第74話 ザッピ平原の邂逅

「さて、話して貰うぞ?」

「話すことは何もない」


 拘束されたジークハルトは帝国の密偵であった。だが、バドラックが尋問をしているが何一つ喋ろうとしない。


「あのな、お前の事を拷問してもいいんだぜ?」

「やるならやれば良いだろう!」

「チッ、駄目か。時間も無い事だしコイツはここに置いて行く。それで良いな?」


 まだ何も喋っていないのに置いて行く? バドラックはどうやら甘い奴みたいね。


 仕方ない、やりたくはないが自分を守る為だ。


 拘束されているジークハルトの目の前に立つ。


「フウカ、今すぐにこの縄を切るんだ! 今ならまだ間に合う」


 魅了チャームの影響がまだ残っているのか、その言葉に従いそうになるが、それを堪えてジークハルトの背後へと歩き出す。


 こんな奴に少しでも心を動かされた事に対する怒りが湧いて来る。


「そうだ。さあ、切るんだ」


 腰の刀を抜き、逆手に持ち替える。


「おい! 待て!」


 バドラックが止めようとするが、それに構わず後ろ手に縛られた両手を刀で突き刺す。


「ぐぁっ! 何をする!」

「何をする? いいからさっさと喋りなさいよ!」

「痛い痛い痛い! 止めろ!」

「私は痛くないから平気よ」


 突き刺したままの刀を二、三度抉る。


「お、俺は何も喋らないぞ」

「そう、好きにしたら? 萃香、塩」

「はい、ここに」


 刀を抜き、萃香から受け取った塩を傷口に振りかける。


「がぁぁぁぁ」

「煩いのよね」


 痛みで暴れ出したジークハルトの脇腹をつま先で蹴り上げる。


「ぐふっ」

「まだ話したくならない? 手だけじゃ駄目みたい。萃香、どうしたら良いかな?」

「んー、足の骨でも折ります?」

「その程度じゃ無理でしょ。少しは血を流さないと」

「死なない程度に痛めつけるのも難しいですからね」

「春人がここにいたら良かったのにね」

「そうですね。あの人なら腕を引きちぎってから回復魔法で止血だけは出来ますもんねぇ」

「ナイフを刺したまま回復したらさ、血が全く出ないまま痛みだけ与える事が出来るから便利なんだよって、教えてくれたのよね。やってみようかしら?」


 ジークハルトの血の気が引いて行く。


「お、おい……」

「バドラック、回復魔法を使える人を連れてきて」


 振り向きざまにバドラックに要求すると、ジークハルトの顔色が変化し出した。


「待て、話す。話すから止めてくれ!」

「あら? そうなの? つまらないわね」

「クスクス、もう少し根性があると思いましたけど、大した事ありませんでしたねぇ。姉様?」

「ねぇ、アイツ嘘を言うかも知れないし、もう少し痛めつけておかない?」

「はい、賛成です」

「全部話す! 嘘も言わない。頼むからそいつらを近づけないでくれ!」


 これは春人に教わった事。身体の痛みに強い奴でも精神的には弱い。労力は最小限に効果は最大限に、言葉攻めでやるのが一番良いらしい。


 私に怯えるジークハルトの尋問はバドラックに任せて、少し離れた場所で見守る事にした。


「それでお前の役割は?」

「アンタの想像通りさ。これを見てくれ」


 もう逃げる気は無いと判断したバドラックはジークハルトの拘束を解いていた。


 ジークハルトが見せてきたのは自らの腹に埋め込まれた異物。


「これは帝国が研究している新しい兵器だ。これは埋め込まれた者の意思でいつでも爆発を起こせる」


 ジークハルトの腹に紫色の球体が剥き出しで埋め込まれ、その影響なのか腹の肉が引き攣れている。


「もっとも、俺の意思だけじゃ無く外部からも起動出来る様になっているがな……」

「お前は一体何なんだ?」

「分かるだろう? 帝国の奴隷だよ」


 悲しそうな顔をしたジークハルトは自らの背中をさらけ出した。そこにはなんだかよく分からない模様が描かれている。


「隷属紋……」

「そうさ! 俺は命令には逆らえない。従うしかないんだ。俺だってこんな事をしたくない! 死にたくねぇよ……」


 悔し紛れに大地を殴っているジークハルトを全員が憐れみの目を向けて見つめる。


「フウカ! こっちへ」

「何よ?」

「俺にはもうどうしたら良いのか分からん。お前の意見を聞きたい」

「何で私なのよ?」

「こいつの正体を暴いたのはお前だ。最後まで責任を取ってくれ」


 責任ねぇ。私そんな物を求めないで欲しい。だけど全員が私に期待を込めて視線を向けて来る。


 少しの間考えてみたが、良い方法なんてそんな簡単に思いつく物じゃない。私にした事も命令の一部なのだろう。そう思うとジークに対する怒りが薄らいでいった。


「ジーク」

「…………何だ?」

「アンタが生き残る方法は無いわ。だから諦めて」

「おい、それは酷いんじゃないか?」


 バドラックが私を非難する。


「黙ってて。私に決めさせているのは誰よ?」

「それは……」

「責任を押し付けたんだからアンタ達に発言する権利は無いの」


 そうそう。そうやって下を向いて黙っていれば良いのよ。


「ジーク。貴方の望みは何?」

「望み?」

「最後の願いよ。どんな事でも聞いてあげる」


 ジークハルトの目にさっきまで無かった光が灯る。


「何でも?」

「そうよ。命を助けてあげる事はできない。だから言ってみて。ちなみに私が欲しいとか言ったらその瞬間に蹴り飛ばすからね?」


 苦笑しながら、しばらくの間沈黙を続けたジークハルトだが、絞り出したように喋り出す。


「仲間を……助けてくれ」

「分かった。続けて」

「簡単に言うんだな。だけど本当に?」

「私は約束を破らない。貴方の仲間は私がなんとかする。私にできないことならウチのリーダーにやらせるから平気よ。良いから最後まで話しなさい」


 ジークハルトの命を賭けた願いだ。聞いてあげても良いか。


「俺の仲間が帝国に囚われているんだ。俺と同じ奴隷として。解放して欲しい」

「良いわ。必ず助ける」

「ありがとう……」


 ジークによると帝国の幻想宮には錬金術の研究施設があり、そこの地下には大勢の奴隷が監禁されているらしい。


 その中にジークの仲間が含まれている。


「まさか帝国が奴隷を使ってそんな事をしているなんてな……」

「奴隷はいけない事だとは思うけど、そんなに以外かしら?」

「当たり前だ。自らの意思に反して奴隷を持つ事は禁止されている」

「本人が納得していれば良いの?」

「建前上はな」

「どう言う事よ?」

「魔法による契約をさせてしまえば後はどうとでもなるんだ。借金をしている者、親しい者を捕らえられ脅される者なんかだな。抵抗できない様にして署名さえさせてしまえば、自らの意思で契約をした奴隷の誕生だな」


 帝国がそれをやっている? 四大国の一つであるジニア帝国が?


 これは良く調べてみないといけないみたいね。


 これも春人に丸投げしよう。


「それでどうするよ?」

「私達に出来ることはあまり多くは無い。ジークハルトの自爆を目印にして魔法が飛んでくるのよね? だったらジークハルトには悪いけど、一人で突撃して貰えば良い」

「それで?」

「私達は隠れて待つ。騎士団の突撃をやり過ごしてから後方のハンターたちに紛れ込んでしまえば良いのよ」

「それしか無ぇか。おい、全員聞いたな? 国を相手にみんなでかくれんぼだ。命懸けのな」


 バドラックが茶化してはいるが、他の者の顔は真剣そのものだ。


 私達の生き残りを賭けた戦いが、始まりを告げる。


 一方その頃、ハルト達はシドルファスが居ると思われるザッピ平原へと足を踏み入れていた。


 そこへ辿り着くまで何度も魔物の襲撃を受けていたのだがやはりAランクの実力は高く、まさに鎧袖一触と言ったところだ。


「大した事ありませんね」

「ああ、数だけは多いがな」

「それにしても、あの人本当に強いですね」

「あん? ああ、クリアの事か」


 戦闘で前線に立ち、レイピアガードと叫んで攻撃を防ぎ、レイピアパンチとレイピアキックを駆使して魔物を一撃で沈めるクリア。


「何でレイピアを持っているのか分かりませんけどね」


 もしかして素手の方が強いんじゃないの?


 そんな疑問を持って戦闘後にレイピアの刀身を布で拭っているクリアに聞いてみた。


「あの……クリアさん」

「何だ、少年よ?」

「その……レイピア…要らないですよね?」

「はっはっはっ。面白い事を言うな。俺はこのレイピアと共に常に有るのだ。レイピア無しの戦いなど考えられんよ」


 いや、レイピア使って無いし。


 そもそも何を拭いているんだよ。パンチとキックでしょ?


 その、全く汚れもなく傷一つ無い新品のレイピアを嬉しそうに磨き上げるクリアさんに僕は何も言えないでいた。


「そういえば少年は敵の首魁と会ったことがあると聞いたが本当なのか?」

「はい、一度だけですけど」

「どうだった?」

「そうですね、ハッキリ言うと怖い……ですかね」

「ほう、強いではなく怖いと?」

「強さ自体は戦ってみないと分かりません。だけど怖さだけは伝わって来ましたね」

「ふむ、怯えている訳でも無さそうだ。良く分かったぞ。ありがとう少年!」


 そう言い残してクリアさんはリーダーのファーガスの元へと歩いて行った。


「婿殿」

「何ですか、フランさん?」

「婿殿はあの男と戦った勝てると思うか?」

「一人では無理ですね。ここに居る全員が力を合わせれば何とかなりそうですけど……」

「それは望み薄だな。Aランクの奴らは自らの強さに誇りを持っている。故に群れる事を好まない」

「今もみんな離れていますもんね。まいったな……これじゃあ作戦も何もあった物じゃあないですね」

「まぁ、一度ぶつかってみてから決めるしか無さそうだな」


 その一度が命取りにならなければ良いけど。


「ハルト、アイツの居場所まではまだ遠いのか? そろそろだと思うんだが?」

「ちょっと待ってくださいね。えっ⁉︎ 後ろ?」


 シドルファスの居場所を探ってみると僕のすぐ後ろに居るのを感じた。


 それとほぼ同時に斬撃が飛んでくる。


 咄嗟にしゃがみ込み、斬撃を何とか躱し、地面を転がりながらその場を離れた。


「ほう、良く避けたな? 完全に不意を突いたと思ったが」


 シドルファスがすぐ側に居た。その周辺には黒い物がひらひらと舞っていた。


「ハルト、大丈ブッフォ」

「エドさん、大丈夫です。怪我はありませんよ」

「ふほっ、そうだな。それは何よりだ」 

「こんな時に何を笑っているんですか!」


 ニヤニヤしながら僕の方を見るなよ。


 だけど……それはエドさんだけじゃないな?


「フランさん?」


 フランさんの視線が僕の顔を捉えて、スッと上へと上がる。


「うむ、まぁ、怪我は無いな。プッ」


 え?


「にゃははは、兄ちゃん。随分と持っていかれたな」


 持っていかれた? 


 シドルファスの周囲を舞う黒い物。まさか!


 恐る恐る頭へ手を伸ばしてみる。うなじから徐々に上へと触る。いつも通りの柔らかい髪。だが、ある地点を境に異変が起こっていた。


「毛がねぇ! うっそだろ!」

「ふふ、怪我は無くて良かったじゃないか、ハゲルト」

「エドォォォォ! 余計な1文字足してんじゃねぇよぉぉ! だれがハゲルトだよ!」


 鏡がこの場に無いから確認は出来ないが、頭頂部の辺りだけがツルツルになっている。


「少年、男の価値は髪じゃない。だからあまり気にするな」

「クリアさん……」

「ちなみに、俺はフサフサだ」

「いや、聞いてねぇよ!」

「おい! ハゲルト危ねぇぞ!」

「ウルセェェェェ!」


 ギィィィィィン!


「頭頂部が薄い少年、油断するな」


 シドルファスが音もなく近づいて来ている事に全く気が付かなかった。


 クリアさんが防いでくれなかったら、ヤバかったな。


「クリアさん助かりました。それと頭頂部が薄いは余計です」

「了解だ。薄い少年。おりゃぁぉ!」


 薄いも要らないから!


 なんだかよく分からない内に戦闘が始まってしまった。クリアさんがレイピアを振り回しながらキックとパンチでシドルファスを牽制している。


「お金の分は仕事しないとね。行くよ!」

「コラ! 抜け駆けするなグレイス」


 一人奮闘するクリアさんの元にグレイスさんとフランさんが参戦する。


「喰らえ! 裂刃襲天閃!」

「はぁぁぁ! 剣破燕裂撃!」

「レイピア脚!」


 三人同時の攻撃だが……


「ふふふ、良い攻撃だ。だが甘いな!」

「うわっ」

「むむ」

「ぐわっ!」


 マジか? 技名まであるんだから相当自信のある攻撃なんだろ? 


 それを物ともしないなんて、やはりシドルファスの強さは次元が違う。


「エドさん」

「何だ、ハゲルト?」

「三人やられましたね。それと、後でぶっ飛ばしますからね?」


 僕とエドさんは少し離れて様子見していたのだが、ガイアの爺さんとファーガスは無謀にもシドルファスへ突撃している。


「あ、やられた」

「参りましたね。こうなったら最後の手段で、肉壁縦横無尽斬でも使おうかな」

「何だよ、その物騒な技は?」

「エドさんがやられている隙に背後から襲いかかるんですよ」

「ふざけんな! 髪の毛むしるぞ、ハゲルトめ!」

「煩いですよ! 肉壁として連れて来たんだから仕事しやがれ!」


 言い争いをしている間に二人を沈めたシドルファスがゆっくりと近づいて来ていた。


「おい、どうすんだよ!」

「このままだとジリ貧ですね。エドさん、回復系のポーション持ってますよね?」

「ああ、たっぷりあるぞ」

「じゃあ、プランBで行きます。後の事は頼みましたからね?」

「お、おいプランビって何だよそれ?」


 プランB、それは行き当たりばったりって事だよ!


「シドルファスゥゥゥ!」


 大声で叫び突貫する。どうせこのまま戦ってもアイツは倒せない。ならばせめてこの場から離れる。


 身体に触れる事さえ出来れば転移できる。


「ふん、気でも触れたか?」


 斬撃は全て転移で避ける。


「小賢しいわ!」


 来た! この攻撃を待っていたんだ。剣を後ろに引いて突きの体制に入った所で真正面から突撃する。


「死ねぇ!」


 シドルファスの突きをまともに受けて、剣が腹を貫く。


「ぐっ、だが捕まえたぞ!」


 シドルファスの腕を掴み転移をする。どこだっていい。遠くへ、遠くへ行くんだ!


 それだけを考え、転移を発動した。

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