第21話 レヴィの受難 上
「ふぅ、危なかったわ。いくら何でもあの臭いは嗅ぎたくないわ。ハルトには悪い事をしたけど、自分の責任なんだから仕方ないわよね」
ハルトの元をまんまと逃げ出したレヴィは一人、帝都を散策していた。
「久しぶりの帝都だけど、変わってないわね」
約二か月の間、休養の為スターチスまで赴いていたレヴィが偶然ハルトと出会い、再び帝都へと帰ってきた。
「だけど、不思議な気分だわ。ハルトとは昔からずっと一緒にいる様な気がするけど、まだ二か月しか経ってないのねぇ」
ハルトと過ごして来た短い時間を思い出しながら、感慨にふけっているレヴィは、背後から自分の跡をつけてくる一つの気配を感じ取っていた。
「しかし、下手くそな尾行をするもんね。気配も消さずに、ただついて来ているだけじゃないの」
その尾行者を見定める為に帝都をブラブラしていたレヴィだが、一向に諦める気がない様で、どこまでも着いてきている。
「面倒くさいなぁ。ここは一つ本気を出しましょうかね?」
自分の今いる場所を確認し早足で歩いた後に、とあるお店の扉をくぐる。
「あら、レヴィちゃんじゃない。久しぶりね」
「おばさん、こんにちは。ちょっと裏口を借りても良いかしら?」
「あら? 何か揉め事?」
「多分大丈夫よ。おばさんには迷惑はかけないからね」
「そう、裏口くらいならいくらでも使って頂戴」
「ありがと、今度は何か買うから。ごめんね」
「いいのよ、気をつけてね」
勝手知ったる他人の店。裏口まで迷う事なく進み、扉を開ける前に外を伺い、誰もいない事を確認してから外へ出る。
「ふん、チョロイもんね」
これで気兼ねなく行動出来る。そう考えてレヴィは叔父のサグザーからの依頼を済ませる為に再び帝都の街を歩く。
しかし、目的の魔道具屋へ到着したレヴィを待っていたのは一枚の張り紙であった。
私情によりしばらくの間閉店致します。開店は二週間後の予定としております。あしからず。
シャム魔道具店
「まったく、ついてないわね。帝都に着いてそうそうにギリアンに見つかるわ、依頼の魔道具店は閉店中だし、私、何かしたかしら?」
しかしこうなっては依頼をこなす事もできず、開店を待つしかない。
「えーと、日付は? なによ、後四日も残ってるじゃない。ハルトが戻って来るまで、家に帰ってのんびりしてるしかないわね」
無駄足を踏んだレヴィは自宅へと向かう。そこで一人の男が自宅前で所在なく佇んでいた。
「やっと帰ってきたのか。レベッカ」
「アンタが何でここに……」
「ジニア帝国皇帝の在位二百年記念式典だぞ。私が出席しないはずがないだろう? これでもオウバイの外務大臣なんだからな」
「そう? それで私に何か用?」
「父が娘に逢いに来ておかしいか?」
レヴィの目が暗く光る。
「はんっ! おかしいか、ですって? 父親らしい事なんて何一つしていない癖に、今更父親面するわけ?」
「何だその口の聞き方は!」
「お気に障ったらごめんなさいね。なんせ父親からは、ろくに教育を受けてないもので」
「貴様……」
「アンタと話すことなんて何も無いわ。帰って」
父親を押し除けて自宅へ向かうレヴィだが、腕を掴まれて引き戻される。
「そうはいかない。話を聞きなさい、レベッカ」
「アンタにその呼び方を許した覚えはない! 気安く呼ぶんじゃないわよ!」
「黙りなさい」
お互いに睨み合う事数分、その空気を更に悪くする人物が登場する。
「父に向かってそれはないだろう? レベッカよ」
「最悪……」
「婚約者にもそんな事を言うか!」
「アンタと婚約した覚えもないわよ? ギリアン」
「そうか、だがお前の父親はそうは思っていないようだが?」
自分の腕を掴む父親を睨みつける。
「アンタの差し金なの?」
「何が不満なんだ? ギリアンは我が一族の次期族長に成る男だ。これはお前の為なんだよ?レベッカ」
「アンタが大臣でいる為だけに、支援者を必要としているから自分の身を黙って差し出せって素直に言ったらどうなのよ!」
「そう言えば従うのか?」
「そんな訳ないでしょ? お断りよ!」
「レベッカ、事はもう動いている。今更変更など出来んのだ」
ギリアンが軽く指を弾くと、背後に控えていた数人の男達がレヴィを拘束しようと近づいてくる。
「力尽くって事? つくづく見下げ果てた男ね、情けないと思わないの?」
「ふはは、全く思わんな。強者に弱者が従うのは当たり前だからな」
「アンタは黙って見ているの? それで父親だって言うんだからお笑い種だわ」
「レベッカ、これがお前のためになるんだ」
「ふざけない……うっ」
拘束されたレヴィの腹に大きな拳を叩き込むギリアン。
「連行しろ!」
「はっ!」
男達に連れ去られるレヴィを見送りながらギリアンに抗議を行うレヴィの父。
「ギリアン、手荒な真似はしないと言ったじゃないか」
「黙れ! 自分の娘にあんな反抗的な態度を取らせている情けない男が口を出すな!」
「しかし……」
「心配するな、今だけだ。さぁ行くぞ」
そしてその場には誰もいなくなった。
―――――――――――――――――――――
「これで大丈夫ですか?」
「はい、確かに確認しました」
「ああ、良かった。これで後二か月は依頼をやらなくても良いんですね?」
「あの、そういうことでは……」
受付嬢の冷たい目線を軽く流しておいてギルドの一階を歩きながらレヴィを探す。
「だけど、思っていたよりも早く終わったなぁ。レヴィは何処にいるんだろ? ギルドで待っていてくれてる物だと思っていたのになぁ」
辺りを見てもレヴィの姿は何処にも見当たらない。
「あれ? そう言えば待ち合わせ場所とか決めてないよな? どうしようかな」
一人の時間が多いせいか独り言を言ってしまう癖が付いてしまったな。ああ、レヴィ成分が足りない!
ギブミー、レヴィニウム!
仕方なく宿を探して一泊した次の日。またギルドへ向かってみたが、レヴィは何処にも居ない。
これはおかしいぞ?
いくらなんでも一日ギルドに居座っていたのに姿を見ないなんて、有り得ないだろう。
受付嬢のお姉さん達からの冷たい目線を受けても耐えていたのに。
その上にだよ?
「あの、邪魔です」
この一言がどれだけ僕の心を抉ったのか君に解るかい、レヴィ?
しかし、その次の日もその次の日もレヴィが姿を見せる事はなかった。相対的に受付嬢の視線や態度が悪くなっていく一方だった。もちろん、ただギルドで待っていただけで無く、帝都を歩き回って探していたのだが、その行方は全く分からない。
レヴィが居なくなって一週間が経過して、一つだけ分かった事は、僕がファンガス領に行ったその日から行方をくらましているということだけだった。
「まいったね。帝都には知り合いも居ないし、どうしたもんだろうねぇ」
こんな時には警察へ相談する?
ここでの警察はどこだろう?
やばいなぁ、知識が足りない。レヴィに頼っていた自覚はあるけど、ここまで頼りっぱなしだとは思っていなかったな。
そうして思いついたのはやはりギルド。レヴィもギルドの一員なのだから、ギルドの力を借りても、そうおかしな事でも無いだろう。
「それで今日はどういった御用でしょうか?」
うっ、口調は丁寧なんだが視線に攻撃力が乗っているようだ。つまり痛い! しかし、怯んでいる場合でもないよな。
「レヴィの居場所に心当たりありません? もう七日も会っていないんですよ」
「レヴィ……ですか。そう言えば最近見ていないですね。ちょっとお待ち下さい」
受付嬢は他の受付嬢の元へ行き情報を集めてくれているようだ。そしてすぐに別の受付嬢が僕の側までやって来た。
「ハルトさんでしたよね? 彼女、レヴィは結婚の準備をしているようですね。だからギルドへは来ないと思いますよ?」
な、なんだってー!
いや、こんなことをしている場合じゃないよ! 血痕だって? いや違う。そうじゃなくて、大事件じゃないか!
ヤバイな。少し落ち着けよ。
加速する思考を落ち着かせて深呼吸する。
それで血痕ではなく、結婚だろ?
うんうん良くある奴だよね?
レヴィが? 結婚? 嘘だろ?
「相手はどなたです? 是非お祝いに行ってあげないと」
この拳でね!
「あら、随分と落ち着いていますね? 貴方なら結婚相手の家に殴り込むと思ったのだけど」
「ははは、まさか! この僕がそんな無謀な事をする訳が無いでしょう?」
するする。だから相手を教えろって!
「そうですか。お相手は同じ一族のギリアンさん。貴方が暴行を加えた人ですよ」
「アイツか……」
「あの? ハルトさん?」
「何か?」
「ダメですよ?」
「何がです?」
「レヴィの幸せを壊さないで欲しいの」
「幸せ……ですか?」
「彼女のお相手は立派な方なのよ? 次期族長はもう決定したような物だし、それにオウバイでは貴族として功績も多い方なの」
「だから?」
「ギリアンさんと結婚した方がレヴィは幸せになれるわ。だから邪魔しないであげて? お願いよ」
「本人が望んでいない結婚でもそう言えますか?」
「今はそうでも後から良い結果になる事もあるでしょう?」
「そうならない事もある。だから確かめるんです。本人の気持ちをね」
その受付嬢、ファニーさんに固く念押され、決して手荒な真似はしないと誓わされてやっとの事で教えて貰ったレヴィの居場所は、あのギリアンの帝都にある別邸。
手荒な真似は自分からはしない。そう誓ったけど、忍び込まないなんて言ってないもんね。あくまでも手荒な真似だけだから。
夜を待ち、ザルな警備の隙をついて屋敷内に侵入した。二階へと上がり昼間に見当をつけていた部屋の前まで難なく到着する。
扉には鍵は掛かっていない。ノブを回し室内へ侵入する。そして見つけた。レヴィだ。
「今晩は、レヴィ」
「ハルト……ここを何処だと思っているの? 貴方が居て良い場所じゃないのよ?」
「そう? レヴィが居るから平気かと思っていたよ」
「仕方のない人ね、ハルトは」
「レヴィ、帰ろう」
「何故? ここは私の部屋よ。何処に帰ると言うの?」
「一緒に大迷宮に来てくれるんだろ? 約束した」
「ああその事ね。忘れていたわ。でもごめん、私は行けないのよ」
「約束を破るんだ? レヴィに取ってはその程度の事だったんだね」
「そうね、子供のお遊びかしら?」
「レヴィ……」
「さぁ、もう帰って。私は結婚式の準備があるの。だからハルトと遊んでいる暇なんて無いのよ」
「じゃあ何で泣いているのさ?」
「泣いてる? そんな訳……」
ハルトを何故か拒絶するレヴィの瞳からは、ひとすじの涙が流れている。
「なんで……?」
「本当はここに居たく無いからじゃない?」
「そんな事無い! 私は結婚するのよ!」
「誰と?」
「誰ですって? それはね、それは……あれ?」
「自分が誰と結婚するか分からないの?」
「まさか、そんな訳ないわよ。私は、私は」
レヴィの大きな声を聞きつけたのか部屋の外から足音が聞こえてきた。
「レヴィ! また今度遊びにくるよ! 次は来やすい様にギルドへ僕宛に招待状でも出しておいてね」
窓を開けて外へ飛び出した。背後からは怒声が聞こえている。
間一髪って所だな。
しかしやっぱりというか、レヴィは何処かおかしかった。いつもの様な打てば響くような返答では無く、何かに操られているかのような雰囲気がする。
これはもう少し調べてみないといけないな。幸いレヴィにすぐに危険がある訳ではなさそうだしな。
「少し待ってて、レヴィ」
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