14話「バスの中」

 遠足当日。


 今日は終日身体を動かすため、俺達一年生は朝から体操服で登校してきている。


 学校に着くと、既に駐車場には遠足用のバスが数台到着しており、登校してきた人から随時自分達のクラスのバスへと乗り込んでいった。


 バスの中の席順は事前に班毎に割り振られているため、俺もバスへ入り所定の席へと向かったのだが……そこには俺の座る場所は無かった。


 何故かというと、それは俺と同じ班の三枝さんと話をするために、朝からクラスのみんなが俺の席に座ってお喋りをしているからだった。


 まぁ、俺もそんな小さい人間ではないため、別にそれぐらいの事は構わない。

 ただ、問題はそうなると俺は席が空くまでどこに座っていればいいのか分からないという事態に陥ってしまっていた。



「お、おはよ、一条くん」


 そんな困っている俺に、隣の席からそーっと声がかけられる。

 その声に振り向くと、そこには同じ班の清水さんが居心地悪そうに一人でちょこんと座っていた。


 ――なるほど、どうやら清水さんも俺と同じ状況のようだ。


 清水さんは、三枝さんに纏わりつく人達が居なくなったらすぐに戻れるように、監視しやすいこの席にとりあえず座って様子を伺っているようだった。



「仕方ないか、引くのを待つしかないね」


 そう諦めた俺は、フゥとため息をつきながら「隣いいかな?」と断りを入れ、清水さんの隣に座った。



 そして、座ってから俺は気が付く。

 何普通に女の子の隣座ってるんだよお前と。


 それに気が付いてしまったが最後、急激にこの状況がとても恥ずかしくなる俺。


 それは清水さんも同じようで、顔を赤くしながら居心地悪そうに下を俯いていた。


「あ、ご、ゴメン!嫌だよね!?」

「う、ううん、大丈夫」


 何やってんだ俺はとすぐに立ち上がり退こうとしたのだが、清水さんは大丈夫と俺の服の裾をちょこんと摘みながら、俺の顔を恥ずかしそうに見上げてきた。


 そんな清水さんは、三枝さんに次いでクラス、いや学年でも人気の美少女な事もあり、俺の服の裾を摘まみながらこちらを見上げてくるその姿は、正直反則的な程に可愛かった。



「ごめんねみんな!清水さんと一条くんが座れなくて困ってるから、そろそろ席空けてあげて貰ってもいいかな?」


 俺と清水さんが顔を見合せながら固まっていると、突然みんなの話を遮るように少し大きめの声をあげる三枝さんにより、さっきまで人で溢れていた俺達の席の周りからサーっと人が引いていった。


「ごめんね二人とも、もう座れるよ?」


 そうして人が居なくなったところで、ニコリと微笑みながらこちらに声をかけてくれる三枝さんは、笑っているけどどこか焦っているような余裕の無い感じが滲み出ていた。


 そんな三枝さんは、今日も皆には気付かれない程度にほんのりと挙動不審だった。



 ◇



「あぶねー!遅刻するところだったー!」


 バスの発車ギリギリで乗り込んできた孝之が、フゥーと少し息を切らしながら俺の隣の席へとドカッと座り込んできた。


「来ないかと思って心配したぞ?」

「悪い悪い、普通に寝坊した!」


 そう言って服をパタパタと扇ぎながら笑う孝之は、今日もワイルドイケメン全開だった。


 このクラスになってしばらく経つが、そんな孝之へと熱い視線を送る女子は少なくなく、今も服をパタパタと扇ぐ孝之の事を横目で見てる女子が数名居たりする程だった。


 相変わらず色男だねぇと思いながら、俺はなんとなく後ろの席へと目をやると、そこには少し顔を赤くする清水さんと、何故か目を細めて仏頂面を浮かべている三枝さんの姿があった。



 ――いや、清水さんはともかく、三枝さんのその顔は何!?


 もしかして、三枝さんもそんな顔して孝之の事見てたりするのかなと思ったけど、残念ながら三枝さんの目線は孝之の方には向いていなかった。


 じゃあ、どこを向いてるかというと、何故か目と目が合う俺と三枝さん。



 んーっと?これは?


 相変わらず、目を細めながらジトーっとこちらを見つめてくる三枝さん。

 一体何をしたいのか全く分からないのだが、とりあえずこれはあまり良い感情でしている表情では無い事は確かなので、俺はそんな三枝さんに向かってハハッと笑いながら軽く手を振っておいた。



 必殺、笑って誤魔化せだ!



 なんて、そんな手法通用するわけがないよなと思ったのだが、何故か三枝さんはすぐにパァっと明るくなると、ニッコリと笑みを浮かべながらこちらに向かって手を振り返してくれたのであった。


 なんで上手く行ってしまったのか良く分からないけど、とりあえず三枝さんがご機嫌になったようなので良しとする事にした。




 ◇



 目的地へ到着し、バスを降りる俺達。


 俺達の学年は全部で6クラスあるため、計6台のバスから続々と人が降りてくる。


「よーし、じゃあ早速ハイキングコースを進んでくぞー。同じ班の生徒同士離れないように一緒に歩くことー!いいかー?」


「「「はーい」」」


 学年主任の先生が拡声器でそう次げると、早々にハイキング開始となった。



 とりあえず俺達も、みんなに合わせて歩き出したのだが、そこで早速問題が起きる――。



「やぁ三枝さん!良かったら一緒に歩いてもいいかな?」


 突然、そう爽やかに声をかけてきたのは、東郷公久とうごうきみひさくんだった。


 俺達は四組なのだが、彼はたしか一組だった気がする。


 そんな東郷くんと言えば、今若者に人気の雑誌『Try』で読者モデルをしている事で有名で、女子達からは王子様としてキャーキャー言われてたりする程に、それはもう分かりやすいイケメンモテ男だった。


 そんな東郷くんは当然自分に自信があるようで、今もこうして三枝さんとお近づきになろうと接触してきているわけだ。



「同じ芸能界で活動してる者同士、歩きながらちょっと話さないかい?」

「私はもう辞めたから、話すことないかな」


 勝手に三枝さんの隣に並んで話しかけてくる東郷くんに向かって、ニッコリと笑みを浮かべながらバッサリとその誘いを断る三枝さん。



「いや、でも僕は君から芸能界の先輩として色々アドバイスを聞きたいっていうか……」

「んー、アイドルと読者モデルじゃ、あんまし共通点無いと思うよ?私知り合いに読者モデルの人はいないからさ!ごめんね!」


 そう言うと、東郷くんを避けるように俺達のもとへと駆け寄ってきた三枝さんは「行こっか!」と言って、清水さんの手を取り楽しそうに歩き出した。



 そんな分かりやすすぎる三枝さんの後ろ姿を、真っ青な顔をしながら呆然と見つめている東郷くんには悪いけど、ちょっとスカッとした自分がいた。


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