審者スタイルではないしーちゃんは、当然もう挙動不審な行動なんて一切見せない。

 ここまでの身動きは、とにかく普通だった。


 そりゃそうだ、今のしーちゃんは挙動不審な行動を取る必要なんか全くない、誰もが憧れる完全体の三枝紫音なのだから。


 ……まぁ、以前の不審者スタイルでも挙動不審になる理由なんて無かったと思うけど。



 そう思いながら俺は安心して見ていると、財布を開いたしーちゃんの手が何故か急にピタッと止まった。


 どうかしたかな?と俺は様子を伺うと、それから開きかけていた小銭入れのファスナーを何故かジジジっと閉じると、隣の千円札を一枚取り出してそっと差し出してきた。



「……これで」

「あ、うん」


 そこは譲れないんだねと思いながら、俺はその千円札を受け取るとそのまま会計を済ます。

 そして、小銭とレシートを一緒に差し出す。


 するとしーちゃんは、そのお釣りを渡す俺の手を両手で包みながら、以前と変わらず大事そうにお釣りを受け取った。


 そして、



「……たっくん、バイト頑張ってね!」


 そのまま俺の手を両手でぎゅっと握ってきたかと思うと、少し頬を赤らめながら俺のバイトを応援してくれた。



「う、うん、ありがとう頑張るよ」


「じゃ、じゃあ!また来ます!」


 俺の返事を聞いたしーちゃんは、嬉しそうに微笑むとそのままささっと小銭を財布にしまい、それから手を振りながら少し足早にコンビニから出て行ってしまった。



 残された俺は、未だに残るしーちゃんの手の感触を思い出しながら自分の手をじっと見つめた。


 なんて言うか、これじゃまるでアイドルの握手会だよななんて思ったら、一人でクスッと笑えてきてしまった。



 いやいや逆でしょと、俺はそんな握手会を思わせるしーちゃんに心の中でつっこんだ。



 こうして、付き合ってもやっぱり挙動不審は健在なしーちゃんでした。


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