第38話 賢者の塔 4

 三人目の四天王、ロリを撃破した僕達は、最後の一人を倒すべく、賢者の塔をひたすら登り続けていた。


「次が最後の四天王か……どんな奴なんだろうな?」

「ロリの話だと、大賢者の一番弟子らしいから、相当手強い相手になりそうね」


 塔の内部に出現する魔物を撃退しながら、次の四天王の予想大会が始まる。


「馬鹿ねエド、次は絶対に魔道士だって!」

「いやいやお嬢。今までの傾向から察するにだな、次はそろそろ武器を持った奴だろう」

「何で賢者の一番弟子が魔法を使わないのよ! おかしいでしょ!」

「それを言うなら、四天王が三人揃って魔法を使って無いだろうが!」


 二人で激論を交わしているけど、僕達の目的は四天王の撃破じゃなくて最上階まで行く事なんだよなぁ。


 今、僕達が居る階は一体どの辺りなんだろうか?


 体感的には、まだ全体の半分を過ぎた位にしか思えないのだけど。


「ハルト。どうやら到着したみたいだぜ?」


 考えに集中し過ぎていて、周りをほとんど見ていなかった。


 エドさんが顎を使って指し示した方には見覚えのある大きな扉がある。


 待ち構える敵はどんな相手なのか?


 一番弟子だと言うなら、やはり強敵なんだろう。段々と気分が高揚して来ている。


「じゃあ行くわよ!」

「おう!」

「うん!」


 レヴィが先陣を切って扉に手を掛けて押し開いて行く。


 部屋の中には、やはり黒のローブを着た人が一人立っていた。


「君達が大賢者様の弟子志望の人かい?」

「いえ、違います」

「え? 違うの?」


 少しだけ残念そうな声をしているその人をよく観察してみると、右手に変わった形の長槍を持っていた。


「それじゃあ、君達はただの侵入者という事になるね」

「ハルト。話をややこしくしないでよ」

「だって、本当の事だろ? 弟子になりに来たわけじゃないもん」


 僕の言葉を聞いた部屋の主は、纏っていた黒いローブを脱ぎ捨てた。


「賊なら遠慮はいらないね」


 手にしていた長槍を二度振るうと、槍先から二枚の炎の刃が飛び出し、僕達を襲う。


「何だ⁉︎」

「ハルト!」


 幸いその刃は誰にも当たらずに済んだが、背後の壁を焦がし、切り裂く程の威力があった。


「レヴィ! 防御に徹して! あとエドさんを頼む!」

「りょ」


 これで二人は大丈夫だろう。


 改めて長槍使いと相対する。


「ボクの名はシャルロッタ = タッペル。大賢者様の一番弟子、人呼んで炎槍のシャル!」


 ボクッ娘だと……最高じゃないか!


「エドやるわね。当たりじゃない。武器を持っているわよ」

「ふふん。これで今日の晩飯はお嬢の奢りだな」

「もー、何で魔道士じゃないのよ! 大損だわ!」


 もしもし? 


 君たち、いつの間にそんな賭けをしていたんだい? 


 緊張感って言葉を知っているかい?


「いくよ!」


 シャルが再び槍を振るう。


「こいつが厄介なんだよなっ!」


 飛来する炎の刃を躱しながら何とか近づこうとするが、あまりにも数が多すぎてそれもままならない。


「あははは、それそれそれ!」


 デタラメに振り回される槍先と炎の刃の乱舞に、攻撃する隙が全く無く、一旦大きく背後に飛んで距離を取る。


「ハルト、魔法使えば?」

「それも良いんだけどさ。あそこまで強い人は久し振りだから、魔法無しでやろうと思ってね」

「ハルトの悪い癖が出てるわ。程々にしてよね」

「へいへい。じゃあ行ってくる!」


 大きく息を吸い、呼吸を止める。


 一気に加速してシャルの側まで走る。


「なっ……速い!」


 懐に潜り込み、左右の連打を叩き込む!


「甘い!」


 シャルの見事な槍捌きで全てをいなされてしまう。攻撃だけで無く防御も完璧か。だから槍は厄介なんだよな。


「ふーん。君結構強いね」

「そりゃどーも。危なっ!」


 雑談の合間に突きを入れてくる辺り、かなり戦い慣れているようだ。


 だが、槍の間合いは見切っている。連続突きをギリギリで避けて、攻撃に移る。


 しかし、避けたはずの槍は僕の予想の範疇を超えていた。


「痛っ!」


 完全に避けたはずの槍は僕の肩を抉り、傷を負ってしまった。


「まだまだだね!」

「何でだよ!」

「慢心は身を滅ぼす。君程度の強さなんて世界にはいくらでも居るよ」


 慢心か。確かに相手を甘く見ていたようだ。


「それじゃあ……少し本気で行かせてもらうよ!」


 シャルに向かい、真っ直ぐに走る!


「さっきと何も変わらないじゃない! ボクを甘く見ないで欲しいな」


 シャルが再び右手を引いて突きの体制に入った瞬間に左側へ転移し、脇腹に拳を突き込む!


「ぐっ、いつの間に」

「甘く見てるのはそっちの方だね」


 初めての有効打にシャルの顔が歪む。


「なかなかやるじゃない!」

「余裕をかましていられるのも今のうちだよ!」


 体勢を崩しているシャルへ更に攻撃をするべく接近する。


「させないよ!」


 だがまたしても連続して突きを放たれ、容易にに近づけない。


「あぐっ、なんで当たるんだよ!」


 ギリギリで躱したはずの槍先が僕の身体のあちこちを掠める。


 何故だ?


 これは……躱せる。


 次は……当たる。


 攻撃が伸びている? そうか!


「見切った!」


 シャルの突きを躱せない理由。寸前で急激に伸びて来ている。


「肩だね」

「へぇ、中々鋭いね」

「それが分かれば、こっちのもんだ!」


 シャルの突きを完全に見切り、やっと攻撃を当てる事ができた。


「ねぇエド? 肩ってどういう事なの?」

「ああ、それはな、突きを入れる時に左肩を引いて右肩を前に出すとどうなる?」

「右肩を出すと? あっ!」

「そうだ! 右肩の分、伸びている。それを毎回でなく時折混ぜる事で躱しにくくしている」


 槍の攻撃の中でも最大の効果を持つ突き。だが隙も大きく、それを避けてしまえば懐に潜り込むことで接近戦に持ち込める。


「僕の勝ちだ!」


 突きを躱し、戻り切る前にシャルへ近づいて渾身の一撃を放つ!


 突きの弱点、それは直線的な攻撃しか出来ない事。


 それはシャルも分かっている筈だ。もう僕の攻撃は始まっている。後はその無防備な身体に拳が当たるだけのはずなのに、何でそんなに余裕のある顔をしているんだ?


 不敵に笑うシャルへ接近し、全身全霊を込めた発勁を発動、あと数センチという所で僕の視界の右側で何かが動いている。


「なんだ? ぐあっ!」

「ハイ、残念でしたー」


 ほぼ勝利確定だと思ったが、首に何かが巻きついてきて体勢を崩され、発勁は不発に終わる。


「何よあれ!」

「槍の柄に鎖だと?」


 槍の柄の部分が枝分かれして鎖で繋がれている。


「あはは、コイツをただの槍だと思った? 違うんだよねぇ。これはね、九節槍。柄の部分を鎖で繋ぎ自由に別れさせる事が出来る。あの有名な鍛冶屋レノが作った魔槍だよ!」


 レノ……僕の義手を作ってくれた人か。


「ボクを最強たらしめる最強の魔槍、九節槍。その威力思う存分味わってからその人生を終えると良い!」


 最強の魔槍ね……思わず笑みを浮かべてしまう。


「うわぁ、ねぇハルトの顔見た?」

「彼奴のあんな顔は初めて見るが、何かあるのか?」

「うん。ハルトはね戦闘狂だからね。本当に強い相手に出会うと笑顔なんだけど、あれはちょっとだけ違うかな?」

「何が違う?」

「あれはね、本気で怒っている時の顔だわ」


 最強の魔槍? 自分を最強たらしめる?


「笑わせるな!」


 シャルの眼前へ転移。


「なにっ?」


 右手に持っている槍を掴み、奪い取る。


「ああっ! ボクの槍……」


 槍を九節に別れさせ、剥き出しになった鎖を渾身の力で引きちぎり、床に放り出す。


「それ、ミスリル合金製の鎖なのに……」

「そんな事はどうでもいいんだ!」

「なんだよ……なんでそんなに怒ってるの?」


 何故だって? 決まっているだろう!


「武器に頼っている奴を許せないからだ!」

「えっ?」

「その槍があるから自分は強いだと? じゃあ今はどうなんだよ! 槍を取り上げられて破壊された今、お前は誰より弱いって事だろうが!」

「それは……そうだね」

「武器が無いと戦えないなんて、言い訳に過ぎない! 本当に強さを求めるならば、武器に使われるんじゃない! お前にはガッカリだよ。何が四天王だ。それならその武器を持っていれば誰でも四天王になれるんだろう? お前じゃなくて良いじゃないか!」

「そ……」


 まったく、自分を鍛えることを怠っているくせに。それを棚に上げて武器があれば最強だなんてよく言えたもんだ!


「そんな言い方しなくても良いじゃないか!うっ、うっ、うわーん」


 突如大声で泣き始めてしまったシャル。


「えっ?」

「あー、ハルト! 女の子は泣かせちゃダメでしょ!」

「うむ、今のはいくらなんでも言い過ぎだな」

「いや……でも……」


 号泣するシャルの側で頭を優しく撫でながら、レヴィの鋭い視線が僕を射抜く。


「何? 言い訳するつもり?」

「そうじゃなくてね……」

「じゃあ、何よ?」

「別に泣かせるつもりなんて無かったよ? それにソイツは敵なんだからさ……」

「ハルト……それはダメだぞ……」

「エドさん? 何が……」


 何がいけないのか?それをエドさんに聞こうとする前にレヴィの短刀が僕の頬を掠めていった。


 恐る恐るレヴィの方へ向き直ると、そこには鬼神が降臨していた。


「ハルト。こっちへ来なさい」

「アッハイ……」

「正座」


 今のレヴィに逆らうなんて無謀な事はせず、素直に正座する。地面が硬いので足がゴリゴリする。


「いい? 敵とか味方とか関係無しに、ハルトは女の子を泣かせたのよ? 分かってる?」

「ハイ……」

「私はハルトをそんな風に育てた覚えは無いわよ?」


 いつの間に僕はレヴィの子供になったの? 育てたって、まだ出会ってから三ヶ月くらいだよね?


 しかし、それを言うと火に油を注ぐような物だという事は流石に僕でも分かる。


 エドさんは黙って聞いておけ。というゼスチャーでアドバイスを送って来ている。使えねぇ。


 この正座をしている状況から出来ることといえば、一つしか無いか……


「すいませんでした!」


 頭を地面に付けて土下座!


「謝れば済むと思ってるの?」


 え、ダメなの?


「女の子を泣かせたんだから責任を取りなさいよ?」


 責任? 何をしたらいい? エドさんは……首を振って胸の前でバツを作っている。


 頼りにならないオッサンだな……


「あの……どうしたら良いですか?」

「そんな事自分で考えなさいよ!」


 えー、答えすら貰えないの? どうする? 何が正解なんだ?


「あの……取り乱して御免なさい。ボクはもう大丈夫だから」

「無理しなくていいのよ? ハルトの事なんてどうでも良いから。明日の朝まで土下座させとけばいいし」


 レヴィさん? それ、結構酷いよ?


 足の感覚なんて既に無いからね?


「いいの。ボクが弱いのは確かだから」

「貴女は弱くは無いわよ? ハルトが修行バカで戦闘狂で女の子の気持ちなんて何一つ分からないウスラトンカチなだけよ?」


 レヴィ……そんな事思っていたの? 地味にへこむんだけど……


「ううん、今分かった! ボクは弱い。武器に頼りきっていたのも事実だから。だから……」


 おう、これはまずい展開になるヤツ?


「だから貴方達について行きます!」

「何でだよ!」


 おかしいでしょ? 敵として戦った四天王が仲間になる展開はありがちだけどさ!


「ハルト……分かっているわよね?」

「アッハイ……」


 こうして、レヴィの鶴の一声でシャルが僕達の仲間になってしまった。


「これから宜しくお願いします」

「あー、うん、そうだね」

「ハルト。いい? 次にシャルを泣かせたら、アレだからね?」


 アレって何だよ! 分からないから逆に怖いよ!


「ハイ、モウシマセン……」

「ハルト、その、なんだ、諦めろ……」

「エドさん、助けてくれなかった事は覚えておきますからね?」

「なっ、どうしようも無かったのはお前も分かるだろうが!」

「分かるけど、ダメです」

「テメェ……」


 ギスギスする僕達と対照的にキャピキャピしている二人を僕は呆然として見つめていた。


 何でこうなるんだよ……トホホ。

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