45話「公園とお弁当」
土曜日。
ついに、三枝さんとの約束の日がやってきた。
午前十一時に駅前で待ち合わせをした俺達だが、楽しみすぎて居ても立ってもいられなかった俺は、三十分早く待ち合わせ場所へとやってきてしまった。
前に待ち合わせをした時は既に居た三枝さんだが、どうやら今回は俺の方が先に到着したようだった。
まぁ三十分ぐらいどうってことないかと、俺は駅前の柱にもたれ掛かると音楽を聞きながら待つことにした。
トントン。
暫く音楽を聞いていると、突然俺の肩を指でトントンと叩かれた。
少し驚きながら振り返ると、そこにはちょっと大きめなカゴを手にした三枝さんの姿があった。
今日は公園に行くという事で、三枝さんは大きめの麦わら帽子に白のワンピース姿をしていた。
当然今日も変装用のサングラスを欠かしていないが、それでも彼女からは可憐な雰囲気が漂い、美少女である事が一目で伝わってくるのだから凄い。
周囲からもチラチラとこちらへ向けられる視線に居心地の悪さを感じた俺達は、それじゃ行こうかと早速公園へ向かって歩く事にした。
◇
駅前から暫く歩くと、今日の目的地である公園へと到着した。
道中、今日は何だかいつも以上に晴れやかな様子の三枝さんに、俺は内心ドキドキしてしまっていた。
それだけ今日の事を楽しみにしてくれていた事が伝わってきて嬉しい反面、この公園で本当に良かったかなと少し不安になったのだが、どうやらそれはただの杞憂だったようだ。
「わぁ!懐かしいなぁー!」
公園へ到着した第一声が「懐かしい」だった三枝さんは、本当に懐かしそうに顔を綻ばせながら公園を見渡していた。
緑溢れるこの公園では、今日も小学生や家族連れ達が集まり、各々自由に遊んでいる光景が広がっていた。
俺もここに来るのはいつぶりだろうと、懐かしい気持ちになった。
しかし、三枝さんから出た懐かしいの一言は、やはり過去にここへ来たことがあるという事で間違いなさそうだった。
「ねぇたっくん!あそこのベンチに座ろう!」
嬉しそうに三枝さんが指差したのは、子供達が遊ぶ光景が一望出来る場所にある一つのベンチだった。
そのベンチを見て、俺は当時の記憶がよみがえる。
「今日は晴れて本当に良かったね、たっくん!」
ちょっと当時の出来事を思い出していると、隣の三枝さんに微笑みながら話し掛けられた。
そんな三枝さんが思い出と少し重なり、俺はちょっとドキリとした。
いや、まさかな、と思いながら、俺の中の当時の記憶はどんどんとよみがえってくるのであった。
◇
「あ、あのね……」
俺達はベンチへ腰かけると、隣に座った三枝さんは少し恥ずかしそうにしながら声をかけてきた。
その声に振り向くと、そこにはやはり恥ずかしそうに頬を赤らめながら、少し上目遣いでこちらを見つめてくる三枝さんの姿があった。
もう公園の中のため変装用のサングラスは外しており、上目遣いでこちらを見つめてくるその姿は、あまりにも可愛すぎて正直ヤバかった。
「えーっとね、今日のために、お、おおお弁当、作ってきたの!」
そう言うと、手にしていた大きめなカゴを恥ずかしそうに俺の前に差し出してくる三枝さん。
そのあまりにもいじらしい姿と、あの三枝さんが弁当を作ってきてくれたという事で、ノックアウト寸前のところまで衝撃を受けた俺だが、まだ試合は始まったばかりだとなんとか持ちこたえると、差し出されたそのカゴを受け取った。
「あ、ありがとう!開けていい、かな?」
喜びを噛みしめながらそう聞くと、やはり恥ずかしいのか三枝さんは顔を赤くしながら首をコクコクと縦に振った。
それが了承の意味だと理解した俺は、ゆっくりとカゴを開けた。
するとそこには、食べやすいようにおにぎりと唐揚げ、それから玉子焼きが綺麗に容器に並べられていた。
「え?これ全部しーちゃんが作ったの?」
「う、うん、美味しいかどうか分からないけどね」
恥ずかしそうに手をパタパタを振りながら謙遜する三枝さん。
でも、この見た目で美味しくなくする方が難しいってもんだ。
嬉しさゲージがMAXになった俺は、すぐに「食べていいかな?」と確認してから、並べられたおにぎりを一つ手に取ると、そのままパクリと一口食べた。
うん、普通に美味しい。
中の具は鮭フレークで、ほっとするような味わいだった。
「……ど、どうかな?」
「めちゃくちゃ美味しいです!」
心配そうに聞いてくる三枝さんに、俺はニコリと微笑みながら美味しいと即答した。
すると三枝さんは、顔を真っ赤にしながらも良かったと安心したように微笑んだ。
その姿がまたとても愛らしくて、俺まで顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。
「じゃ!じゃあ私も食べようーっと!」
恥ずかしさを紛らわすように、おにぎりを一つ摘まんで食べ出す三枝さんは、心配事が解消された事ですっかりご機嫌な様子に戻っていた。
俺もおにぎりだけではなく、唐揚げや玉子焼きにも箸を伸ばし食べてみたが、どちらも申し分ない程美味しかった。
同い年なんだけど、母親の味って言うんだろうか、どれもなんだか安心する美味しさがあった。
そして、改めて隣で微笑みながらおにぎりを頬張る三枝さんが、この日の為にこんなお弁当を作ってきてくれたという事に俺はとても感激した。
こんなの全国のしおりんファンが知ったら殺されるんじゃないかなってぐらい、我ながら幸せ者過ぎるんじゃないだろうかって。
晴れ渡った空、目の前では無邪気に駆け回りながら遊ぶ子供達、美味しいお弁当、そして隣には俺なんかが連れて歩くには不相応過ぎる美少女が一人。
そんな日常の中に非日常が混ざりあったようなこの状況を、俺は全力で楽しむことにした。
「た、たっくん!」
「ん?どうした?」
フゥーっと空を見上げている俺に、三枝さんはまた恥ずかしそうに声をかけてきた。
どうした?とその声に振り向くと、三枝さんは自分の箸で唐揚げを一つ摘まみ、それを俺に向かって差し出してきていた。
「は、はい!ア、アーン!」
「ふぇ!?」
そしてその唐揚げを、アーンと言いながら近付けてくる。
そんな急なアーン攻撃に、驚いた俺は思わず変な声をあげてしまった。
「さ、さくちゃん達がやってたから!」
恥ずかしそうにそんな言い訳をする三枝さん。
いや、だからって俺達がやる理由にならないし色々とハードルがっ!!と思ったけど、既にカフェでアーンし合った仲である事を思い出した俺は、もうなるようになれと腹をくくり、その差し出された唐揚げをパクリと一口食べた。
「……ど、どうかな?」
「お、美味しいです」
恥ずかしさを必死で堪えながら俺がそう返事をすると、それが可笑しかったのか三枝さんはプッと吹き出して楽しそうにコロコロと笑いだした。
そんな楽しそうに笑う三枝さんもやっぱり可愛かったので、俺は仕返しに唐揚げを一つ摘まんで三枝さんに差し出した。
「た、孝之もやってたから!」
「そうだね!」
だが三枝さんは、笑って落ち着いたのか恥ずかしがる事なく俺の差し出す唐揚げをパクリと一口食べると、
「たっくんにアーンして貰うと、やっぱり美味しいね」
と嬉しそうに微笑んだ。
――え、なにこれ……可愛すぎんか……?
俺はそんな微笑む三枝さんを前に、もう既に一日分の鼓動を消費したんじゃないかってぐらい、やっぱりドキドキが鳴り止まなかった。
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