第52話 レッドドラゴン

 ウクシス大森林にある大きな山。その名もなき山の中腹にある洞窟に僕らはやって来た。


 目的は勿論、レッドドラゴン退治。


 ドラゴン違いをしてしまい、山頂に居た真っ白なドラゴンをボコボコにして、素材を剥ぎ取ったすぐ後にこの場所まできたのだが……


「誰かが入った形跡?」

「うん、間違いないわ。ここを見て」


 ただの地面にしか見えないぞ?


「これがその証拠、足跡があるでしょう?」

「ああ、足跡ね。知ってた知ってた」

「……この洞窟に入ったのは三人、恐らく重装備の男性が一人と、軽装備の女性が二人ね」


 何でそこまで分かるんだ?


「この足跡はついさっき着いたばかりよ。それに足跡の深さと歩幅で推測するとさっきの結果になるの、ハルト分かった?」


 あ、バレてるなこれ。


「レヴィは凄いな。そんな事まで分かるなんて」

「ありがと、でもそんな事よりも急がないと」

「急ぐ? なんでさ?」

「もう! 説明したでしょ? この洞窟の中には、白の衝撃の三人が居る可能性が高いの!」


 重装備一人と、軽装備が二人か……確かに白の衝撃のメンバーと一致している。


「分かった。すぐに行こう!」


 洞窟の中は大きなドラゴンでも軽く通れるくらいの広さがある。


 周囲を警戒しながら進むと、レヴィが何かを見つけた様だ。


「ハルト! これ……」


 レヴィが指し示した場所に大きな血溜まりがある。


「これは?」

「誰かが戦闘を行った跡ね」

「魔物の死体は?」

「回収したんでしょ? 白の衝撃ならマジックバッグくらい持っていてもおかしくないもの」


 これは益々急がなくてはいけないな。


 洞窟内では魔物の姿は全く無かった。その代わりに戦いの痕跡がかなりの頻度で見つかった。


 奥へ進むにつれ、その頻度は段々と下がって行く。


「レヴィ、何故戦いの痕跡の頻度が下がっていると思う?」

「ドラゴンが居るなら、その場所に魔物が近づくはずが無いわ。ドラゴンに怯えているんでしょうね」


 僕達は洞窟内では一度も魔物と遭遇していない。かなり早いペースで進んでいるはずだ。


 そろそろ追いついてもおかしくは無いんだが。


 その時、奥の方から獣の咆哮が聞こえた。


 グォォォォォ!


「誰かが戦っている!」

「行くわよ!」


 慌てて走り出す。


「止まって!」


 先行していたレヴィが警戒の声を上げる。


 一旦立ち止まり足元を確認すると、そこは切り立った崖になっていた。


 危うく全員が落ちる所だった。


「レヴィ、助かったよ」

「うん、だけど手遅れだったみたいね」


 その言葉通り、崖の遥か下方ではドラゴンと三人の人間が激戦を繰り広げていた。


 崖の脇に下へと続く道を見つけ、みんなで崖下へと降りる。


「遅かったじゃないか!」

「いい? 手出しは無用よ?」


 戦闘をしながらも、こちらに堂々と宣言して来る。


「これは、どうしようも無いね」

「ここで手を出すのはマナー違反だもんね」

「そうなの?」

「うん。最悪、全てのハンターから避けられるよ」

「そうすると、情報集めも出来ないし、ギルドからも睨まれて仕事に支障が出るわ」


 白の衝撃は安定してドラゴンと戦っている。


 リーダーのスチュアートが前線でドラゴンを牽制しつつ、ジェナとドリスが隙を見て攻撃する。


「強いな」

「そりゃあAランク目前なんだからね」

「康太、スチュアートの動きを良く見ておいて。参考になるから」

「おう!」


 正に戦いのお手本の様だ。だが、一人だけ精彩を欠いている人物がいる。戦士のジェナだ。


「あれは、足をやられているわね」

「うん。本人は隠しているみたいだけど、何か理由でもあるのかな?」

「さぁね? 必死で庇ってはいるけど、危険ね」


 攻撃に力が入っていない上に、ドラゴンの攻撃を避けるのが精一杯といったところか。


「スチュアート! そろそろ決めるわよ!」

「分かった。ジェナ、行くぞ!」

「くっ、了解……」


 グォォォォォ!


 危険を察知したのか、レッドドラゴンが更なる咆哮で威嚇を始めた。


 その威嚇をものともせずにドリスが魔力を全身に行き渡らせ呪文を唱え始めた。


(清らかなる水よ我が元に集い氷刃たれ)

(風よ風よ今こそ来たりて風刃となれ)


「嘘……双詠唱ですって!?」


 うん? それなんぞ?


「魔法詠唱の高等技術よ! 二つの呪文を同時に異なる言語で詠唱するの」


 マジか! 実はドリス凄い魔道士なんだな。


 氷風陣!


 ドリスが唱えた魔法は水と風の混合魔法、二種の刃がドラゴンを襲い斬り上げながらその巨大な体を押し上げて行く。


「行くぞぉぉ!」


 空中で無防備な体勢のドラゴンの更に上にスチュアートが驚異的な跳躍力で飛び上がり大剣の振り下ろしをお見舞いする。


 その下方で待機しているジェナが最後の止めのようだが……


「くらえ!」


 白の衝撃ホワイトインパクト


 三人による連携技か。これが決まれば勝利確定なんだろうけど、マズイな。


「ハルト!」


 ジェナの体勢が崩れている。


 足の踏ん張りが効かないのだろう。このままだとドラゴンの巨体に潰されて終わりだ。


「ジェナ!」

「どうした!?」


 手出しは無用。そう言われたが黙って見ている訳にはいかないな!


 連携技は不発に終わる。ジェナは足を庇いながらも必死になって落ちて来るドラゴンを避けた。


 なんとかドラゴンに潰される事だけは回避したが、逃げた場所が悪すぎる。


 ジェナが居るのは、よりによってドラゴンの顔の真前で、ドラゴンは自分を傷つけた者達に怒りの咆哮を上げる。


 ガァァァァ!


 その大きな顎で今にもジェナを噛みちぎる寸前だ。


 ジェナの顔が幾度も変化する。驚愕、怯え、そして絶望へと至る。


 ギィィン! 金属音が鳴り響く。


 無情にもドラゴンの顎は閉じられた。そのまま何かを咀嚼する。


「ジェナァァ!」


 やがて咀嚼し終わったドラゴンが口から何かを吐き出した。


 元は剣だったであろう、金属の塊。


 ジェナの剣だ。


 勝利から一転、仲間を失った衝撃でスチュアートとドリスは棒立ちで力無く項垂れている。


「みんなはここで防御体勢! 紗羅、後のことは頼んだからね。レヴィ、行くよ!」

「りょ」


 レヴィと共に転移!


 最近転移を多用したせいなのか、もはや体に触れずとも、他人を転移させる事が出来る様になった。


「悪いけど手を出させて貰うよ! レヴィ、牽制!」

「りょ」


 スチュアートとドリスを問答無用で転移を使用し、安全な場所まで下げる。


「お待たせ!」

「ちょっと遅かったわね?」


 流石のレヴィでも一人でドラゴンの相手はキツかった様で、そこかしこに傷を負っている。


 治癒!


「ゴメンゴメン、急いだつもりだったんだけどね」

「ふふ、良いのよ。回復魔法、ありがとね」


 新たな敵を確認して、ドラゴンが激昂する。


「うへぇ。怖いねぇ」

「嘘ばっかり、ハルト笑ってるわよ!」


 そうなのかな? 自覚は無いけど。


「レヴィ、それよりもさ」

「何よ?」

「あれ、やってみたい!」


 連携技とか最高じゃないか!


「絶対言うと思った……良い? あの連携技は長い年月を掛けて息を合わせて初めて成り立つの! ぶっつけ本番でやる様な技じゃないわ!」

「息を合わせるんだろ? 僕とレヴィなら出来るよ!」


 しばらくの沈黙の後、やれやれといった仕草のレヴィがそこに居た。


「……ハルトってさぁ」

「何?」

「人を乗せるのが上手いのよね!」


 レヴィがニヤリと笑う。良い笑顔だ。


 簡単に打ち合わせをして、いざ本番!


「行くわよ、ハルト!」

「りょー!」


 二人同時にドラゴンへ向かい走る。レヴィは左、僕は右側だ。


 ドラゴンは牽制のブレスを何度も吐いて来る。


 ブレスを大きく躱し、ドラゴンの顔目掛けて二人同時に突進!


 直前で攻撃体勢に入るレヴィ。


 一拍遅れ、僕も攻撃を開始。ドラゴンはレヴィを狙いブレスの準備に入る。


「何をやっているの!」

「無防備にも程があるぞ?」


 ふふ、ギャラリーは黙って見ていなよ!


 レヴィが回転しつつ、両手に持った短刀を振るう。


 ドラゴンの頭が下がり、ブレスが吐き出されレヴィに襲いかかる。


「レヴィ、行くよ!」


 転移!


 攻撃体勢のレヴィをドラゴンの後頭部付近に転移させる。その間に僕はドラゴンの顎下へ転移!


「はぁぁぁぁ!」


 ブレスを吐き終え、無防備な後頭部をレヴィの双刀回転切りが届く。


 レヴィの攻撃が当たる瞬間を目掛けて発勁!


 名付けて……双刀破壊撃ダブルブレイク


 ドォン!


 激しい音と共にドラゴンの首が弾け飛ぶ。


「うわぁぁ!」

「きゃぁぁ!」


 その多重攻撃の破壊力はすざましく、僕もレヴィも同時に吹き飛ばされる。


 両足で踏ん張るがそれでも後ろへと身体が押し出される。


 レヴィは?


 上空に弧を描いて飛んで行くレヴィを目視、すぐに転移を行い、抱き抱えて再度転移。


 みんなが心配して駆け寄って来てくれた。


「春人、大丈夫?」

「二人共無茶し過ぎよ!」

「うん、反省してる。だけどドラゴンは倒せた!」


 合体技とか連携技とかは一度はやってみたいだろ?


 僕の横で紗羅がレヴィに対して治癒の魔法を使用していた。


 あれ? 怪我をしていたのか?


 治療は無事終わった様で、レヴィは確かめるように両手を握ったり開いたりを繰り返している。


「ダメね、これは。破壊力が強すぎる」

「そうだね。ドラゴンがあの有り様だからね」


 硬いドラゴンの鱗はひしゃげてしまい首の付け根で爆発したような跡が残っている。


「ハルトそうじゃ無いの。敵に対してじゃ無くて、使用者に対してよ!」

「うん?」

「私の剣を見てよ!ほら」


 差し出された二振りの短刀は攻撃に耐えきれなかったのか、ボロボロと崩れて行く。


「ああもう、高かったんだからね! この剣!」


 やばい、これはアレだな……怒られるヤツだ。


「ハルト、そこへ座りなさい!」

「はい……」


 足痛ぇ……


「少しは威力を調整しなさいよ! 全力でやったんでしょ!」

「はい……」

「サラがすぐに治してくれたから良かったけど、下手をしたら、両腕が一生使い物にならなくなっていたんだからね!」

「はい……」

「罰として私の剣、弁償してよね!」

「はい……」

「後、新しい服を三着と指輪と首飾りと……」


 あれれ? 何か多くない?


「何よ?」

「イエ、ナンデモアリマセン。ゴメンナサイ……」

「それと、この技も禁止。二度と使わない事!」

「ええー! せっかく技の名前まで考えたのに?」

「き・ん・し! 分かった?」

「はい……」


 くそう。せっかくのカッコいい技だったのに……


「君達……助かったよ」

「ありがとう……」


 スチュアートとドリスが復活した様だな。


「勝手に手出しをしてゴメン」

「いや、攻めるつもりは無い。こっちは生命を助けて貰ったんだからな」

「だけどジェナが……」

「ああ……」


 むむむ?


 そうか、あの状況じゃ勘違いしても仕方ないか。


「二人とも、あっちを見て」


 後ろを振り向いてポカンとした顔のスチュアートと、はっと息を呑むドリス。


「うん、何だ?」

「ジェナ!」


 康太に支えられて僕らの方へ歩いてくるジェナがそこに居た。


「無事だったのね? 私てっきり……」

「うん、そこに居るハルトさんに助けて貰ったのよ」


 そう、ドラゴンに喰われる寸断に転移で安全な場所へ移動させた。それだけなんだけどね。


「ハルト君、ジェナを助けてくれてありがとう!」

「ありがとう!」

「いーえ、僕も目の前で人が死ぬ所は見たく無いですし、それに同じ依頼を受けた仲でしょう?」


 仲間が助かった事で先程まで沈んでいた白の衝撃に笑顔が戻る。

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