第77話 罠
天空土下座返し……ってあんな動き出来るかぁぁぁぁ!
やっぱり師匠は凄い人だった。常人には不可能な動きをいとも簡単にやっていた。
そして、その師匠と結婚したアイリさんも僕にとっては怖くて厳しくて優しい人。尊敬に値する人だ。
「春人君、あの人に何かあったのね?」
「はい……」
「話して、全部……ね」
アイリさんの言葉に従い、師匠と偶然遭遇して、シドルファスと師匠の戦闘までの出来事を淡々と時系列に沿って淡々と話していった。
そして、最後に師匠の死を伝えた。
「嘘……父様が?」
ストンと腰を抜かしてしまった風香を支える。
「離して! アンタが側にいたんでしょ! それなのに何をしていたのよ!」
パン!
乾いた音が響く。風香には殴られた事も蹴られた事もその他、色々やられた事があったけど、今日の平手打ちが一番応えた。
打たれた左の頬がジンジンと痛む。
師匠が死んだのは僕が至らないせいだ。僕がもう少しでも強かったら、師匠と共に戦えるだけの強さを持っていたら、結果は違っていた筈だ。
僕にはどうする事も出来ず、ただひたすらに謝るだけしか出来なかった。
「謝って済むことじゃないわ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「だから……」
パン!
再び乾いた音が聞こえる。
アイリさんが風香の頬を打ったのだ。
「風香ちゃん。少し落ち着きなさい。悪いのは春人君じゃないの。それは貴女も分かっているでしょう?」
「だって、父様が……」
「そうね。あの人はもう帰って来ないの。だからね、春人君を責めても何も変わらないの」
「母様……」
風香はアイリさんに抱きつき、声を上げ泣き始めてしまった。
ひとしきり泣いた後、僕に一言ゴメンと謝り部屋へと走っていった。
「春人君、ごめんね。あの子はまだまだ子供なのよ。甘えているの。許してあげてね?」
「あの……アイリさんは……怒ってないんですか?」
「うーん? 怒るのは違うでしょう? 私はあの人が長く無いことは知っていたの。だから、ああ、とうとうこの日が来たかって感じね」
アイリさんはいつもと何も変わらない。悲しみに暮れる事もなく、泣く訳でも騒ぐ訳でもない。
「それに、何度も言っているけど春人君に責任はないのよ?」
「でも! 僕がもっと強くなっていれば……」
「たらればの話は嫌い。春人君は自分に出来ることを精一杯やったんでしょ?」
「はい……」
「貴方は朝霧巌の何を見ていたの? あの人が後悔している所を見たことがある? 泣いている所は?」
「ありません!」
「貴方があの人の後継者なんでしょ? だったら胸を張っていなさい!」
「押忍!!!」
師匠のレベルまで僕が強くなれるとは思えない。だけど僕は僕で自分の強さを追求していけば良い。
誰でも誰かの代わりなんて出来ないから。
「春人君、私はしばらくの間は喪に服すわ。風香ちゃんと萃香ちゃんの事、宜しく頼むわね?」
「御意!」
膝に着いて深々と頭を下げる。
「クスクス、貴方はそれで良いのよ。みんなをいつでも楽しくしてくれるから。そういうところが好きよ」
アイリさんはそう言い残し、僕の肩をポンポンと軽く叩いて、師匠の遺体を引き取ってからレヴィの家を後にして行った。
「ハルト……」
「レヴィ、僕は大丈夫。だけど流石に疲れたよ。今日は悪いけど休ませてもらうね」
「うん、ゆっくり休んで」
頭の中を整理してから次に何をするのか考えよう。今はただ布団が恋しい。
最近はずっと働き尽くめだったから、少しの間はバカンスに行っても罰は当たらないよな?
部屋に入ってベッドに倒れ込むと知らない間に意識が途絶えていた。
泥のように眠り、翌朝は頭がスッキリしていた。まだ師匠の事を引きずってはいるが、それを自分の心の中に仕舞い込める程には回復している。
「おはよ!」
「シャル、おはよう。早いね」
「うん、ねぇねぇハルト」
「何かな?」
「今日はね、ギルドまで行かないといけないのよ」
「へぇ? なんか用事でもあるの?」
「今回の帝都防衛の報奨金が支払われるのよ。私達、聖樹の絆は大活躍したんだからね。きっといっぱい貰えるよ!」
報奨金か。お金はあって困る事は無いからな。
「じゃあ、一緒に行こうか?」
「うん! ハルトとお出かけー」
シャルはいつでも楽しそうだ。側にいる僕まで明るくしてくれる。僕の側にいる子はみんな最高の人ばかりだよ。
「ハルト、私も行く!」
「春人、昨日はごめん。それと私も行くから」
レヴィも風香もついてくるようだ。全員で行動するのは随分と久しぶりな気がするな。
「じゃあみんなで散歩だね!」
ギルドまでの道のりは何度も通った道で、今では目を瞑っていてもたどり着ける自信がある。
朝食を出している店が何件も出店している。簡単なスープから、どっしりとした焼肉までありとあらゆるメニューが選び放題だ。
いくつかを適当に見繕って購入して、歩きながら朝食を済ませる。
ギルドの建物に到着すると、いつもよりも大勢の人が出入りを繰り返している。
「うわぁー、こんな朝から何でこんなに混んでいるんだ?」
「昨日の今日なんだから当然よ」
「えー、時間掛かりそう」
「シャル、諦めなさい」
「さっさと終わらせて遊びに連れて行って貰おうとしてたのにー!」
ギルド内部は外よりも更に混み合っていて、受付は長蛇の列が出来ていた。
「ハルト、宜しく」
「リーダー、頼むわね」
「早くしてよね」
久しぶりの
長い列の最後尾へと並び、長い時間を待たされ、やっと受付まで到着した。
「あら、ハルトきゅ……う、うん。お疲れ様」
「ファニーさん、こんにちは」
もう、諦めたから。突っ込むのも放置だよ!
「今日はどうしたの?」
「分かっているでしょ?」
「そうよね……忙しすぎて倒れそうよ。昨日の夜からまだ一回も家に帰れていないのよね」
「ふふ、それはお疲れ様です。それで、手続きなんですけど……」
「はいはい、えー、聖樹の絆はと、あれ? 嘘?」
何だよ、またトラブルですか?
「ハルト君。君たちは幻想宮へ招待されているわ」
「だが断る!」
「やめて! お願いよ、断らないで!」
「面倒です。嫌です。お断りです!」
「今回はね、断れないのよ。幻想宮に行かないと報奨金は出ないわよ?」
「何デェー!?」
「私達には事情説明がされていないの。だけど間違いなく幻想宮に行くようにとお達しが出てるの」
何なんだよ!
あー、放っておいて長い旅にでも出ようかなぁ?
「ちなみに、今は国外へは行けないわ」
「理由は?」
「貴方達に出国禁止措置が取られているのよね」
「横暴ですね」
「だから……」
「勝手に出ていけば良いと……」
「絶対に駄目よ! そんな事をしたら他の国も受け入れしてくれないから!」
ちくせう。なんて真似をしてくれるんだ。
「分かりましたよ。直接文句を言いに行きます」
「文句じゃなくて! とても栄誉な事よ?」
「鬱陶しいだけですよ! それでどうすれば良いんです?」
机の下でファニーさんが何やらゴソゴソと書類を漁っている。
「あったあった、これを持って一の郭の門兵に問い合わせして欲しいって」
「はぁ、行きたくねぇ」
「ダーメ。宜しくね」
笑顔のファニーさんとは対照的な僕の顔を見て、三人共、不思議そうだ。
「どうしたのよ? その顔」
「はいコレ。たいへん有難いご招待ですよ。ぺっ」
「ふふふ、やさぐれてるわね。なになに? 幻想宮へ出頭する事?」
「何なの? まるで私達が犯罪者みたいじゃない!」
「ハルト、何かしたの? 下着泥棒とか?」
「してないよ……僕を何だと思ってるのさ?」
「「「エッチな男!」」」
ああ、うん、否定は出来ないけどさ……何も三人でハモらなくても良くないか?
「ふふ、さぁ行こう?」
「うんうん、お金いっぱいもぎ取って来よう!」
「私達をわざわざ呼び出したんだから金貨十枚や二十枚じゃあ許さないから!」
おお、頼もしい事ですな。まぁ、精々吹っかけてやりますかねぇ。
幻想宮は僕達が住む三の郭から門を二つ潜った先にある。
勿論、門は兵隊が厳重に警護しており、通行証を持っていなければ通る事すらできない。
ファニーさんから貰った書類の束には通行証も添えられていて、僕たちは難なく一の郭の門までたどり着く事が出来た。
「止まれ! 何者だ!」
相変わらず物々しいねぇ。まぁ、僕達は間違いなく貴族には見えないだろうし、この態度も当然なんだろうけど、不愉快である事に違いは無い。
「これを見てください」
書類を門兵に見せるとジロジロと視線を彷徨わせてから鼻を鳴らしてから通してくれた。
「ふん、お前達がねぇ。案内するから着いて来い!」
態度の悪い奴だな。一応僕達はお客様だと思うんだけど。
無駄に広い通路を門兵の後をついて歩く。目的地はどこなのかな?
「へぇ、お城なんて初めて来たけど案外普通ね」
「そお? ボクはこんな風なピカピカした場所は苦手だなぁ」
「黙れ! 勝手に喋るな!」
「ちょっと! それは無いでしょう?」
「黙れと言っているんだ! まったく、何故この俺がこんな奴らを案内せねばいかんのだ……」
ブツブツ文句ばかり言っている門兵はただの案内係と割り切ってしまおう。
長々と歩かされて、イライラ度がマックスへと近づく頃、やっと到着したのは幻想宮の奥の奥、皇帝の執務室だった。
「ここだ。くれぐれも失礼の無いように!」
僕達をこんな場所に呼び出す方が失礼だっての!
「失礼します。連れて来ました」
「入れ!」
なぁんか、不穏な感じですねぇ?
室内にはジニア帝国皇帝と顔すら知らない貴族らしき人物が数名と大勢の近衛兵が待ち受けていた。
「良く来たな」
「何ですか? やけに物々しいですけど?」
「貴様! 陛下の御前だぞ、膝を突かんか!」
ふう、やっぱり来なければ良かったな。
「あのですね。僕達はジニア帝国に住んでいるけど、皇帝のに忠誠を誓った訳でもないし、この国に所属している訳でも無い。だから、膝を突く謂れはないよ」
「無礼者が!」
「それはあんた達の方だよ。人をこんな所まで呼び出しておいて、最初に言う事がそれ? 馬鹿にしてるのかな?」
「な、何という事を……」
「良い、少し黙っていよ!」
「はっ!」
何故ここまで偉そうな態度なのかねぇ?
「貴様がハルトか?」
うん? 一度会っているのに……
「答えんか!」
「ハイハイ、そうですよー」
僕の返答に周りの貴族がの顔が歪む。わざとこんな態度を取ってみたんだけど、普通の貴族なら爆発している所なのに、誰も何もしない。
精々文句を言うくらいだ。ますます怪しいねぇ。
「これだから平民は……」
大きなお世話なんだよ!
「此度の帝都防衛で手柄を立てたと聞いている。それ故にその方に栄誉ある勲章を授ける」
要らねぇぇぇ!
その為だけに呼ばれたの? ただの時間の無駄じゃないか!
それにしても、皇帝ボンザってこんな顔してたか?
なんだか分からないけど、物凄い嫌悪感を感じる顔なんだけど。
「さぁ、前へ出ろ」
「へいへい」
周りの貴族達の視線が鋭さを増した。僕の態度が気に入らないんだろうな。
皇帝の前に立ち、嫌ではあるが首を下げる。報奨金の為だから仕方ない。
皇帝が勲章を受け取り僕の首に掛けようとした時、突然レヴィが叫ぶ!
「ハルト! 駄目! 逃げて!」
「レヴィ? どうしたの?」
レヴィの警戒の声に周りを見渡す。
皇帝が持っていた勲章がボヤけて見える。それは見る見るうちに首輪へと姿を変えていった。
「フハハハハ、もう遅いわ!」
ガチャリと嫌な音を立て、二つ折りに別れていた首輪が僕の首に嵌められる。
「何だよこれは! 何をした!」
「黙れ」
「………………」
何だ? 声が出せない!?
「春人?」
「どうしたの?」
「アンタ達! 何を考えているの? それ隷属の首輪じゃないの!」
隷属の首輪?
「その通りだ。これでこの男は今から我が国の奴隷として働く事になる。その生命が尽きるまでこき使ってやる。覚悟しておく事だ!」
ふざけた真似をしてくれる。僕が奴隷だって?
「そこの女三人は我が後宮へ入れる。皇帝の子を孕む権利をくれてやるぞ! 光栄に思え!」
「ふざけんじゃ無いわよ! 誰がそんな事……」
「ふふ、逆らうと……」
皇帝が僕に右手を向ける。
「アガガガガガガガ!」
途端に頭が割れそうなほどの痛みが襲って来た。痛みの為にまともに立って居られない。
「ガァァァァァァァァァァァ!!」
身体が勝手に動く。
今、どうなっているんだ? 痛すぎて転げ回り、反り返っては戻り壁に身体がぶつかってしまう。頭が割れそうだ。
「分かっただろう? お前たちが逆らえば逆らう程この男が苦しむ事になる」
「卑怯者!」
「何とでも言うが良い! さあ、どうするんだ? まだまだ痛みを与えるか?」
「止めてー!」
「言葉使いから教えねばならんのか? ふん!」
皇帝が更に右手を僕に向けた。
「イギャァァァァ! やべで…ぐれ……」
「わかっ……分かりました。どうかお止めください」
「ふふふ、そうだ! 口の利き方には気をつけるんだな!」
痛みがようやく消えていったが、あまりにも長く続いた為なのか、いつの間にか意識が途絶えてしまった。
こうして、僕は皇帝の奴隷となってしまった。
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