第22話 レヴィの受難 中


「少し待っててレヴィ!」


 ギリアンの館でレヴィと再会した。だけどレヴィはどこかおかしかった。妙な違和感を感じながら救出する事も出来ずに館から一人脱出して来た。


 しかし、ここからどう行動するべきか?


 僕にはレヴィ以外仲間は居ないしギルドは当てに出来ない。


「一人か……」


 この世界に来てから、レヴィを除外して、話をした人は数える程しかいない。


「こんな事になるならもっと人脈を広げておくべきだったな。今この帝都で使えそうな人脈は……」


 ゼロ……


 ぼっち確定だな。レヴィが居てくれればそれで良いかと思っていたが、今はそのレヴィが居ない。


「これは、詰みかな?」

「ここで何をしているのかしらハルちゃん?」


 知り合いなどいるはずの無い帝都で不意に掛けられたその声は僕にとっては救いの神になるのか、それとも破滅へと向かうのか、どっちだろうな?


 しかし、レヴィを救い出すには今の僕だけでは打つ手が無いのもこれまた事実だ。直ぐに踵を返し逃げ出したい衝動をなんとか抑えて振り向いた。


「やぁ、久しぶりだね。実は今困った事が起こっていてさ、手を貸して貰いたいんだけど良いかな?」

「あら、そうなの? まあ、私と貴方の仲なんだから、そんな水臭い事言わないで欲しいわねん」

「ありがとう、助かるよリア」


 そう、僕に声を掛けて来たのは元クラーキア自警団の創設者であり隊長でもあったマトリカリア、通称リアである。身長は二メートルを超える巨漢であり髭面の強面でありながら、その内面は女性であると言う変わった人物。もとい変態だ。


 一度だけ僕と戦い、この世界に来て初めて奥の手を使わされた強者である。


 ちなみに服装はというと、高尚過ぎて僕には全く理解出来ないのだけど、せめてクラーキアの自警団の制服を着ていてくれればこんな風に目が眩む事も無かったのだが、何故かピンクを主体にしたフリルが大量に付いたゴスロリチックな服を着て、頭にはボンネットを被り、胸元にはご丁寧にジャボまで付けている。その上、ピンク色に白のレースをあしらった日傘を差して佇んでいる。


 これに力を貸して貰うのか? マジで?


 緊急事態じゃ無かったら、無言で通り過ぎて全力ダッシュを決めるその人物と、道端で会話をしていると周囲から好奇の視線をひしひしと感じる。


「それで? ナニをして欲しいのかしらん?」


 まずはその裏声をやめて欲しいとは、力を借りる立場なので決して言えない。髭面から出る裏声ほど、気持ちが悪い物は無いよ?


「ここじゃあ、詳しい話も出来ないから何処か別の場所で話そうか?」

「あら? 嬉しいお誘いねん」


 いや、違う違う!


 おいそこのお前、目を見開くな! 僕はそんな特殊な性癖なんて無いぞ!


 その場をそそくさと去り、個室がある喫茶店まで足を伸ばす。


「いらっしゃいませ。何名様ですかー?」

「あ、二人です。個室でお願いします」


 リアを見たウェイトレスのお姉さんもまた、驚愕の表情で口をパクパクさせている。やはりリアの破壊力は群を抜いているな。


「あの……ここはそういう事をするお店じゃありませんよ?」

「お茶を飲んで話をするだけだからね?」

「アッハイ」


 強い疑いの目線で個室に入るまでチラチラされたが、グッと堪えて室内へと入る。


「それで? ナニがあったの?」

「実はレヴィが……」


 数日前からの出来事を全て説明するとリアは首を傾げている。


「あのレヴィが結婚?」

「そうなんだよ、会いに行っても追い出されちゃってさ。どう思う?」

「有り得ないわね。あと羨ましい!」


 うん、それは聞いてないからね?


「でも、相手が他国の貴族だっていうのは少しばかり厄介ね。下手をすると国際問題に発展するものね」

「何か打つ手は無いかな?」

「そうねぇ、せめてレヴィ本人から救出の依頼でもあればねぇ」

「書類を偽造してギルドに依頼を出すとか?」

「バレたらコレよ?」


 リアは首元で手刀を作り振っている。死罪か……


「貴方はどうしたいの?」

「あの違和感の正体を確かめたいんだ。その為にもう一度レヴィと話がしたい」

「忍び込めば良いじゃない。一度出来たんだから行けるでしょう?」

「いや、もう警戒されているから無理だろうね」

「そう、それなら……一つだけ手はあるけど」

「本当に?」

「ええ、お姉さんに全て任せておきなさい!」


 その厚い胸板をドン! と叩いたお兄さんに任せる事にしよう。


「ありがとうございましたー」


 喫茶店を二人で出た。


 出来れば別々に出たかったし、会計も別にしたかったのだが、レヴィ救出の為に渋々二人分のお金を払う。


 いや、お金が惜しいわけではないよ?


 ただ世間からの熱い視線が気になる年頃だから仕方ないよね?


 おい! 腕を組もうとするなよ。いやいや、絞まってるから! 


 リア、関節を決めるのは腕を組むのとは違うんだからな?


 そのまま関節技に耐えていた僕をリアは一軒のお店に連れてきた。


「リアさんや、僕がこのお店に入るの?」

「そうよ、素敵なお店でしょう? 私の今着ている服もここで作ったのよん」


 連行されたのはお店の前に、とても可愛らしい服が所狭しと並べられていて入るどころか近づくことすら躊躇うようなゴスロリ服専門店だった。


「あらー? お姉様じゃないの? まだ注文された服は出来ていませんわよ?」

「マーガレットちゃん今日は別件なのよん」


 うわぁ、この絵面は酷いな。リアにはそろそろ慣れて来たが、マーガレットと呼ばれているリアの知り合いだろうか? 二人が並ぶと圧が増して非常に暑苦しい物があるぞ?


 身長二メートルを超えた巨漢同士のハグなんて、どんな層に需要があるんだよ! 顔までそっくりだし!


「ハルちゃん、紹介するわね。私の妹のマーガレットちゃんよ」

「宜しくお願いしますわ」

「アッハイ」


 くそう、思わず言ってしまったわ!


 その紹介された弟のマーガレットさんとリアがそれはもう楽しそうに話をしているが、内容はとても不穏な話だった。


「そうなの? じゃあ彼にも一着見繕えば良いのね?」

「そうよん。お願いできるかしら?」

「もちろんよ! また私達の同好の士が増えるのね!」


 いや違う! 断固として抗議するぞ!


「リア? 何で僕がこの服を着る話になってるのさ? そんな約束した覚えはないよ?」

「ハルちゃんはレヴィと話が出来れば、それで良いのでしょう?」

「そうだけど……」

「昔馴染みが結婚するんだもの、私がお友達を連れて、お祝いに駆けつけてもおかしくないでしょ?」

「それで?」

「ハルちゃんは面が割れてるんだから変装しないと館には入れない、違う?」

「違わない……」

「この服を着ていけば、間違いなく館に入れると思わない?」

「思いたくないけど、入れると思うよ……」

「じゃあ決まりね!」


 うわ、何をする!


 はーなーせー。やめろ、服は自分で脱げるから大丈夫だって!


 おい! 下着まで脱ぐ必要は無いだろう? こら、リアどこを触っている? そこは僕のエデンの園だぞ? マーガレットまで許可なく触るな!


 腕を拘束するんじゃない! 痛いから止めろって! 何だって? 抵抗するからだと?


 冷たっ! おいぃぃ! お前ら僕のエデンに何を塗ったんだ? ヌルヌルしてるけど?


 そこはらめぇぇぇぇ。


 このままじゃ、不味い。こうなったら仕方がない。お前達は失明してしまえ!いや、いっその事失命しろや!


 光源MAXバージョン!


「眩しっ!」

「何よいきなり!」

「キャッ」


 ふう危なかった、もう少しで僕の大切なエデンの園が汚される所だったよ。


「二人とも反省しろ! 何を考えているんだ、全く!」

「ごめんねぇ。テンションが上がっちゃったの」

「お姉様に釣られてつい」

「ごめんなさい。でもエデンに生えていた毛が気になってしまって、除毛クリームを塗っちゃったの」


 うん? 最後は誰の声だ?


「デイジー、ハルちゃんに謝りなさいよ?」

「そうよ? 謝罪しなさい!」

「アンタ達が言えた言葉か!」


 二人の頭に手加減せずに鉄拳を落とす。


 ゴン! ゴン!


「「痛いわ!」」

「黙れよ、痛くしたんだよ!」


 ふう、すっきりしたわ。


「それでそっちの子は誰だい?」

「私の妹よ」

「義理の妹か……」

「やーねぇ、ハルちゃん。本当の姉妹よ?」

「妹のデイジーです。このお店で裁縫を担当しています。先程は勝手な事をして御免なさい」

「ああ、分かった。もう良いよ」

「ハルちゃんは優しいわね。ありがと」

「お前達はダメだ!」

「何でよぉ!」


 それにしても、本当に血が繋がっているのか? コレと、この子が?


「あの、私はお母さんに似たんです。だから……」

「良かった……本当に良かったね」

「ええ、下手をすると私もああなっていたと思うと、寒気がします」


 何気に、さらっと毒を吐くなこの子は。


「さてと話がかなりそれたんだが、何だっけ?僕がこの服を着てリアと一緒にレヴィに会いに行く。だったよね?」

「そうよん」

「服はいつ出来る?」

「お詫びの意味も込めて明日の朝までには徹夜をしてでも仕上げます!」

「リア、アポを取っておける?」

「任せておいてねん」


 これで会う事だけは何とかなりそうだな。後はレヴィに会ってからどう行動するかが決まるな。明日の為に今日はゆっくり休もう。色々ありすぎて流石に疲れた。


「僕はこれで休む事にするよ。明日また来る」

「あら? ハルちゃん。それならウチの二階で休んでいいわよん」

「身の危険を感じるから、止めておく」

「やーねぇ、ナニもしないから」

「さっきしたじゃ無いか!」

「もうしないから。今からだと宿に着いてもすぐに起きる時間になるわ。明日は大事な日なんでしょ?」

「分かった。甘えさせて貰う。けど部屋には絶対に入るなよ?」

「「「はーい!」」」


 三人に念押しして、部屋を借りた。もちろん部屋の鍵を入念に確認して、扉にはバリケードを作り、床についた。


 布団の柔らかさに身を委ねるとすぐに眠りに付いてしまった。


 どの位寝ていたのか、目を覚ますと体の節々が音を立てて軋む。


 しかし昨日は鍛錬をサボってしまった。反省しなくてはいけないな。痛みを自覚出来る程まで回復しているのがその証拠だ。鍛錬は痛みを自覚してからが始まりなんだよね。


「起きるか」


 独り言を呟いて布団から這い出した。体におかしな事は無い。どうやら三人とも約束は守ったようだな。


 バリケードを退かして部屋を出て一階へと向かう。


「ハルちゃんおはよう」

「リア、助かったよ。久しぶりに身体を休めることが出来たよ」

「いいのよ、それより出来たわよ!」


 部屋の隅にはデイジーが床で丸くなり、スヤスヤと寝息を立てている。どうやら服を作り終えて、そのまま寝てしまったようだ。


「デイジーちゃんの渾身の一着よ! さぁハルちゃん着替えてきて。もうすぐ時間だから」


 リアは約束通りアポを取ってくれたみたいだな。さて、着替えだけど……


「いいか? 絶対に僕が出てくるまでそこにいろよ?」

「ハルちゃん? ナニも縛らなくてもいいじゃない!」

「そうよ! 私達がそんなに信用出来ないの?」

「出来るか! アンタ達は昨日僕に何をしたか覚えていないのか?」


 二人をロープでグルグル巻きにして、奥の部屋に入り着替えを始めた。


 白と黒のモノトーンカラーのその服は僕の身体にピッタリと合っていて肌触りも良くすんなりと着替える事が出来た。


 あれ? そういえば採寸はした覚えはないぞ? 何故こまでピッタリ作れたんだ?


 まさか……


「リア、マーガレット、やけにサイズがピッタリだけど採寸はいつしたんだ?」


 二人揃ってそっぽを向き下手な口笛を吹いている。


「お前達!」

「「ゴメンなさーい」」


 取り敢えず鉄拳をお見舞いしておいた。


「でも、ハルちゃん似合っているわよ」

「そうそう、最っ高よね!」


 大きな鏡に映った自分を見てみると、我ながら確かに似合っているとは思う。


 何だろう?


 僕、こんな華奢な体型してたかな?


 胸も少し膨らんでいるような……


 まさか!


 嫌な予感がして、自分に鑑定を使用してみる。


名前 ハルト


種族 人属


年齢 17


職業 無し


技能 鑑定LV1 光魔法LV2 短刀LV1

   忍び足LV1索敵LV1  長剣LV1

   格闘術LV1 女装LV3


特殊 物理耐性LV1


固有 ラーニ€*


称号 無し


 おいぃぃ! お前の仕業か!


 女装よ。しかも何でレベル3まで上がってるんだよ! レベルが上がりにくい無職の設定は何処よ?


 着替えただけで女装のレベルが上がった事で一時間程部屋の隅でいじけてしまう僕だった。


 他のスキルも上がってよー。くすん。

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