31話「コンビニとカフェ」

 日曜日。


 現在テスト期間中ではあるが、店長にどうしてもこの日はバイト入ってくれないかと懇願されてしまったため、今日も今日とて俺はコンビニのレジ打ちのバイトに勤しんでいた。


 俺は客の居ないコンビニのレジでぼーっと立ちながら、昨日の事を思い出していた。


 勉強を教えてくれる三枝さん、それからパンケーキを美味しそうに食べる三枝さん、色んな三枝さんの表情が頭の中を駆け巡る――。


 こうして思い返してみると、本当に表情豊かな三枝さんだけど、どれを切り取っても可愛かったよなぁと、バイト中にも関わらずちょっとニヤニヤしてしまう自分がいた。


 もし、自分に彼女が居たらこんな感じなのかなぁとか思ったけれど、『相手はあのしおりんだ!仲は良くても変な期待はするな俺!』と、即座にそんな浮かれる自分を戒めておいた。


 楽しむのはいいけど、浮かれるのは良くない。


 でも俺も、もう高校生なんだしそろそろちゃんと女の子に……出来れば三枝さんに認められるような男に成りたいよなぁと、ちょっと逸る気が湧いてきていた。


 今度、ケンちゃんのお店で夏服コーディネートして貰おうかなぁとかぼんやりこれからの事を考えていると、



 ――ピロリロリーン


 コンビニの扉が開くメロディーが店内に流れたのであった。




 ◇



 俺はメロディーに反応して、いつも通り「いらっしゃいませ~」と挨拶をしながら、入ってきたお客様を確認する。


 するとそこには、今日も不審者スタイルをした三枝さんの姿があった。


 そんな三枝さんはというと、俺と目が合うといつも通り恥ずかしそうに雑誌コーナーへすすすっと移動してしまった。


 そんなわけで、丁度三枝さんの事を考えていたタイミングで、今日もお待ちかねの『三枝さんウォッチング』が始まった。



 まず三枝さんは、雑誌コーナーから一つ雑誌を手にすると、ペラペラとページを捲って普通に立ち読みしていた。


 いつもだったら、読んでいるのか読んでいないのかよく分からない感じだったりするのだが、今日の三枝さんはちゃんと隅々まで雑誌を読んでいるようで俺は少し驚いた。


 ……いや、雑誌を普通に読んでる事に驚くって何だよって話しなんだけどね。


 三枝さんが一体何の雑誌を読んでるのか気になって目をやると、それはどうやらこの近辺のお店を紹介するローカル情報誌だった。


 あの雑誌、たしか今月号はカフェ特集だった事を思い出す。

 カフェと言えば、昨日俺が三枝さんを連れていったばかりだ。


 なるほど、昨日は本当に楽しそうにしていたから他のお店の情報も気になるんだろうなぁと、俺はそんな雑誌を一生懸命読む三枝さんの姿を温かい目で見守った。



 そうして雑誌を一通り読み終えた三枝さんは、満足そうに一回頷くと、これまた今日は慌てる素振りも見せず、落ち着いて買い物カゴに商品を入れてそのまま普通にレジへと持ってきた。


 俺は、ここまであまりにも普通すぎる今日の三枝さんに若干拍子抜けしながらも、気を取り直してカゴの中の商品を一つずつ取り出して集計していった。



 ――おうちでカフェタイム(インスタントコーヒー)、一点


 ――生クリームたっぷり!カフェのパンケーキ、一点


 ――カフェオーレ、一点


 ――カフェイン配合エナジードリンク、一点



 ……。



 いや、全部カフェやないかぁーい!




 カフェやないかぁーい!




 きっと本人は無自覚なのだろうが、昨日のカフェに引っ張られ過ぎている三枝さんに、俺は心の中で二回つっこんだ。


 最後のに至っては、もはやカフェ関係なくなっちゃってる。



 今日は普通だと思ったのが大きな間違いだった。


 雑誌の立ち読みの段階から、脳内カフェ一色のカフェデッキを前に、俺は必死に笑いを堪えながらもなんとか集計を済ませた。



「い、以上で772円になりま――」

「はいっ!!」


 俺が金額を伝えきる前に、食い気味に財布から千円札を取り出して差し出してくる三枝さん。


 やっぱり今日も千円札ですよねーと、俺は吹き出しそうになる気持ちをなんとか落ち着けながらその千円札を受け取ると、そのまま会計を済ませてお釣りを手渡す。


 三枝さんは、いつも通り両手でお釣りを大事そうに受け取っていたが、その動きが急にピタッと固まってしまった。


 何事かと思い三枝さんの顔を見ると、お釣りを渡す俺の手首を見ながらショックを受けたように固まってしまっていた。


 あーそうか、今日はバタバタしていてリストバンドしてくるのを忘れてしまっていた事に今気付いた俺は、やれやれと三枝さんに声をかける。



「あー、今日リストバンドしてくるの忘れてしまったんですよ」

「……そ、そうですか」

「でも昨日、エンジェルガールズのしおりんのLimeスタンプが可愛かったのでダウンロードしたんですよ。本当に可愛いので、お客様にもオススメですよ」


 露骨に落胆する三枝さんに、俺は営業スマイルを浮かべながらLimeスタンプの話をした。

 実は昨日、三枝さんから送られてきたしおりんスタンプがちょっと面白かったから、いつか俺からも送ってやろうとダウンロードしておいたのだ。


 すると三枝さんは、落胆の表情から一気にパァッと明るい表情に変わると「わ、私もダウンロードします!」と言ってルンルンとした足取りで帰って行った。



 俺はそんな三枝さんの背中を見送りながら、今日の変化球なカフェデッキは中々ヤバかったなと、三枝さんの挙動不審に無限の可能性を感じていた。



 ――まだまだ俺の知らないパターンを隠し持ってそうだ。



 恐ろしい子!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る