第110話 処刑を止めろ!
無限回廊のある洞窟を抜けると、そこはジニア帝国。
「こっちは誰も居ないんですね」
「ジニアではまだ発見されて居ないからな」
「へぇ、それでここはどの辺りなんです?」
「魔の森と呼ばれている場所だ」
そうか! なんとなく見覚えがあると思ったよ。魔の森にはよく修行に来ていたからなぁ。
ここからなら急げば閉門までは余裕を持って到着できる筈だ。
クリアさんのレイピアキックとレイピアパンチで遭遇する魔物を一掃しつつ帝都ディルティアへ向かう。
順調に進んでいたのだが、帝都に到着する寸前でクリアさんから一つの提案があった。
「変装……ですか?」
「うむ、我らは大丈夫だが少年達は帝国に睨まれている可能性がある。確か死亡扱いだろう?」
むむむ、そう言えば……
「だから変装をして帝都へ入る事を了承して欲しい。なに、入ってしまえばこっちの物だからほんの一時だけの話だ」
クリアさんが用意してくれた偽装ライセンスを渡されて、変装用の衣装も渡されたのだが……
「絶っっっっっっ対に嫌です!」
「少年…………我が儘を言うで無い」
「無理ですって!」
クリアさんが用意したのは緑とピンク、二種類のバトルスーツだった。
もちろんピンクはレヴィが着用する。必然的に緑は僕が着る事になるのだけど、そのスーツが問題だった。
「グリーンさんのスーツじゃ無くて、深緑さんのスーツですって? しかも洗って無い? 嫌ですよ!」
「もう完全に乾いているよ?」
「濡れていなければ良いという問題ぢゃねぇ!」
深緑さんがグリーンさんからのお下がりのバトルスーツを着ているのは話に聞いていた。グリーンさんが部屋着として使っていた物らしいが、それはどうでも良い。
深緑さんが着用する事で鮮やかな緑色が自然に深い緑に変化しているバトルスーツ。そう、大量の汗で……
「なんで洗っていない物を僕が着ないといけないんですか。せめて洗っておいて下さいよ!」
「中々、忙しくてね。大丈夫だよ。今着ているスーツも二ヶ月は洗ってないけどなんとも無いからさ」
「ふざけんな!」
色が変わる程の大量の汗をかいたスーツなんて着れる訳ないわ! 全身が痒くなったらどうしてくれる!
「少年、ではどうする?」
「何か別の方法を考えましょうよ」
「ハルト、私ね、良い方法を思いついちゃった」
おお、流石レヴィ。頼りになるね。心なしかニヤニヤしている様に見えるけど、きっと凄く良い方法なんだろうなぁ。
「それで、どんな方法なのさ?」
「うふふ、あのね……」
―――――――――――――――――――――
帝都ディルティア。帝国の首都であり、毎日大勢の人が出入りする帝国最大の都市。
その出入りの多さから管理が杜撰になっていてギルドライセンスか市民証を提示するだけで、出入りが可能になっている。
「はい、次の方ー」
「ああ、傭兵団。クリアだ」
「同じく、ピンクよ」
「あの、私、桃色です……」
「群青!」
「深緑でーす」
次々にライセンスを提示して中へと入って行く。
次は僕の出番なのだが、並んでいる最中に周りから起きるクスクスとした笑い声と、好奇の視線にゴリゴリと精神力を削られている。
「はい、つ、次の方」
「ああ、傭兵団。無色透明です」
「ブホォッ!」
受付の人が堪らず吹き出している。
気持ちは分からないでもない。なにせ今の僕の出立ちは頭から被った白い布と白いブリーフ。白いブーツが無かったので、ハイソックスを着用している。
この格好、普通なら即座に通報されて逮捕案件なんだが、ああ、傭兵団の一員という事で見逃されている。
僕の身体は鍛えているとは言うものの、標準よりもやや細身。それがこんな格好をしているものだからどうしても貧弱に見えてしまう。
「ふふっ、ハルト。中々似合って……あはははははははははは、お腹痛いお腹痛い!」
これは、変装を終えたボクを見てすぐのレヴィの反応だ。この後レヴィは一時間程動けなくなってしまった。
少し笑い過ぎじゃないの? そう思っていた時期が僕にもありました。
だが、受け付けさんの反応を見るに、笑い過ぎという事は無いみたいだ。くすん。
「む、無色透明さんグフッ、ですね。お通り下さい」
笑いを噛み殺すのに失敗してますよ?
だが、門を無事に通り抜ける事が出来た。すれ違う人が僕の姿を見て、一瞬ビクッとするのをなんとかスルーして中に入った。
「お疲れ様、無色透明。あははは」
「桃色、後で覚えてろよ?」
「ふふふ、怒らないの」
そして、苦行はさらに続いた。ああ、傭兵団の帝都での拠点までこの姿で歩かされた。
「ママー、あれ見て!」
「しっ、関わっちゃダメよ」
そこの子ども。指を指さないでくれよ……
ゲンナリしながら帝都をトボトボと歩き、やっと拠点にたどり着いた頃には、ぼくの精神力の残量はゼロどころかマイナスまで落ち込んでいた。
部屋の中の椅子に座り込んで俯いていたら、レヴィが軽く肩を叩いて来た。
「どうしたのよ?」
「レヴィ、分かってて言ってるでしょ? あんな姿で街中を歩いたんだからさ」
「でも、深緑のスーツは嫌なんでしょ? それならあれ以外に方法は無いじゃないの」
「そうだけどさ……」
今夜はストレスで眠れそうに無いよ……
「少年、過ぎたことをいつまでも悔やんでいても仕方ないだろう。忘れる事だ」
「はい……」
「それにな、俺は何時でもこの格好なんだぞ?」
不思議とクリアさんがこの格好をしていても、なんとも思わないんだよなぁ。
「俺達はこのまま情報収集に向かう。少年達はここでゆっくりしていると良い」
「僕達もお手伝いしますよ」
「いや、止めておいた方が良いだろう。見つかった時の事を考えるとここにいた方が無難だな」
だけど、何もしないで待っているのは僕にとって苦痛以外の何物でも無い。
「ハルト、諦めてここで待っているの。良いわね?」
「はーい……」
「では、行ってくる」
―――――――――――――――――――――
クリアさん達は拠点を出て行ってから数時間経った頃にやっと戻って来た。
「少年……良くない知らせだ」
「何があったんですか?」
「元大神官アルテミシアの処刑は実行に移された」
「なんですって!」
「手遅れだったようだな」
「何の為にここまで来たんだよ!」
クリアさんの話だと今日の正午に処刑が開始されたらしい。
「今回の処刑は見せしめの意味合いが強くてな。大勢の人間を集め、闘技場で妖獣に襲わせている。場所はここから西のハン・ゴウと言う街だ」
「なんて酷いことを……」
「処刑場所ははここからどんなに急いでも数時間は掛かる。到着する頃にはもう……」
待てよ?
「クリアさん。その処刑は今日の正午に開始されたんですよね?」
「そうだが?」
「まだ、間に合うかも知れない……」
「少年、希望的観測で物事を判断するな」
「行ってみないと分からないでしょうが!」
こうしちゃ居られない。直ぐに向かわないと。
「ハルト、待ちなさい!」
レヴィが僕の肩に手を掛けるが、それに構わずに転移を発動する。
場所はここから西。急いで行ってみよう。
「ハルト!」
「レヴィ、今は言い合いなんてしている暇は無い。拠点に戻るか、大人しく着いて来るか決めて」
「まったく……着いて行くに決まってるでしょう? ハルトを一人にしたら何をするか分からないもの」
「じゃあ行くよ!」
西に向かう赤レンガ街道をひたすら走る。
「ハルト、ごめん。私そろそろ無理よ」
ほんの少し全力疾走をしただけでレヴィのギブアップ宣言だ。
「はぁ、はぁ。ハルト早すぎ……」
どうする? ここでしばらく休むか?
いや、その時間すら惜しい。
肩で息をしているレヴィの横で背中を向けてしゃがみ込む。
「レヴィ、乗って」
「ハルト……」
「早く!」
背中にレヴィの体重が掛かる。想像しているよりも軽い。これなら走る事に支障は無い。
レヴィを落とさない様に軽い前傾姿勢で更に街道を走りながら、レヴィに道を指示してもらう。
「どっち?」
「右よ! 何でこんなに早く走れるのよ!」
「鍛え方が違うの!」
だけどこのスピードじゃ間に合わないかも知れない。
あれの出番か……
「レヴィ、少しだけ飛ばすからしっかり捕まってて」
「ええっ! まだ早くなるの?」
「行くよ、加速装置、発動!」
グン! とスピードが上がり、周りの景色が次々に変わって行く。
「嘘……でしょ」
「説明しよう! 加速装置とは、そう叫ぶ事で自信を高揚させて全力で頑張る技なのだ!」
「技ですら無いじゃない! キャァァァァァ!」
レヴィの悲鳴を聞きながらひたすら走る。身体全体が酸素を求めて喘いでいる。乳酸がやべい。もう、今すぐにでも休みたい。
そんな気持ちをなんとか抑えて走り続けること、約一時間。
前方に高い壁が見え始めた。
「レヴィ、あれが?」
「うん、多分アレがハン・ゴウだと思う」
門は開け放たれたままだ。入門の手続きなんてしている暇は無い。並んでいる人達の側を駆け抜けて行き、門を突破する。
街の中に入ってから後ろで大声で叫んでいる兵士達。
「不法侵入だ!」
「追いかけろ! すぐに捕まえるんだ!」
手遅れだよ。アルちゃんは何処だ?
「ハルト、多分あそこよ!」
レヴィが差し示した場所には外壁よりも高い壁が立ちはだかる。
「この街の闘技場よ」
闘技場の入り口には大勢の兵士が立っている。
入れて下さいと頼んだ所で素直に入れてくれるとは思えない。
「レヴィ、お願いがある」
お願いの内容を伝えた後のレヴィの反応は……
「出来ないって! そんな神技、私には絶対ムリだってば!」
そうか……だけど立ち止まる時間も無い。
自分でやるしかない。
背中におぶさっているレヴィを一回転させて、正面に抱え直してから空中に放り投げる。
「何でぇぇぇぇ?」
その隙にバッグから大きめのナイフを取り出して壁に向かって投擲する。
空中に浮いているレヴィを両腕で抱きとめて階段状に刺さったナイフを足掛かりに一気に壁の上へと駆け上がる。
壁の上から闘技場内を見渡すと、中央に倒れている人影。それに今にも襲いかかりそうな三体の妖獣。
先頭の一匹へバッグから取り出した槍を全力で投擲する。
ゴォッと音を立てて、槍は妖獣の胴体を貫通して、地面に縫い付ける。前足で弱々しく地面を掻いて妖獣は絶命した。
その隙に壁から飛び降り観客席へと降りる。
ポカンと僕を見上げて来る観客をすべて無視して、階段状の客席を真っ直ぐに駆け降りる。
途中で踏み潰してしまったのか、悲鳴が上がるが、それも全て無視。
僕の行動に、踏み潰されるのを嫌って観客が左右に分かれて行き、道が開かれる。
中央に倒れている人へ視線を送る。纏っている服はあちこち破れていて、その場所からは血が滲み出ていた。
最前列まで一息に走り、壁を乗り越え飛び降りる。
妖獣は僕を警戒して離れた場所へ移動してウロウロしながらこちらを伺っている。
妖獣に構う事なく倒れた人へ歩く。近くまで寄って、その人がアルちゃんである事を確認する。弱々しい動きだがまだ生きている。
すぐに治癒の魔法を発動して、全身にある怪我を治療する。
レヴィを下ろしてアルちゃんの側に居てもらう。
「すぐに戻る。後を頼む」
「りょ」
レヴィは短い返事だけを返してくれた。付き合いが長くなってきたからか、僕の事を分かってくれている。
僕が、今どれだけ怒っているのかを理解している。
さぁ、こんな暴挙をした奴にお仕置きの時間だ!
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