第122話 竜の加護と軽い罰
さぁ、お仕置きの時間だ。
まずはみんなを探さないとな。
気絶した火竜を逃げ出せないように縛り上げながら、辺りを見回してみる。
戻って来た者は誰も居ない。
「みんな何処まで行ったんだか……」
止むに止まれぬ事情があるとは言え、ここはまだ魔物が生息する場所。離れ離れになっているのは危険だ。
当てもなく適当に歩いていると用を足すのに良さげな茂みを発見する。そこから人の気配を感じる。
「誰かそこに居る?」
返事は無い。
「そこに居るのは分かっている。誰?」
「近づかないで下さい」
茂みから上半身を出して、弓を構えているのはミシェルだった。
「そんな所に一人で居るのは危険だよ。出ておいで」
「お願いです……来ないで下さい……」
ふむ、これはアレだな。漏れたな?
「ミシェル、大丈夫だよ。もう分かっているから。ミシェルだけじゃない。僕も含めてみんなお腹を壊しているんだ。原因は漆黒の阿呆が夕食に混ぜた兎の魔物肉のせいだ」
「ハルト様……私は穢れてしまいました」
「うんうん、僕もだよ。大丈夫だから……」
「こんな姿を見られるくらいなら……貴方を殺して私も命を断ちます!」
おおぅ、追い詰められているなー
「ミシェル、良いかい? 今から少しだけ側に行く」
「駄目です、近づいたら射殺します!」
弓を引き絞り、狙いを定めるミシェル。その目を見れば分かる。本気みたいだ。
「良く聞くんだ。まず、僕の居る方が風上だ。そして僕はある魔法が使える」
「…………」
「その魔法とは浄化クリーン。本来はアンデッドを存在から全て消し去る魔法なんどけど、僕が使うと体に着いた全ての汚れを取り去るんだ」
全てに絶望していたミシェル。闇落ちしていた瞳に光が灯る。
「本当ですか?」
「ああ、だから安心してして良い。あと二歩で魔法の射程距離に入る。だからそこでじっとしているんだ。良いね?」
「……はい」
まぁ、オウバイのお姫様として育ったミシェルにはショックだっただろうね。
ビックベンをお漏らししてしまうなんて。
これがリトルジョーだったらここまでの事態にはなっていなかっただろう。
ミシェルを刺激しない様にことさらゆっくりと足を踏み出す。
二歩、歩いたところで射程に入り、すぐさま魔法を発動する。
「さあ、もう大丈夫だろ? 出ておいで」
「これは……」
恐らく自らのお尻の辺りを確認しているのだろう。
そして、その確認が終わったのか、顔を真っ赤にしたミシェルが茂みの中をからおずおずと姿を表した。
「ハルト様、感謝致します。それと、あの、できれば忘れて頂けると助かります」
「分かってるよ。怪我は無い?」
「はい、大丈夫です!」
強張った表情だったミシェルがやっと笑顔を見せる。
「他の方々は?」
「全員、急用だってさ」
「そうですか……」
「探すのを手伝ってくれるかな?」
「もちろんです!」
その後、他のメンバーも大体同じようなシュチュエーションで発見出来た。
「近づいたら記憶が無くなるまでボコるわよ?」
これは風香だ。
「流石のボクでも、そのプレイだけはちょっと受け入れられないかなー」
これはシャル。
「ハルトに知られた……首を吊るしか無いわね……」
レヴィ……大丈夫だって。
「お? ハルトか丁度良い。紙くれ、紙」
エドさん……
全員、魔法で浄化してあげた。
暗黙の了解でこの事件のことは今後、誰も触れない事に決定した。黒歴史って奴だね。
「後はあの阿呆だけだね」
「どこに行ったんだか……」
「とっちめてやらないと気が済まないわ!」
漆黒の胸中を推測する。恐らくは僕に怒られる事を恐れては隠れているが、一人で遠く離れる事は出来ないだろう。
「そうすると、この辺りだねっ!」
火竜を転がしてある場所のすぐ近くに生えている一本の大木を力任せに殴りつける。
大木が大きく揺れて、上から何かが落ちてくる。
「きゅう……」
ソレは頭から地面に落ちて、一言だけ呟き目を回している。
「レスリー……こんな所に隠れていたのね」
「さあ、どんなお仕置きをしてやろうかしらね?」
「まぁまぁ、みんな、ここは僕に任せてくれるかな?」
―――――――――――――――――――――
大木の側に結界を張り、火を焚いて暖を取る。
雪山の山頂は理由が分からないがそれほど寒く無い。それでも夜が近づくにつれて気温は下がってきて、少し肌寒い。
大木に吊り下げられた二つの物体が時折風で揺れる。
その下で黙々と食事を取る。頭の中であの出来事を思い出しているのだろう。メンバーの表情は優れない。
そんな中、大木に吊り下げられた物体が発言する。
「おい、何故我がこんな事をされねばならんのだ?」
誰も答える者は居ない。
「おい、いい加減にしろ!」
「いい加減にするのはそっちだろ?」
「我の加護はもうくれてやっただろう。下せ」
「鱗は?」
「それはやらん!」
「じゃあ駄目。そのまま、そこでぶら下がってて」
大木から吊り下げられているのは火竜。
僕達の目的の一つである竜の加護は案外すんなりとくれた。だがもう一つの物。火竜の鱗を渡そうとしない。
「何故、我の鱗をやらねばならんのだ?」
「竜を倒したら鱗を剥ぎ取る。これ、常識」
朝、起きたら顔を洗う。食事をしたら歯を磨く。皆、当たり前にやっている事だ。
「竜を倒したら鱗を剥ぎ取る。その当たり前の事をさせないのだから吊り下げられて当然だね!」
「まるで意味が分からんわ!」
「アンタが了承するまで、そのままだよ?」
「ふざけるな!」
まったく、我が儘な竜だねぇ。
「あれ? ハルトさん?」
「お、目を覚ましたか。漆黒」
「はい、でも何で逆さまになっているんですか?」
ふむ、どうやら状況を理解していないらしい、
「逆さまなのは漆黒の方だ。僕達はただ座っているだけだよ」
「え? え?」
「自分が何をしたのか覚えていないのか?」
「えーと? 何でしたっけ?」
「兎だよ、う、さ、ぎ!」
「ああ、あのお肉美味しかったですよね!」
コイツは……まったく反省していないじゃねぇか!
「それの所為で全員が窮地に陥ったんだが?」
「あ……」
「そして、今からお前にお仕置きをする所だ」
「お仕置き……ですか?」
「そうだ。みんなから意見を聞いたところ、漆黒の丸焼きに決定したんだ。今火を焚いているから、少しだけ待ってろ」
「まるやき?」
焚き火の周りには串に刺した肉がじゅうじゅうと音を立てて焼かれている。
「ああ、これと同じ様にこんがりと焼く。漆黒焼きだ」
「そんな事されたら私、死んじゃいますけど?」
「そうだな」
「待って待って」
「待たないよ。お前はそれだけの事をしたんだ。全員の命を危険に晒した。許してはおけない。諦めろ」
「あの……ハルトさん。怒ってます?」
何を今更……
「怒っている段階はすでに過ぎた」
「ごめんなさい。お願いです。許して下さい!」
「駄目だ」
「嫌ー! 助けて下さい。何でもしますから!」
来た!
「今、何でもするって言ったよな?」
「え……はい……」
「これからは僕達パーティーメンバーの命令はどんな事でも必ず従う事。分かったか?」
「はい、助けてくれるなら何でもします!」
「こう言っているけど、どうする?」
メンバー全員を見る。全員が頷きを返して来る。
「みんなも許してくれるみたいだよ。良かったな」
大木から下ろして縛り上げているロープを解く。
「皆さん、ありがとうございます」
「じゃあ、お腹をが空いただろうからこれを食べると良いよ」
焼き上がった肉串を差し出す。
「美味しそうですね。何のお肉ですか?」
「勿論、兎肉だ」
漆黒の表情が瞬時に凍り付く。
「あはは……えーと……」
「兎の魔物の肉だ。たくさんあるから遠慮するな。みんなで一生懸命に集めて来たんだ。食べろ」
「あの……」
「全部残さず食べるんだ。そうしたら許してやるよ」
用意してある兎肉は全部で三羽分。一人で食べるには少しばかり多い量だ。
「魔物のお肉なんて食べたらお腹壊しますよね?」
「罰なんだから当たり前だ。何でも言う事を聞くんだろう?」
「ううっ、い、頂きますぅ」
観念して一口、兎にかぶりつく漆黒。
これで少しは反省するだろう。
涙を流しながら兎肉を咀嚼する漆黒。この後、何度も何度も、ちょっと失礼しますと呟きトボトボと歩いて行く後ろ姿を見て、少しだけ溜飲が下がる。
漆黒への罰は遂行された。後は我が儘な竜から鱗を剥ぎ取ればミッションコンプリートなんどけど……
「断る!」
「なんでだよー、ほんの八十一枚だけじゃないか」
「全部ではないか!」
「すぐに済ませるからさー、我慢しなよー」
「嫌に決まっておる。鱗を剥がすのはかなり痛いんだからな」
何度交渉しても頷かない火竜。どうするか……
「大体、我の鱗は常に燃えておる。そんな物をどうやって剥がすと言うのだ?」
「えっ?」
「我がこの雪山に居る理由もそれじゃ。燃え盛る鱗が熱くてかなわんからの。雪山の冷気で少しでも冷やしておる。元来、我は暑がりなんじゃ」
「火竜の癖に暑がりとか……」
「我の勝手じゃろうが!」
「使えない竜だな。鱗も取れないとか……」
「お主は竜を何だと思っておるのじゃ……」
「素材?」
「我らも懸命生きておるのじゃ。それを素材扱いとは、人間とはやはり不遜な生き物じゃの」
鱗が取れないならコイツにもう用は無いか。
「まったく、無駄足だったなぁ」
「我の加護をやったじゃろう?」
「加護はついでだからな。あー、鱗欲しかったのに」
残念ではあるが火竜の鱗は諦める事にして、次の竜を探しに行くしか無いな。
せっかくのレア素材……残念だな。
内藤君の呑気で素敵な数奇な軌跡 ダル @daru-
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