第114話 突撃、隣の帝国領
萃香に抱きつかれたまま、屋敷の中へと案内された。
どれだけ頼んでも離してくれない萃香。
「姉様の匂いが無くなったら考えてあげます」
一体、僕のどこから風香の匂いがするのやら……
「あらあら、急に萃香ちゃんが走り出すから何かと思えば春人君じゃない。元気みたいね?」
「はい、アイリさん。ご心配をおかけしました」
「貴方と風香は死んだって聞かされていたのだけど、風香も無事でいるのよね?」
「はい、元気一杯ですよ」
「うふふ、良かったわ」
アイリさんはいつもと変わらない態度で接してくれている。慌てず、騒がず、ありのままで。
それでも、ニコニコとした顔で近づいて来ると、僕をふわりと抱きしめてくれた。
「お帰りなさい。春人君」
「はい。ただ今戻りました」
態度には出していないが、やはり心配してくれていたのだろう。抱きしめる腕に若干力が入っている。
「あの……アイリさん?」
「なぁに?」
「そろそろ、離して貰えませんか?」
「ダメよ。久し振りなんだから、もう少し堪能させて貰うわ」
萃香に続いてアイリさんまでか……
その後、十分程二人に抱きつかれたままその場で立っていた。
「うん、もう充分ね」
そう言って、やっと離れてくれたアイリさんは目に涙を浮かべている。
「風香は私の子供だけど貴方も同じよ。小さな頃からずっとお世話をしてきたのだから、貴方も私の大切な子供なのよ。あまり心配をさせないでね」
「はい、連絡出来なくてすいません」
僕は親の顔を知らない。家族という物に全く縁がないのだ。天涯孤独という奴なんだけど、寂しいと思った事は無かった。
僕には風香が居る。それだけで充分だった。
だけど、僕は勘違いをしていたみたいだ。
アイリさんも萃香も僕の事を家族の一員として扱ってくれているんだ。
落ち込んでいれば励ましてくれて、良い事があった時は一緒に喜んでくれる。心配もしてくれるし、今みたいに再会を喜んでくれるのだ。
これが僕の家族。もっと大切にしないといけないね。
再会の儀式が終わり部屋に通された後、ソファに座り紅茶を飲む。美月さんが淹れてくれる紅茶は相変わらず美味しい。
「萃香、一旦離れてくれないかな?」
「お断りです」
僕の腰の匂いを嗅ぎながら即答する萃香。
「風香の話なんだけ……」
「早く言ってください。何をボケボケしてるんです?」
「ボケボケはしてねぇよ……」
風香の事となると途端に反応が変わる萃香。ここまであからさまに変わるといっそ清々しく感じるね。
「風香は今、僕の仲間と一緒にオウバイに居て……」
「分かりました。すぐに向かいます」
萃香はオウバイと聞いた瞬間に立ち上がり、瞬く間に部屋を出ていった。
少しは話を聞いて欲しいんだけどなぁ。
「美月、萃香ちゃんをお願いできる?」
「かしこまりました」
アイリさんは手慣れた物ですぐに萃香の護衛に美月さんを派遣する。引き止める気は全く無い様だ。
「今の萃香を止めても聞くはずが無いもの」
これはアイリさんの言葉だ。それは僕も同意だね。
「アイリさんはどうしますか? やっぱりオウバイに行きます?」
「そうね。風香ちゃんが居るなら私も行かないとね。貴方達はジニアに戻って来る気は無いのでしょう?」
「戻る気と言うか、どちらかと言うと戻れない、の方が正しいですね」
前回の慌ただしい脱出の経緯と今回の事を要約してアイリさんに伝える。
「あらあら、ジニアも随分とキナ臭くなって来たのね。それなら尚更オウバイへ行った方が良いみたい。ねぇ春人君、私達も一緒に住んでも良いかしら?」
「もちろん、歓迎しますよ!」
「うふふ、良かったわ。じゃあ早速準備をしないといけないわね。忙しくなりそうね」
アイリさんはいそいそと動き始め、秋山さんにいくつか指示を出してから家のあちこちを駆け回り始めた。
数時間後、アイリさんの準備が無事に終了する。
「春人君はどうするの? 一緒に戻る?」
「そうですね……せめてこの右腕がまともに動いてくれないと何も出来ないので、その方が良いかも知れませんね」
「あら、怪我をしたの?」
「実は魔力が上手く使えなくなっていて、義手に至っては全く動かせないんですよ」
「そう、ちょっと見せてみて……」
アイリさんが僕の右腕を持ち上げて見つめている。
不意に腕全体が暖かくなった。その暖かさはやがて全身に広がり始める。凄く気持ちが良い。まるで温泉に浸かっているような不思議な感じだ。
「はい、良いわよ。動かしてみて」
「動いた……」
「ふふふ、結構酷い状態だったのよ? あまり無理をしない様に気を付けなさい。分かった?」
そうか、アイリさんは元はジニアの聖女と呼ばれていた人だった。この程度の治療はお手の物か。
義手の動作を確認すると、その動きには何の問題もない。おまけに魔法の発動にも支障がない。
「アイリさん、ありがとうございます。本当に困っていたんですよ」
「お礼なんて要らないわ。言ったでしょ? 貴方は私の大切な子供なんだから」
魔法が使えるとなると話は変わって来るな。ハーパルからの謎のメッセージの事もある。
ジニアで何が起こっているのか調べておいた方が良さそうだ。
「アイリさん。僕は一度オウバイへ戻ります。すぐにジニアに戻って来ますけど、アイリさんはどうします?」
「それなら一緒にオウバイへ行くわ」
「準備は終わってますか?」
「ええ、大丈夫よ」
執事の秋山さんはジニアで後始末をしてから、自力でオウバイへ向かうとの事なので、僕はアイリさんだけを伴ってオウバイへ出発する。
転移!
「はい、到着ですよ」
「あら、もう着いたの? 春人君は便利ねぇ」
自宅にある何も無い部屋。直接転移する為だけの部屋へ戻り扉を開ける。
「春人。もう帰って来たの?」
「風香、ただいま」
「うん、おかえり」
「あらあら、風香ちゃん。元気そうねぇ」
「母様!」
一瞬だけフリーズしていた風香がアイリさんに突進して飛びつく。
宙を舞って飛びついた風香を何事もなく抱き止めるアイリさん。普通、あの勢いで飛びつかれたら、そのまま床に倒れると思うけど……
「うふふ、風香ちゃんが無事で良かったわ」
「はい……」
アイリさんの胸に顔を埋めて静かに涙を流す風香。感動の再会だね。僕も少しだけうるっと来たよ。
風香が落ち着くまでしばしの時間待ってから、オウバイでの状況を確認。
「風香、レヴィは戻って来た?」
「ううん、まだよ」
「そうか……あれから三日経っているからそろそろだよな。僕は一度、内海の港まで行ってくる。後の事頼んだよ」
「はーい、いってらっしゃい」
レヴィの安否を確認した後はすぐにジニアへ戻ってさらに調査をする。忙しくなりそうだね。
転移!
―――――――――――――――――――――
オウバイの玄関口は二つある。一つは外海に繋がる港町キーテス。もう一つが今、僕がやって来た内海の港町クーニキアだ。
その港に入港して来た船からよく見知った顔を見つけた、レヴィだ。
見つけるまでに見送った船は合計10隻。今か今かと待ち続け、やっとの事で再会できた。
「レヴィ!」
「ハルト? 何でここに居るのよ?」
「転移して先に戻って来た」
「そう、無事で良かった……」
「色々あったけどね……」
レヴィに抱きつかれた後、身体中をポンポンと叩かれる。今日は良く抱きつかれる日だねぇ。
「どこも怪我はしていないみたいね」
「大丈夫、心配し過ぎだよ」
「ハルトはいつも無茶ばかりするじゃない!」
むう、それは否定出来ない。でも、そうしないといけない状態なんだから仕方ないよね?
「この後はどうするの?」
「もう一度ジニアに戻るよ」
「何でよ? アルテミシアは助けたんだから戻る理由なんて無いでしょ?」
「少し気になる事があるんだ。それを調べたら戻って来る」
「じゃあ私も着いていく!」
「レヴィ、今回は僕だけで行く。依頼の報告もあるし、出来ればこっちに残っていて欲しい」
「ダメよ。一人では絶対に行かせないから」
レヴィ自身が残る事は了承してくれたのだが、僕はレヴィに信用されていないらしく、お目付役を付けられてしまった。
「ふふん、ボクが着いていれば安心でしょ?」
「あの、宜しくお願いします。ハルトさん」
お目付役はシャルとレスリーの二人。シャルは特に問題は無いのだが、レスリーか……
「何ですかその顔は?」
「いや、別に……」
レスリーは戦闘面に難がある。剣術道場の娘だと言うのに、剣をほとんどまともに扱う事すら出来ないへっぽこ剣士なんだよね。
「なんだか分かりませんけどムカムカしてきました。一回ハルトさんの顔を殴っても良いですか?」
「良いはず無いよね?」
無駄に勘が鋭いんだよなぁ。
「ハルト、ジニアには何をしに行くの?」
「ただの調査だよ。まずはジニアまで行ってから決めよう。転移するよ!」
二人が僕の側へやって来る。
転移!
視界が一瞬で変わり、ジニアの街へ到着。
「ここからは別行動する。シャルとレスリーは街で情報を集めて欲しい」
「ダメだよ。レヴィにハルトから目を離さない様に言われているんだから」
「大丈夫だよ。レヴィはここには居ないから」
「そっか、それなら大丈夫だね!」
「シャルさん……騙されてますよ?」
「とにかく、噂でも何でも良いから皇帝と大賢者についての事を調べておいて欲しい。それじゃあ、よろ!」
二人をその場に残し、すぐに走り出した。
今日は転移を既に二回使用している。現在の残存魔力から考えると、後一回使うのが限界だろう。
魔力を回復しておかないと幻想宮に忍び込んでも脱出する事が出来ないな。回復ポーションを仕入れてから潜り込むかね。
入り組んだ道を曲がり、目的の店の前に到着する。
この店に来るのも久方ぶりだな。
扉を開けて中に入る。
テレレレレレン テレレレレン
ここもかよ…………
油断していた。遅れてやって来た流行なのか?
コンビニじゃ無いんだから、この音はやめて欲しい。
「おやおや、誰かと思えばハルト坊やかい」
「久しぶり、オババ」
僕がやって来たのはシャム魔道具店。この義手の取り付けをしてくれた凄腕の錬金術師であるシャムが経営するお店だ。
「ちょっとお願いがあって来たんだ」
「ふむ、坊やの頼み事ならどんな事でもお金さえ払ってくれたらやってあげるよ。言ってごらん」
「実はですね……」
僕が前々から考えていた事を伝えると、オババは呆れた顔で僕を見つめている。
「良くもまあ、そんな面倒な事を……」
「出来ないかな?」
「ちょっと待っておれ。すぐに始める」
うん。問題無さそうだね。
「全部で10個欲しいんだけど……」
「やれやれ、高く付くよ?」
「良いよ。お願いね」
「金額を聞きもしないとはね……随分と稼いでいるみたいだねぇ」
「そこそこにね」
「ほら、このお茶でも飲んで待ってな。すくに作る」
オババが淹れてくれたハーブティーを美味しく頂きながらワクワクしながら待っている事にする。
これが出来上がれば今よりももっと便利になる。
楽しみだねぇ。
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