18話「バラード」
歌い終えた三枝さんは、次の曲を入れた孝之とバトンタッチして席へ戻ってきた。
しかし、席へと戻ってきたと思った三枝さんは、何故か元の位置ではなく俺の隣へと座ってきたのである。
俺はてっきり、向かいに座る清水さんの隣に座るものだとばかり思っていたため、不意を突かれて思わずドキドキしてしまった。
「い、一条くん、ど、どうだったかな?」
恥ずかしそうに、そう聞いてくる三枝さん。
どうだったというのは、さっきの歌の事だろう。
「え、うん。すごく良かったよ、それに面白かった」
「そ、そう?」
俺が笑いながらそう答えると、三枝さんは顔を赤くしながら嬉しそうに微笑んでいた。
目の前で恥ずかしそうに微笑む三枝さんは、正直めちゃくちゃ可愛かった。
「うん、さっき三枝さんが歌ってくれた曲、実はダウンロードしてて通学中聞いてたりするんだよね。だから、生で聞けたのは本当に嬉しかったよ」
素直に感想を伝えると、三枝さんは更に恥ずかしそうに「あわわわわ」と文字通りあわあわしていた。
「これであのメイド服だったら、最高だったんだけどね」
そんな三枝さんがなんだか面白くて、俺は更に悪戯な言葉を付け足してみた。
すると三枝さんは、あわあわしてたかと思えば今度は急にガッツポーズをして、
「次回は、必ず用意いたします!」
と鼻息をフンスと鳴らしながら高らかに宣言してくれたのであった。
いや、冗談だからそんな気合い入れなくても大丈夫ですよと思ったけど、まぁ本当に見せて貰えるならそれはそれで御の字だから、この件はそっとしておく事にした。
――もっとも、目の前であの姿を見せられたら、俺がきっと平常でいられる自信は無いんだけどね。
◇
孝之がロックでイケイケなナンバーを歌って盛り上がったところで、次は俺が歌えとの事なので仕方なく好きなバラード曲を入れた。
この曲は少しマイナーで古い曲なんだけど、昔から好きでかなり聞き込んでいる曲だから、これなら人前で歌ってもまだマシだろうと思い俺は頑張って歌った。
だって、この間までスーパーアイドルとして活動していた三枝さんが目の前で聞いてるんだから、そりゃもう必死に歌った。
人生でここまで熱唱した事無いんじゃないかってぐらい頑張った。
するとどうだ?
孝之と清水さんは、俺の歌をちゃんと聞き入ってくれてるようだった。
二人が俺なんかの歌をちゃんと聞いてくれてる事に、歌いながらも俺の歌声は大丈夫なんだとかなり安心できた。
だが、問題は残りのもう一人だ。
三枝さんはというと、歌う俺から一番近い手前の席に移動してきており、そして食い入るように歌う俺の事をキラキラとした目で見つめて来ているのだ。
あのー、三枝さん?
それめっちゃ歌い辛いんですけどー!?
そんな俺の気持ちなんてお構い無しに、こちらをじっと見つめてくる三枝さん。
これは新手の嫌がらせか何かだろうか。
女の子にそんな表情をされながら歌ってるところを見られるというのは、やっぱりかなりドキドキしてしまった。
こうして、なんとか最後まで歌い終わった俺に向かって、まるで好きな歌手のライブが終わった後のようにワーッと手をパチパチと叩いてくれる三枝さん。
いやいや、立場逆だからと思いながらも、恥ずかしくなった俺はさっきいた席へとそそくさと戻った。
「あー、前から思ってたけどお前達って……」
「ん?なんだ?」
「あー、いや。なんでもない。よし、次清水さんも歌ってみようよ!」
そんな、ある意味今も挙動不審な三枝さんと俺とのやり取りを見ていた孝之は、何かを言いかけたけどすぐに何でもないとはぐらかされてしまった。
付き合いは長いけど、一度言いかけた事をやめる孝之なんて珍しかったから、孝之が何を言いかけたのか俺は少し気になってしまった。
そんな孝之に、お前達と呼ばれたもう一人である三枝さんはというと、スマホで一生懸命何かを探している様子で、「あった!」と呟きながら何かをダウンロードしていた。
ちらっと見えた三枝さんのスマホの画面には、さっき俺が歌った曲のタイトルが表示されていた。
どうやら、今俺が歌った曲をダウンロードしているようだった。
三枝さんは凄く満足そうにふやけた笑みを浮かべており、そんなにさっき俺が歌った曲を気に入ってくれたのなら、歌った俺としてもそれは普通に嬉しかった。
◇
俺が歌い終えた事で、次は清水さんが歌う番になった。
孝之のフォローもあり、清水さんは緊張した様子ではあったもののちゃんと曲を選択して送信までしてくれて一安心した。
そうして画面に表示されたのは、まさかのエンジェルガールズの曲だった。
「あ、あの、紫音ちゃん。よ、良かったら一緒に歌って、貰える?」
恥ずかしそうにそう伝える清水さんの仕草は、正直とにかく可愛かった。
それは同性である三枝さんですらも同じ気持ちのようで、清水さんのお願いに二つ返事でオッケーすると、一緒にお立ち台に立って嬉しそうにマイクを握った。
――そうして二人は、仲良く歌い出した。
◇
俺と孝之は今、奇跡の光景を目の当たりにしている。
一人は、国民的アイドルグループエンジェルガールズでセンターを務めていたしおりんこと三枝さん。
彼女は明るく可憐に微笑みながら、この狭いカラオケボックスの中でも完全にアイドルムーブを発揮し、エンジェルガールズの曲を可愛く完璧に歌いこなしている。
そしてもう一人は、同じクラスメイトの清水さん。
彼女はいつも読書をしていて引っ込み思案な性格をしているのだが、歌ってみると元々可愛らしい声をしており、ちょっと動きが固いながらも一生懸命歌うその姿は、隣の三枝さんとはまた違った魅力があった。
清水さんは、声だけでなくその見た目も学年でトップクラスに可愛いと評判の女の子だ。
だから、そんな学年でも可愛いツートップの二人が、たった今俺達の目の前でアイドルをしているこの光景は、クラスのみんなには悪いけど凄まじい程の破壊力を持っていた。
「……なぁ、卓也」
「……なんだ、孝之」
「……俺達は今、エデンに足を踏み入れてるのかもしれないな」
「……そうか、ここがエデンか」
なるほど、どうりで尊いわけだ。
こうして、可愛く楽しそうに歌うクラスのアイドル二人を前に、俺と孝之は仲良く浄化されたのであった――。
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