第90話 菊の男

 水竜の鱗を合計八十一枚を手に入れ、ホクホク顔だったのだが、そこへエドさんが苦言を呈してきた。


「ハルト、いくら何でもやり過ぎなんじゃないか?」

「竜を倒したのなら剥ぎ取りは義務です」キリッ

「お、おう。そうか……」


 まったく……エドさんはあまりにも物を知らなさ過ぎる。本来なら火を起こしてウルトラ上手に焼く所なんだよ?


 それを鱗の剥ぎ取りだけで許してあげているんだから、僕なんて優しい方だよ。


「さぁ、フィンレイ。流水花を採取するよ!」

「あ、えと、はい……」


 まるで何かに気を取られてすっかり目的を忘れていたかの様に呆けていたフィンレイは、僕の言葉を聞いて慌てて採取へと向かった。


「これで、良しと……」

「ん? ひと株だけなの?」

「はい、これ以上は必要ありません」

「ふーん、それなら残りは僕が貰っておくね」


 まだまだ一杯生えているのに、フィンレイは奥ゆかしいね。


 流水花は高値で取り引きされているんだから、あるだけ取っておくのは当たり前なのに。


 最下層の部屋の中に自生している流水花を片っ端からバッグの中は放り込む。全て回収し終え、その数を数えてみると、全部で107株もあった。


「大量、大量。これでしばらくは安泰だね」

「あははは……」


 フィンレイの口から乾いた笑いが漏れている。どうしたんだろうね?


「さてと、後はコイツだな」

「待てハルト。まさか焼くのか? ドラゴンステーキなのか?」

「違いますよ。コイツはウクシス大森林で会った天竜と同じく、大迷宮への鍵を持っているはずなんです」

「鍵だと?」

「はい、迷宮攻略に必要になる、竜の加護ですね」


 天竜も鱗を剥ぎ取ったら加護をくれた。今なら水竜も素直に渡すだろう。


「おい、起きろよ。気がついているんだろ?」

「……………………」


 ふむ、狸寝入りでやり過ごすつもりか。良い度胸だな!


「エドさん、これにそこの海水を汲んでください」 


 エドさんに手渡したのは、何の変哲もないちょっと大きめのバケツだ。


「別に構わんが、何をするんだよ?」

「中々起きない寝坊助な竜にぶっかけて起こすんですよ、決まっているでしょう?」

「待て! 今、そんな物を掛けられたら死んでしまうわ!」

「やっぱり起きていたな」

「うう……」


 鱗を剥ぎ取られ全身から薄く血を流している水竜はその大きな体をできる限り小さくして震えていた。


「どうした? そんなに震えて」

「お主のせいじゃ! 鱗が無いから寒いんじゃよ!」

「ふーん、そうなのか。まぁどうでも良いや。水竜、僕にお前の加護をくれよ」

「お断りじゃ。何故お主などに加護をやらねばならんのじゃ」

「へぇ、天竜は素直に加護をくれたのになぁ。そっかそっかー、仕方ないなぁ」

「な、何をするつもりじゃ?」


 先程バケツに汲んでおいた海水に手を浸し、二、三滴水竜に向けて飛ばす。


「なっ、卑怯な!」

「んー? だって加護をくれないんだろ? だったらお前は僕の敵だ。全身の感覚が無くなるまで海水をかけてやるからそこを動くなよ?」

「嫌じゃぁぁぁぁぁぁ!」

「あ、待て。そっちは……」


 叫び声を上げ背後にある滝の中へと逃げ込もうとしている水竜。


 あの水、多分海水だよな?


 それともあの中なら平気なのか?


 大きな水飛沫を上げて滝の中へ飛び込んだ瞬間に水竜は声も上げず静かに横たわった。


 側へ近寄ってみると、時折り身体をビクンビクンさせて気を失っていた。


「やれやれ、仕方ない奴だな」


 気を失っている水竜の足ヒレを掴み、ズルズルと引き摺って海水から出してやる。


 お陰で全身ビチョビチョだよ……


 しばらくして気がついた水竜は頭を下げて、尻尾を丸めて蹲っている。


「痛い……」

「そりゃあ、その体で海に飛び込んだんだから当たり前だろ?」

「痛い……」

「分かったよ。今、回復魔法を掛けてやるから大人しくしてろ」


 治癒!


 残存魔力が許す限りの治癒魔法を掛けてやると少しだけ良くなったのか、水竜は身体を起こして僕を真っ直ぐに見つめている。


「何故、我を治療する?」

「特に意味は無いさ。強いて言うなら痛そうだったから、かな?」

「ふむ、純粋な悪では無さそうだな……良いだろう。お主に我の加護を授けよう」


 水竜の胸の辺りから水色の光が緩やかに僕の方へと向かって飛んで来た。


「お主に水竜の加護を授ける。あと頼むからもうここへは来ないで欲しいのじゃ……」

「約束はできない!」

「ならば、お主達がこの迷宮を出た後に入り口を閉ざすのみじゃな」


 ん?


「入り口をを閉ざすって、そんな事が出来るのか?」

「この迷宮は我が住処として作ったのだから当然であろう」


 コイツが作った?


「お前の意思で迷宮を思い通りに出来るのか?」

「迷宮とは我等が自らの身を休める為に作る物、居心地がよい様にするのは当然じゃ」

「それなら、二十階の閉ざされた扉を開放する事も出来るのか?」

「うん? ああ、あそこか。勿論出来るぞ」

「あの扉を開放して欲しい。あそこには大勢の人が囚われている。助け出したいんだ」

「あそこはのう……むむむ」


 何だ? 出来ないとか言うなよ?


「あの部屋にいる輩は我に取っては住処を荒らす侵入者。捕まえて魔力を吸い出し、迷宮生成の糧にしておるのだが……」

「開放してくれたら用事が無い限りここへは来ないと約束する」

「ふむ、それならば開放しても良いな。お主には二度と会いたくはないからの」


 随分な言われようだが、甘んじて受けよう。あそこの人々の開放が優先だ。


「ある程度時間が経ってから扉を開けてくれ。そうだな、一時間くらいかな?」

「む? 今では駄目なのか?」

「あそこには戦えない人も多い。地上まで護衛が必要だから僕達が到着するまで待って欲しい」

「そう言う事か……ならば念話を使えば良いではないか」

「念話? なにそれ?」

「竜の加護とは繋がりじゃ。遠く離れていても我と会話出来る(こんな風にな)」


 コイツ脳内に直接話しかけて来やがった。


(こんな感じか?)

(ふむ、上手く機能しておるようだの。連絡をくれれば何時でも解放してやろう)


 よし! これで何とかなりそうだな。


 急いで二十階へと戻り、扉の前に着いたのは約二時間後だった。


(水竜着いたぞ。扉を開けてくれ)

(ZZZ……)

(おぃぃい! 寝てんなよ、この寝坊助竜!)

(んん? もう朝か?)

(違うわっ! 扉を開けてくれって言ってるの!)

(やれやれ、ほれ開けたぞ。ふわぁぁぁ、お休みなのじゃ)


 どれだけ寝るんだよ、あの水竜は……


 だが、しっかりと頼みは聞いてくれた様で、扉が音を立てて開き始める。


「みんな、行くよ!」


 六人全員で再び名も無き街へと向かう。入り口の扉は開いたままで閉じ込められる事は無かった。


 入り口付近には開いたままの扉を不思議そうな顔で見ている人達が居る。


「何で、開いたままなの……?」

「もしかして、ここを出れるの?」


 ふらふらと扉へと近づいて行く。


「ハルトさん、魔物が来ます!」


 しまった! いや、扉は開いているけど。


 扉は中の人を閉じ込めていた。それを解放したのだが、それは魔物にとっても同じ。遮られる物が無ければ獲物を求めて襲ってくる。


「キャァァァ! 魔物よ。誰か男の人を呼んでくれる人を呼んでー」


 まわりくどいんだよ! 


 なんで間に二人も挟むんだか……間に合うか?


 転移! 


 女性と魔物の間に転移し、仕留める。


「ふぅ、ギリギリだったな。大丈夫ですか?」

「あ、え? あの……はい…」

「ハルト、もう一匹いるぞ!」


 ええっ! ちょっと遠いぞ? 転移を……


 と、思っていたが魔物に向かい二つの火球が飛んでいく。


「ナイスです、エドさん。これなら間に合うぞ」


 火球を防ぐ為に体制を変えている魔物に近づき、一撃で沈める。


「あ、ありがとうごさいます」

「怪我は無いですか?」

「大丈夫です!」


 入り口を一旦閉じておかないといけないな。


 だが、振り向いて一歩歩き出した頃にはレスリーとフィンレイ、アリーセさんロザリンドさんで、すでに扉を閉め終わっていた。


 他に魔物が入り込んだ様子は無い。一安心した時に、やっと悲鳴を聞いて人が駆けつけて来た。


「大丈夫かっ!」

「怪我人はいるか?」

「魔物はどこに行った?」


 駆けつけて来た人達は皆、派手な服装をしている。アロハシャツとかスカジャン的なやつとか、あんなのどこで売ってるのかね?


 女性の無事を確認すると、その人達が両手をポケットへ突っ込み、眉間にシワを寄せ、下から舐める様に僕を見ながら近づいて来る。


「おい、テメェが何かしたのかよ?」

「いえ、何も……」

「あぁん?」

「だから……」

「おう、こらタコ、口答えさんのか?」

「だからですね……」

「ああん? やっちまうぞこらタコ!」


 何? この人? 話を聞く全く聞かないんだけど?


「おらぁ!」


 しかもいきなり殴り掛かって来るとか、何なんだよ?


 あまりにも唐突に殴り掛かって来たので咄嗟に右腕を上げたのだけど、運の悪い事にその腕が相手の顎にクリーンヒットしてしまった。


「あっ……」

「な、なんだと……」


 その人は一言呟いて地面に崩れ落ちてしまった。


「あちゃー、すいません。わざとじゃ無いんです!」

「あ、兄貴ー!」

「テメェ、よくも兄貴を!」


 残った人達が険しい顔で僕の周りに集まって来てしまった。


 まぁ、偶然とはいえ、お兄さんを殴ってしまった僕にも非があるのだけど、弟さん達まで僕に殴り掛かって来るなんて想像もしなかったよ。


 結果、五人兄弟を床に沈めてしまった。


「大丈夫ですかっ!」

「兄貴ー!」


 ええ……この人達、一体何人兄弟なんだろう。いくらなんでも多すぎだよね?


 いつのまにか、ぼくの周りには三十人程の厳つい男たちが集まってしまった。


「やいやいやい! お前が兄貴達をやったのか?」

「あの、不可抗力ですよ?」

「喧しいわ! やっちまうぞタコこら」

「僕はタコではありませんよ?」

「黙れ、タコこら」


 うーむ、このままだと無限ループに陥りそうだな。


 どうするか悩んでいると、人垣が二つに割れてその間から、黒を基調にして縁取りに赤をあしらった着流しを着て、細めのサングラスを掛けた黒髪の壮年の男が数名を引き連れて僕達へと近づいて来る。


「何の騒ぎだ?」

「親父ぃ」

「アイツが兄貴を達を……」

「今、やっちまう所です!」


 へぇ、あの人がお父さんか……


 頑張ったんだね。三十人の子持ちには見えないくらい若いけど……


「小僧、お前がアイツらをやったのか?」

「不幸な事故です」

「事故……ねぇ」

「はい、いきなり襲い掛かってきたのでつい、手が当たってしまいました」

「名前を聞こうか……」

「ハルトです」

「ふむ、聞いた事は無いな」


 側に居た男が何やら耳打ちをしている。


「成る程な。俺はこの辺りを仕切っている、菊五郎って言う者だ。詳しく聞かせて貰うぞ?」


「菊五郎って……まさか日本人?」

「ほぉ……それが分かるか。それなら尚更詳しく聞かなくてはならん様だな。連れて来い!」


 こうして、僕達は菊五郎さんに拘束されてしまった。


 ちゃんと話を聞いてくれればいいけど……

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