第23話 レヴィの受難 下
「しばらくここでお待ち下さい。確認して参ります」
ギリアンの館にリアと共に向かい、アポがある事を伝えると警護をしていた兵士の一人がそう言って、館の奥へと入っていった。
昨晩、賊の侵入を許してしまったせいなのか、厳重な警備体制が敷かれているようだ。
その賊が言う事ではないけどね。しかし、まだなのかな?
結構待っているけど、問題でもあったか?
しばらく待っていると、館の中から大きな声が聞こえて来た。
お? 誰か出てくるみたいだぞ。
「話が違う! そんな使い方を許した覚えはない!」
「黙れババア! 薬さえ手に入れば貴様などに用は無いわ! 失せろ」
「ボック! お前が持って来た仕事なんだから、なんとかおし!」
「叔母さん、お金も頂いたんだし、もういいじゃないですか」
「馬鹿をお言いでないよ。人一人の人生が掛かっているんだ。放っておけるかい」
あの人は確か、ボックさん?
そういえばお店に行く約束をしていたんだったな。イベントが多すぎて、すっかり頭から抜けていたよ。
「さあ、もういいだろう! さっさと帰れ!」
「アンタ達! この私にこんな仕打ちをして、覚えておいでよ……ボック、帰るよ!」
「叔母さん、待ってくださいよ」
ボックさん達は僕に気付く事なく去っていった。
まあ、こんな格好をしていて気付かれるはずが無いか。見た目はどう見ても女の子だもんなぁ。
しかしなんだか物騒な事を言っていたな。人の人生とかなんとか、何があったんだろう?
「……ルちゃん、ハルちゃんてば!」
「えっ?」
「どうしたの? ぼうっとして。許可が降りたから。今から案内してくれるそうよ」
「はい……」
いかんいかん。今はボックさんよりも、レヴィの方が大事なんだ。
「宜しいですかな?」
「ええ、お願いしますわん」
昨夜も通った通路を再び進む。
案内をしてくれた兵士が扉をノックして室内に話しかける。
「お客様をお連れしました」
「ありがとう。中へ入ってもらって」
兵士が開けてくれた扉をゆっくりと通り抜ける。
「リア! 久しぶりね、どうぞ入って」
二人で室内に入るとリアに挨拶を終えたレヴィが、僕を見て首を傾げている。
「リア、そちらはどなた?」
「レヴィ、貴方の良く知っている人よ」
「えっ? ごめん分からないわ。誰?」
頭に着けているボンネットを外す。
「やぁレヴィ。昨日ぶりだね」
「やだ、まさかハルトなの?」
「そうだよ。リアに頼んで連れてきて貰った。納得が出来なかったからね」
「あははははは、まったくしょうがない人ね、ハルトは。でも、それ似合ってるわ」
「嬉しくない」
「そう……それで何の用なの?」
レヴィは僕にこんな冷たい言い方はしない。何かあるはずなんだ。だけどそれが何なのか分からない。
「ハルト。私は結婚するのよ? それを理解してる?」
「それは昨日聞いた。でも何でそんなに急に結婚なんてするのさ?」
「貴方には分からないわ」
「だからこうしてここに居るんだよ。理由が知りたいから」
「言葉ならどうとでも言える。でもね、どんなに言葉を重ねても貴方は納得なんてしないでしょう?」
「そうなのかな?」
「だからハッキリ言うわ。アンタと私は何でも無い、ただの知り合いよ。私はギリアンと結婚して子を宿し、生み、そして育てる。これが私の役目なの。だからこうやってアンタに付きまとわれるのは迷惑なの。だからもう帰って!」
覚悟はしてきたつもりだった。
だが、これは想像以上にキツイ。レヴィの口から直接出てきた言葉は僕を完膚無きまで打ちのめした。
「レヴィ……」
「帰って!」
「レヴィ……それはいくら何でもあんまりじゃない?」
リアが思わず反論する。
「そうは思わないわ」
「ハルちゃんは貴女の事を想ってここに来ているのよ?」
「迷惑だわ」
「レヴィ、貴女変わったわね」
「大人になったって言って欲しいわね」
「見損なったわ!」
「どうとでも言えば良いわ。私は私」
「アンタねぇ」
二人が喧嘩を始めそうだ。もうこんなレヴィは見たく無い。
「リア、もう良いよ……」
「ハルちゃん。でもね……」
「もう良いからさ。レヴィ。僕達は知り合ってたったの二ヶ月しか経っていない」
「ええ、そうね」
「だけど、良い関係を築けていたと今でも思っているよ」
「それで?」
「レヴィが迷惑だと言うなら仕方ない。もうここには来ないし、レヴィに会おうとはしない」
「そう。助かるわ」
「遅くなったけど結婚おめでとう。お幸せにね」
「アンタに言われるまでもないわ」
どれだけ言葉を紡いでもレヴィには届かなかった。失意のままリアと共に館を後にする。
もうたくさんだ!
何でこうなった?
「ハルちゃん大丈夫?」
僕が悪かったのか?
何も考えたくない……
もう、家に帰ろう。
帰る? 何処へだ? 僕にはもう帰る家も場所も無いのに。
何もしたくない。レヴィに拒絶された事がそんなにショックだった? そうなのだろうか?
「お帰りなさい。ハルトさん」
もう、忘れよう!
そうだ、僕にはやらなくてはいけない事がある。元の世界に帰るんだ! その為に四つの大迷宮を回るんだ。レヴィと。
いや違う!
「あの? ハルトさん」
「デイジー。今は無理よ」
レヴィの事は忘れないといけないんだ。今日は疲れ果てたよ。もう寝よう。
翌朝、目が覚めると見覚えがない場所にいた。
「えーと? どこだここ?」
「おはようございます。ハルトさん」
「あれ? デイジー。ここはどこなの?」
「わたしの部屋ですよ」
椅子に座わって、なにやらやっていたようだ。ベッドを占領してしまったのか。悪いことしたな。
「少しはマシになりましたか?」
「気分は最悪と言ってもいいかな?」
「そうですか。でも昨日よりは良いみたいですね」
「そうかな?」
「ええ、昨日は会話なんてしてくれなかったじゃないですか。受け答えが出来るだけまだマシです」
「あーそうか。ごめん。昨日の事は正直あんまり覚えてないんだよ。色々あったからね」
「分かっていますよ。でも元気になったみたいで良かったです」
そう言ってデイジーは僕に笑顔を向けてくれた。ついこの間まで、これをするのはレヴィだったんだ。笑顔で語りかけてくれていた。
いや、駄目だなこれは。気持ちを切り替えていかないと深みにはまりそうだ。何かをやっていれば忘れる事ができるかな?
僕が帝都に来た理由は、サグザーさんの依頼だったな。その依頼をこなしてからどうしようか?
もうスターチスまで戻るのも面倒だしな、必要な魔道具はギルドに依頼して輸送して貰うか。
そして、世界を回る旅をしよう!
四大国の大迷宮を制覇するんだ。一人で……
「よし! やるかー」
「ハルトさん、どうしたんです、急に?」
「うん。切り替え完了だよ。デイジー。いろいろと助けてくれてありがとう。僕はまた旅をする事にした。今日は依頼をこなして、旅の準備をする。明日出発するよ」
「そうですか、でもあまり無理はしないで下さいね。またいつでも遊びに来てください!」
「うん、ありがとう」
デイジーと一緒に部屋を出るとリアがマーガレットと朝食を取っていた。
「美味しそうな匂いがするね」
「ハルちゃん! 大丈夫なの?」
「実はまだいけてないけど、切り替えて先に進む事にしたよ。やりたい事がたくさんあるんだ!」
「そう、一人で平気?」
「今までも一人だったからね。何とも無いよ」
三人共痛々しい物を見るような目で僕を見ている。まあ、空元気なのは自覚しているからな。
「ハルちゃん、もう行くの?」
「うん、みんなお世話になりました。ありがとう」
「いつでも戻ってらっしゃい。私達はいつでも歓迎するからね」
「うん、それじゃあバイバイ!」
さてさて、早速行きますかね。まずは依頼の魔道具屋へ向かいますか。頑張るぞー!
帝都ディルティアをブラブラと散策しながら魔道具店へと向かう。帝国の首都だけあってまだ朝だというのに大勢の人でごった返していて、歩くことさえ困難なくらいだ。
朝食を出している屋台が大量に出店している。その美味しそうな匂いに釣られてお腹が鳴ってしまった。
「ねぇレヴィ! あれ美味しそ……」
いかんいかん、今は一人だった。いつもの癖が出てしまっていた。忘れるんだよ、春人。
一軒の屋台から焼きたてのパンに甘辛のソースで炒めた肉と野菜を挟んだ物を買った。
味は美味しいんだろうけど、何か物足りない。一人で食べる食事は味気ないもんだな。
もそもそとパンを食べ、トボトボと歩き、目的の魔道具屋を探す。入り組んだ路地を抜けてなんとか探し出した時には夕暮れ時になってしまっていた。
「やっと見つけたよ」
シャム魔道具店。何でこんなに分かりにくい場所にあるんだか。
お店の扉を開くとカランカランとベルが鳴る。
「いらっしゃい……」
やる気のない声が聞こえた。どこかで聞いたような声だな?
「ここは坊やが必要とする物なんて置いてないよ。早くお帰り」
いきなり入店拒否ですか……
「あの、ギルドの仕事でスターチスから来たんですけど……」
「ふむ? どんな仕事だい?」
「スターチスのサグザー商会への納品依頼ですよ」
「ああ! すっかり忘れていたよ。もう歳かねぇ、すぐに用意するから、そこにかけて待っていておくれよ」
待つ事数分、店主のお婆さんが品物を持ってやって来た。
「ほら、これが品物だよ。なるべく早く運んであげておくれ。サグザーは元気でやっているかい?」
「ええ、スターチスを出発した時は元気でしたよ。変なものを売り付けられそうになりましたけどね」
「相変わらずの様だねぇ。それがなによりさね」
軽い世間話をしていると、扉のベルが小気味の良い音を出して鳴る。
「叔母さん、こう何度も呼び出されては困ります。私も仕事があるんですよ?」
「お黙り。それよりどうなったんだい?」
「一度受け取った物は渡せないし、お金は払ったんだからもう関係ない! の一点張りですよ」
「やれやれ、困ったもんだねぇ」
「もう、諦めましょう」
「ふう、それも仕方ないかねぇ。だけどボックや、もうあんな仕事はこれっきりにしとくれよ?」
「はい、私の確認不足でした。すいません」
そういえは確か昨日ギリアンの館で会ったんだったな。
「ボックさん。お久しぶりです。僕の事を覚えていますか?」
「おや? 君は確か、帝都へ入る時に会った……」
「ハルトです」
「おお! そうだそうだ、元気でやっていたかい?」
「まぁ、割と元気ですよ」
「そうは見えないがね」
「色々ありまして……それよりも昨日ギリアンの館で見かけましたけど何があったんですか?」
「見られていたか。いや大した事ではないよ、良くある話さ」
「人の人生が掛かっているとかなんとか……」
「盗み聞きは良くないね」
「たまたま聞こえただけですよ」
「それなら軽々しく話す内容じゃ無い事だというのも分かるだろう?」
「そうですね。だけど一つだけ確認させて貰いたいんですが、その話はレヴィ、もしくはレベッカに関係がありますか?」
二人の反応はもうそれが答えだという事が見え見えの態度だった。
「聞かせて貰いますよ。彼女は僕の大切な人だから」
「長い話になるぞ?」
「全てを聞くまで、帰るつもりはありませんよ」
「ボック、今日はもう店じまいじゃ。閉めるのを手伝っておくれ」
「はい、叔母さん」
閉店作業を終えた二人に奥の部屋へと案内された。お婆さんの居住スペースの様だ。
「さてと、ボック。お茶を入れてくれるかい?」
「ええ、構いませんよ」
「のんびりとお茶を飲んでいる暇なんて僕には無いんですけど?」
「言っただろう? 長い話になると。ええと、ハルトだったかい? 獣人の事はどこまで知っておいでだい?」
「ほとんど知りません。獣人の知り合いはレヴィだけですからね」
「なるほどねぇ。それならまずは獣人の歴史から話さないといけないねぇ」
ボックさんの叔母、シャムと言う名前らしい。それならシャム叔母さん?
いやいや、これギリギリアウトだよね?
なのでオババと呼ばせてもらう事にした。オババの話によると獣人は遥か昔から虐待対象だったらしい。
「まずはその原因だがね。原初の四族は変わった特性を持って生まれるのさ」
「原初の四族? 初めて聞きますね」
「四大国を最初に支配していた種属。すなわち獣人、竜人、翼人、亀人この四つの種属のことさね」
聞いた覚えはあるが深く考えた事はないな。
「この四族は人が持っている心臓を持っていない、その代わりに核を持って生まれる」
核?
「胸の中央にある球体でね、それが心臓の代わりさ。そして命をまっとうするとね核が残るのさ」
「それで?」
「その核には力が宿っている。お前さんも聞いた事くらいあるだろう?そうスキルオーブさね」
スキルオーブ、じゃあ僕のラーニングも?
「自分が生きた証を残して死ぬ。だけどね、オーブは自然死で無くとも残るんだよ」
おい、まさか!
「大体察した様だね。そうさ! だから獣人は虐殺の対象になった。欲にまみれた人間達によってね」
「何故獣人だけが?」
「それはね、竜人は強過ぎて敵わない。彼等は戦闘に特化した種属だからね。人間では敵わないさ。翼人は知っての通り翼を持つ種属。空を飛んで逃げればまず追いつけない。それなら獣人は?」
そういう事か。
「だからこそ獣人は狙われたのさ。もちろん抵抗はしたがね、多勢に無勢という奴でね。人間は数だけは多いからね」
酷い真似をする。
「もちろん、今はそんな事は行われてはいないさ。四大国が全て調印した協定が結ばれているからねえ。表向きには」
「何か裏がある?」
「何だってそうだろう? それに獣人が狙われた理由は他にもある。獣人は子を宿し出産するまでの時間が短くてね。約二か月で子を産み落とす。しかも、数は多く、五、六人が平均だね」
まさか……そんな……
「幼子が亡くなる不慮の事故が起こる」
「ふざけるな! そんな事……」
「実際にあった話だよ。遥か昔にね」
「話は分かりました。けど、それがレヴィとどう繋がるんです?」
「オーブというのは不思議な物でね。純血種に近い者ほど珍しいスキルを残すのさ。彼女はその純血種の子供、さぞかし珍しいスキルを残す子を産み落とすだろうね。寿命が短いのがせめてもの幸いかね?」
そんな下らない事の為にレヴィを利用しようと云うのか。ただ子供を産むための道具として。
「そして、ここからが私の罪になる」
まだ続くのか? レヴィを助けないといけないのに!
「私はご存知の通り錬金術師だ。ギリアンからある薬の作成を依頼されたのさ」
「それはどんな薬なんですか?」
「催眠丸と呼ばれているものでね。精神の治療に使う物だ。過去にあった辛い記憶を消す為に使用する薬でね。強い暗示を掛ける事が出来る。その為、作成する者は国から許可された者だけにしか許されていない」
強い暗示だと?
「人を意のままに操る事が出来る。だからこそ扱いは慎重にする必要がある。今では、ほんの数人しか作れんよ」
その薬をレヴィに使ったのか。だからあんな態度を取っていた。
「そもそも、催眠丸は作れないはずだったんだ。材料不足でね」
珍しい材料が必要なのか?
「それを、どこぞの阿呆がナゲキダケなんて物を採取してきたのさ。あんな危険なキノコなんて絶対に取れないはずなのに、だよ?」
あれ? 待てよ。僕のせいなの?
「ま、まあまあ、その人にも何か事情があったんですよ、きっと。深い事情がね」
「どんな事情があったって、あんなピーーもどきの悪臭を撒き散らす、ピーれキノコをあんな安い値段で取ってくる輩なんかピーまがおピーいピーーーーでしかないわ!」(※自主規制)
僕のせいなのか?
でもあれはギルドから指定されたからで、ライセンスの期限が切れていて仕方が………僕のせいじゃないか。
「あんな男に催眠丸を渡した私が馬鹿だったよ……抗議をしたが聞き入れやしないのさ。国に報告はしているが時間が掛かる。幸い記念式典に出席する為に、オウバイの国王がこの国に来ているからね、間に合うかどうかはギリギリの所だね」
ギ、ギリアンめ! 絶対に許さないぞ!
こんな事をしている場合ではない。レヴィを助け出さないと。
ふと、外の様子を見ると空は明るくなっている。すっかり話し込んでしまったようだな。
耳をすますと微かに音が聞こえている。
カーン、カーン、カーン。
こんな時間に鐘が鳴っている?
今まで聞いた事がないけど?
「オババ、この鐘の音が聞こえる?」
「うん? そう言えば鳴っているようだね? 教会の鐘のようだけど」
「教会で鐘が鳴るって……まさか!」
「結婚式かね?」
鐘だけに? って喧しいわ!
そうじゃない! 嫌な予感がする。
「レヴィ!」
僕はレヴィの名前を叫びながら部屋を飛び出した。
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