21話「電車に揺られて」
カフェを出ると、今日は行きたいところがあるからという事で、俺は現在三枝さんと共に都心へ向かって電車に乗って移動している。
俺達の住む街は、都心まで電車で一時間ちょっとぐらいの距離にあり、多少時間はかかるけど電車で行けなくは無い距離のところに住んでいる。
電車の中では、当然俺は三枝さんの隣の席に座っており、三枝さんから香る柑橘系のコロンのいい香りが漂ってきて、正直それだけでもうヤバかった。
でも、昨日の遠足やカラオケの思い出話なんかで意外と話は広がり、話題には困らなかったのが救いだった。
時折俺が孝之の事で冗談を交えて話すと、可笑しそうにコロコロと笑ってくれる三枝さんが本当に可愛かったし、何より俺の話で笑ってくれているのが嬉しかった。
しかし、こうして電車に揺られているとどうしてもたまに肩と肩が触れ合ってしまう事があり、何度触れ合っても俺は慣れる事なく、その都度ドキドキしてしまっていた。
あのスーパーアイドルしおりんとこうして出掛けてるだけでも意味不明なのに、そんなしおりんと肩が触れ合っているんだから、ドキドキしない方が可笑しな話だ。
まぁそれを言ったら、バイトしてる時お釣りを渡す俺の手を三枝さんは両手で包んで来るわけだけど、あの時は仕事中なのと、何より挙動不審な三枝さんが気になり過ぎてそれどころじゃないというか、思い返せばそれは全然平気だった事に今更ながら気が付いた。
肩どころか手と手が触れ合ってるのに、なんだよそれって我ながら可笑しくなって、思わず笑えてきてしまった。
そんな隣で思い出し笑いをする俺の顔を、ちょっと頬を染めた三枝さんが不思議そうに横目で見てきていた。
そして、三枝さんは急にハッとしたかと思うと、突然あわあわとし出して、それからガチッと前を向いて固まってしまった。
そんな挙動不審な三枝さんに、「ごめん、思い出し笑いしただけだから」と伝えると、三枝さんは途端に恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていた。
「なんだもう、ドキドキしてるのがバレたかと思ったよ」
気の抜けた様子で、そう恥ずかしそうに呟く三枝さん。
――ん?ドキドキ?
それって、もしかしてさっき肩が触れ合ってた事かな?と思いながら、俺はそれを言う事でドキドキしていたのがバレてしまっている事に全く気が付いてない三枝さんに、またしても笑ってしまったのであった。
◇
「ねぇ、あの娘ちょっとしおりんに似てない?」
電車に揺られていると、次第に車内の人は多くなって来ており、向かいに座る女の子が隣に座る友達とヒソヒソ話す声が聞こえてきた。
その声に俺はドキッとしたのだが、当の三枝さんはというと、同じく聞こえているはずだけど全く気にする様子は無かった。
こういうのは慣れているのだろう、流石の余裕の態度である。
「まさかぁ、確かに可愛いけどこんな所にいるわけないでしょ」
「それもそっか。にしても可愛いね、あーあ、私もあんな風に生まれたかったー」
そう言って笑い合う女の子達。
まさかしおりんがこんな所に居るわけがないと、無事に正体はバレずに済んだようだった。
でもそっか――。
俺も気を付けないと、既に引退していると言っても元エンジェルガールズのしおりんが、俺なんかと一緒に出掛けている事が世間にバレてしまうのは流石に不味いよな――。
俺は改めて、発言諸々気を付けようと気持ちを引き締め直した。
でも、それじゃあ何て呼べばいいんだろうか?
三枝さんは本名でアイドル活動をしていたから、名字でも名前でも駄目な気がする。
そんな俺の考えは、どうやら三枝さんにも伝わっていたようだった。
三枝さんはスマホを片手に何かを入力している。
そして、ピコンと俺のスマホの通知音が鳴った。
俺はスマホを確認すると、画面にはたった今三枝さんから送られてきたLimeのメッセージが表示された。
『しーちゃんって呼んで』
えーっと……これは?
そう思い隣を向くと、そこには小悪魔っぽい笑みを浮かべた三枝さんがいた。
そして、今か今かと『しーちゃん』と呼ばれるのを待っているのが
そ、そうか、そんなに呼ばれたいのか……じゃあ……
「分かったよ、その……しーちゃん」
観念して俺がそう呼ぶと、三枝さんは少し上ずった声で「はい!」と返事をし、その顔は一瞬にして真っ赤に染まっていた。
そんなに恥ずかしいなら止めれば良かったのにと思いながらも、自ら墓穴を掘る三枝さんが面白可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
それから俺は、目的地の駅に着くまでわざと『しーちゃん』と付けて会話をした。
三枝さんは、しーちゃんと呼ばれる度にあわあわと恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに微笑んだりして、その挙動不審な反応がとにかく可愛くて面白かった。
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