第107話 疑惑

 街中での思わぬトラブルとマテヨ兄弟のお陰ですっかり時間を取られてしまい、王宮に到着するのが遅れてしまった。


 そして、大勢の男に求婚という名の襲撃を受けたマーシャは……


「男怖い、男怖い、男怖い………」


 虚な目をしてレヴィの側を離れようとしなくなってしまった。時折僕の方へチラリと目線を向け、怯えた様にすぐに目を逸らし、またブツブツと呟きを始める。


「大丈夫よマーシャ。男なんてみんな馬鹿ばっかりなんだから」

「でも……男の人は怖いです」

「すぐに平気になるから。ほらハルトを見てみなさい」


 マーシャが再び僕を見る。


「あんな顔してやる事なす事、全部馬鹿な事ばっかりでさぁ。私がいっつも怒っているのよ? そうしたらしょんぼりして、小さな声でゴメンナサイとか言って来るんだから」

「そうなの?」

「そうよ! この間だってね………」


 レヴィのマーシャに対するフォローが続いているが、その内容はただ単に僕の批判なんだけど?


 確かにレヴィが言っている事はやった覚えはあるけどさ……


「そんな時にね、私はこう言ってやるの。この馬鹿ハルト! 何でそんな事するのよ。少しは考えて行動してよね!」

「きゃははは」


 マーシャに笑顔が戻って来た。それは良い事なんだけどねぇ。


 なんだかもやもやしていると、僕の右手にするりと手を絡ませて来るマーシャ。


「馬鹿ハルト! 手を繋いであげる!」


 ニコニコしながらそんな事を言ってくる。


「ああ、うん、ありがとう」


 マーシャの突発性男性恐怖症はかなり緩和されたみたいだけど、僕のレヴィへの不信感が大きくなって来た。本音はあんな事を考えているのかと思うと、少し落ち込んでしまう。


「婿殿」

「フランさん。何ですか?」

「レベッカはあんな事を言っているがな。私と二人でいる時には婿殿の話ばかりするんだぞ? お陰で私は婿殿と会う時間が少なくても、婿殿がどんな事を体験して来たのか、その場に居たかの様に語れるくらいには婿殿の事を把握している」

「ちょっと! お母さん何言ってるのよ!」

「ふふふ、アレでも婿殿の事が好きでたまらないらしいぞ? 安心するが良い」

「止めてって! 恥ずかしいじゃない……」


 頬を赤く染めてそっぽを向いているレヴィ。


 うん、少し安心出来たよ。もしかして本当は僕の事を嫌いなんじゃないかと思い始めていたからね。


 王宮内を歩きながらそんな話をしている僕達を微笑ましそうに見ている人達。そんなに見られているとは全く思っていなかったので、少し恥ずかしい気がする。


 そして、それに混じって突き刺さる強い憎悪の視線。そちらを見てみると先程出会ったマテヨ兄弟がコソコソ話をしながらこっちを見ている。


 何だか嫌な感じだね。


 玉座の間に入る前に少しだけ待たされてから、フランさんの先導で部屋へと入り、三つの玉座の前で立ち止まる。


 僕以外は全員膝を突き頭を垂れている。僕はと言うと真っ直ぐに三人の王に視線を送る。


 三人の王の反応は、まったくコイツは仕方のない奴だ的な態度で苦笑している。


 だが、どこにでも頭の固い人というのは居るもので、この僕の態度に対して感情を剥き出しで激怒している者も居た。


「貴様、何故王の前で跪かんか!」

「必要ないからですね」

「王を愚弄するか!」


 はぁ、やれやれ。説明しないと理解出来ないのかな?


「僕は誰かに使えている訳ではありません。誰かに命令する気も無いし、されるつもりも無い。人として当然の事として敬語を使って話はしますけどね」


 この返答が気に入らなかったのか、一人の男が僕に向かってツカツカと歩み寄り、おもむろに腰の剣を抜き放ち、僕の首元に剣先を向ける。


「王に対する無礼な態度を許すわけにはいかない。大人しく跪け!」


 やれやれ、無礼なのはどっちなのかねぇ。


「さっきも言ったけど、僕は誰の下にも付かない。跪くいわれは無いよ」

「ふん、ならばその首、叩き切ってやるわ!」

「エゼル、止めよ」


 剣が振り下ろされる前にレックスさんから静止が掛かかった。


「はっ、しかしこの者は……」

「俺は止めよと言ったのだぞ?」

「はっ!」


 渋々いった感じでエゼルと呼ばれた男は引き下がり、自らの待機場所へと戻って行った。


「すまんな、ハルト」

「部下の躾くらいちゃんとしておいて下さい。危うく、この綺麗な部屋を廃墟同然にする所でしたよ?」


 肩をすくめながらのこの僕の発言に先程の男エゼル=ハートは、目を剥きながら僕を睨みつけている。


「ククク、ハルト。お前も挑発するのはよせ。頭の硬い連中が何をするか判らんからな」

「はいはい、肝に銘じておきますよ」


 肩をすくめながら適当に返事をしておく。


「さて、お前に来てもらった理由だがな。我が国で起こった二つの事件の顛末を話しておく為だ」

「はい」

「まずは先にノーモニスの事件だが……こちらは領主マルコムが主犯であるが、心神耗弱が見られている為に領主としての権限の剥奪。その上で治療の為、真理の庭園送りとした」

「真理の庭園? 何ですかそれ?」

「我が国の最高峰の頭脳を集めた研究施設だ。魔術、錬金術等、様々なことを研究している」


 ふむ、体の良い実験材料かな?


「故に、この先騒ぎを起こす事は無いだろう」

「はい」

「そして、次が問題なのだが……」


 バーニー家か……


「報告によると、ヴァンパイアが暗躍していたと言う事だが、本当なのか?」

「ええ、実物を見ましたからね。シャルナの使徒を名乗っていましたよ」


 途端に室内がざわつき始める。


(シャルナの使徒だと?)

(世界を滅ぼす者……)

(千年前の悪夢の再来なのか?)


「少し待って頂こう!」


 そう言って声を上げたのは……


「何だ? チョ=マテヨ侯爵よ?」

「その男の言葉を鵜呑みにするのはいささか危険では無いかと愚行致します」

「ふむ、その理由は?」

「私はその者がこそがシャルナの使徒では無いかと疑っているのです!」


 おっと、そう来たか。


「だが、ハルトはバーニー家の騒動でシャルナの使徒を撃退しているが?」

「それこそが奴らの狙いですな。現にバーニー家は壊滅しておるではありませんか。シャルナの使徒同士の茶番劇ですよ」


 暴論にも程があるねぇ。


「ふむ、貴殿の言いたいことは分かった。それならば何がしかの証拠となる物があるのか?」

「無論です」


 な、何だってー!? ってあるはずが無いよね? 


 それは僕自身が分かっている。まぁ、シャルナの手記を説明して貰って、一部共感する部分は存在したけれども、さっきも言った様に僕は誰かの下に付くつもりは全く無い。


「シャルナの使徒にはとある特徴がございます。それはスキルですな」

「ほう、スキルを持っている者が使徒と言うなら世界中ほぼ全ての人間が使徒になるが?」

「ただのスキルではありません。シャルナの使徒の特徴とは邪神のカケラと呼ばれるスキルの事です」


 あれ? これ、少し不味く無いか?


 邪神のカケラ。


 普通のスキルとは違い、その能力はとても強い。そしてそれは鑑定スキルを用いると、固有スキルとして表示され、読めない言語で表される。


 そして僕はそのカケラスキルを所持している。何度も使用する事で文字は読める様に変化していて、今ではすべて読める様にはなってはいるが、固有スキルなのは間違いない。


「その者に鑑定を行えば直ぐに判る事です」

「それもそうか。直ぐに手配をしろ」

「はっ!」


 さて、どうしたものかな……


 レックスさんに指示で玉座の間に急遽呼ばれた鑑定士が僕に鑑定を行う。


 そして結果は……


「ご報告致します。この者はラーニングと言う固有スキルを所持しております!」


 うん、知ってる。


「しかし、これが邪神のカケラだとは断定できません」

「ふむ、それでは本人に聞くとしようか。どうなんだハルト?」

「僕はシャルナの使徒ではありませんね。だけどそれを証明する方法は僕にはありません。悪魔の証明と言うやつです。僕をシャルナの使徒だと言うならそれを証明するのは告発した方ではありませんか?」

「確かにそうだな。どうだマテヨ侯爵?」

「固有スキルがその証拠……」

「固有スキルとは大勢の者が持っておるな。俺もその一人だが?」

「ぐっ……」

「まぁ、侯爵の考えも分からんでは無い。この件については専門家の見解を聞きながら俺自ら調査する。それでどうだ?」

「はい……」


 若干悔しそうではあるがマテヨ侯爵は大人しく引き下がる。


「では問題のバーニー家の事だが、どうした物かな?」

「提案が御座います」


 ここでフランさんが発言する。


「何だフラン?」

「ここにいるマーシャ嬢をバーニー家の当主としては如何でしょうか?」

「ほう……」

「マーシャ嬢はご覧の通り、バーニー家の当主としての特徴の耳を所持してしており、又、元当主の遠縁でもあり、当主の資格は充分に満たしているかと……」

「うむ……」

「更に現在のマーシャ嬢に対する求婚数を考えると、当主として簡単に断る事も出来、この混乱も収まるかと思いますが」

「それしか無いか……」

「お待ち下さい、陛下」

「何かな?」

「私はまだ若年で御座います。一当主として責任を果たせるとは到底思えません」


 レックスは少し考えてから更に言葉を続ける。


「若年だと言うなら補佐を付ければ良かろう。ダミアン=ロブソン」

「はい」

「お前にバーニー家当主の補佐を任せる」

「なっ……お断り致します」

「俺の頼みを断るのか?」

「私は常に陛下のお側に……」

「お前以外に任せる者が居らん。勅命だ」

「はっ……」


 その返事に満足気な表情のレックスと対照的に苦々しい顔のダミアンがその場に立ち尽くしていた。


「それと、ノーモニスについては直轄地とする。後に代官を派遣して、その者の裁量でノーモニスを運営してもらおう。無論、直轄地であるからは俺に報告はしてもらうがな。何か意見がある者は?」


 一人の男が手を挙げる。それはレックスさんの右隣の玉座に座る、剣王フレイザー だ。


「ノーモニスもバーニー家もそれで良い。だがその前の当主グレイス=バーニーについてはどうする。あいつを放ったらかしにして話を進めると後が面倒だぞ?」


 フレイザーの意見にもう一人の王オズウェルが同意する。


「確かにな。アイツの怒りをまともに受け止めるのは御免だな」

「ふむ……」

「少しお待ち頂きたい」


 三人の悩める王に対し発言したのはグレイスさんのパーティーメンバーのグレンさんだ。


「我がパーティーのリーダーであるグレイスから手紙を預かって来ております。どうぞお確かめを……」


 グレンさんの手からその手紙を受け取った侍従がレックスに手渡す。


 さらさらと手紙を読み、ニヤリと笑うレックス。


「特に問題は無いみたいだぞ? グレイスはバーニー家の騒動の責任を取るつもりだ。バーニー家の処遇に対しては俺達のやり方に任せるとさ」

「どれどれ? これは……アイツらしいな」

「ふっはっはっは。レックスよ、隠さずに言ったらどうだ? 当主は面倒臭いので辞退してこれからは一人のハンターとして生きていくと書いてあるとな」

「丸く収めようとしてるのに、バラすんじゃねぇよ」


 グレイスさん。あんなに破天荒な人なのに、案外しっかりしているんだな。


「良し、では今言った通りにバーニー家はマーシャ嬢に継いで貰う。ダミアン、後は任せたぞ」

「はい……」

「さて、後は何も無いな。本日はここまでとする!」


 室内に居る全員が頭を垂れ、三人の王が玉座の裏へ退室をする。


 これで、後始末は終わりだ。


「ハルト、お前に話がある。後で俺の部屋へ来いよ?」

「ええっ! 僕だけですか?」

「そうだ。分かったな?」

「はい……」


 ちくせう。やっとのんびり出来ると思っていたのに。何の話だろう?

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