第20話 キノコを求めて
ギルドを出た僕は帝都を離れ、とある森へとやって来ている。
「久しぶりに一人になったな。最近はいつもレヴィが一緒だったから、なんだか寂しいね」
そんな独り言が出るくらい憂鬱な気分。どんな時でもレヴィは一緒に居てくれたのに、今回に限っては着いて来てくれなかった。
「ハルトごめんね。流石にアレは無理。その代わり叔父さんの依頼は私がやっておくから。じゃ、じゃあ頑張ってね!」
持ち運び用に予備として使っていた、ウエストポーチ型のマジックバッグを渡した瞬間に、脱兎の如く駆け出したレヴィ。確か君、猫の獣人だよね?
「だけどナゲキダケか、どんな臭いがするのやら」
森の入り口まで来たがまだ変な臭いはしない。森の様子を見ると生えているのは広葉樹の様だ。想像とは少し違うな?
さぁそれでは森に入ってさっさと依頼を終わらせよう。そうして一歩踏み出した僕に声が掛かる。
「勝手に森へ入るんじゃない!」
その声の主は馬にまたがり僕を警戒しているみたいだ。
「あの、許可は貰ってますよ? ほら、これです」
ギルドを出る前に貰った許可証を見せる。
「ふん、ハンターか。それならばこの森の事は知っておるだろう?」
「いえ全然知りませんよ? ただ、この森で取れるキノコを採取する依頼を受けたので取りに来ただけですよ」
「命知らずも大概にしておくんだな。そんな装備では危険だ!」
「大丈夫だ問題ない」
「馬鹿者が! 問題があるから言っておるのだ!」
そうかな? でも、大体の推測はできてるんだよなー
多分あのキノコだと思うんだけどな。
「大丈夫ですよ。迷惑はかけませんから」
「そうはいかん、この森は我が領地の一部なのだからな」
「領地? ここを管理している方ですか?」
「その通りだ!」
「そうですか、僕はハルトと言います。ギルドの仕事でこの森に入らないといけないんです。ギルドの許可は貰ってますが、貴方にも許可を頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「ほう、ハンターだというのに、お主、礼儀を知っておるな」
「管理をなさっている方に対する当然の礼儀では?」
「ふむ、いいだろう。但しお主一人にする訳にはいかん! ワシも共に着いていくとしよう」
一人の方が気楽で良いんだけどな。だけど断ったら断ったで面倒な事になりそうだし、我慢するしかないかな?
「分かりました。宜しくお願いします」
「うむ、では行くぞ!」
その人はこの森周辺を治める貴族で、名前はファンガス男爵と名乗った。言葉遣いは堅苦しい感じだが、案外気さくな人で色々話しかけてくれたりして気を遣って貰っている。
「あの、ナゲキダケの事を教えてもらいたいんですけど、どんな物なんです?」
「なんだ、知らんのか?」
「とても匂いが強いキノコとしか聞いていなくて」
「ふははははは、お主に教えた奴は随分と控えめに伝えたものよな」
「あー、いや、はっきりと臭いと言ってました」
「その通りだ! その臭いで気絶する者が何人もおっての、気がついてもまたその臭いにやられ気絶する。それを繰り返して死んだ者まで現れての。それからはこの森は立ち入り禁止にしておるわ」
気絶ループか。
「でも、この辺りは別に臭いはしませんよ?」
「うむ。かなり奥まで行かんとな。アレが生えておるのはまだ先じゃからの」
「男爵はそのキノコを食べた事はありますか?」
「食べるじゃと? アレをか?」
「キノコなんでしょう?」
「それはそうじゃが……正直アレを食べようなどと言った強者は今のところお主くらいじゃの」
「毒があるとかですか?」
「いや、誰も食べた事はなかろうよ。毒以前の問題だしの」
ふむふむ。じゃあ僕が初めての人間になるかもな。
しばらく歩き、森の雰囲気が変化しだした。木の葉が尖った針葉樹に変わり始めている。
「この辺りにありそうですね?」
「おお、分かるのか」
「ええ、大体ですけどね」
日本で得た知識だが、それはここでもある程度は通用するみたいだな。赤松と呼ばれる針葉樹の周辺に生え、秋の味覚として日本で珍重される、キノコの王様。
よしっ! 見つけたぞ!
エリンギ!
「何でぇぇぇぇー⁉︎」
「何じゃ? 急にでかい声を上げて?」
「いや、想像と少し違ったので……」
何でだろうな? この世界はちょいちょい僕を裏切ってくる。
見た目はどう見てもエリンギにしか見えない。取り敢えず採取してみようと手を伸ばした。
するとそのエリンギはすっくと立ち上がり、二本の短い足でトッテッテーと走って逃げて行った。
「コイツ動くぞ!」
「ああ、それはモドキダケじゃ」
「モドキダケ?」
「さよう。見た目はキノコじゃがな、妖獣の一種じゃよ。なに、人間には無害な物じゃ。ナゲキダケはもう少し先に生えとるじゃろう。臭いがして来たからの」
確かに少しだけだがあの独特の香りが漂ってきている。この香りは外国の人からすると悪臭に感じると聞いた事がある。この世界でも同じ扱いなのかも知れないが、日本人である僕には食欲をそそる香りだ。
奥へ奥へと歩き続ける事一時間。そこで見つけたのはやはり松茸。しかもそこら中に何本も生えている。
「これですね?」
「そうじゃが、お主何ともないのか?」
「ファンガス男爵こそ平気そうですよ?」
「ワシは長年この森周辺に住んどるからの」
地面から一本だけ抜き取り香りを嗅ぐ。
「うん、少しだけ香りは強いけど間違いないな」
「お主変わっとるのう。ナゲキダケをそんな風に扱っとるのは初めてお目に掛かるわい」
「僕が住んでいた地域では普通に食べられていましたからね」
「なんと! これをか?」
「まったく同じ物とは限りませんけどね。それより、ここで火を焚いてもいいですか?」
「後始末をするなら別に構わんが、何をするつもりじゃ?」
「勿論、食べるんですよ」
風が当たらない場所にバッグから取り出した薪を組み上げて、発火布を使って火を付ける。
火が起きるまでの間に、ナイフを使って串状に枝を削り、先程採取したナゲキダケを刺しておく。そのまま軽く炙ってから塩を振って出来上がりだ。
「いただきます!」
熱々のキノコを二つに裂いて口に放り込む。
「お、おい、大丈夫なのか?」
シャキシャキした歯応え、いやコリコリと言った方が近いか?
味はまぁキノコだね。そもそも松茸は味よりも、その香りを楽しむ物だからな。でも美味しい!
「だけどなぁ。醤油が有ればもっと美味しいかも?」
「醤油とはなんだ?」
「国でよく使われていた調味料なんです。豆と麦と塩を使って作る、発酵させた調味料ですかね?」
「おお、それなら待っとるぞ!」
「えっ?」
「ほれ、これじゃろう?」
ファンガス男爵が出して来たのはガラス瓶に入った真っ黒の液体。
「味を見ても良いですか?」
「構わんぞ?」
瓶から少量手のひらに垂らし舐めてみる。
「醤油じゃん! まじか!」
「それはの、我が領地で作った物での。セウユと言うのじゃ! 領地を巡察する時の昼食を作る時に良く使う調味料なのでな、常に携帯しておるのじゃ」
まんま醤油なんだけど? そんな事より味見味見と。
さらに何本かのナゲキダケを採取して串に刺して再び炙る。男爵から貰ったセウユを軽く掛けて一口。
「美味っ! やっぱりこの味だね!」
「そ、そんなに美味いのか? ワシにも一口貰えんかのう?」
僕の食べっぷりに男爵は興味をそそられたようだ。
「どうぞどうぞ。まだ一杯ありますし」
串ごとファンガス男爵に手渡すがやはり躊躇しているみたいだ。無理もないか、男爵に取ってはただの臭いキノコなんだからな。
「食べないんですか?」
「ええい、ままよ!」
男爵は意を決して齧り付いた。
「おお、これは!」
「どうですか?」
「美味いぞ! こんなに美味いものか! この歯応えがたまらんわい」
「そうでしょう? あ、そうだ、依頼の事をすっかり忘れていた。取って行っても良いですか?」
「うむうむ構わん。好きなだけ持っていくと良い」
男爵は快諾してくれたので、全く遠慮せずに辺りのナゲキダケを根こそぎ頂いた。
「いや、何もそこまで持って行かなくて良いのではないか?」
「えっ? でもまだ一杯ありますよ?」
更に周辺を一時間程掛けて採取した結果、約一千本のナゲキダケがバッグに入った。いやー、大量大量!
「そこまで遠慮なく持って行かれると逆に気持ちがいいもんじゃの。ワシはお主を気に入った! いつでも我が領地へ遊びにくるがよいぞ」
ファンガス領のフリーパスを手に入れた!
いや、ファンファーレは要らないからね?
「ありがとうございます。でもこんなに美味しいのに誰も食べないのはもったいないですね」
「そうじゃのう、ナゲキダケは今まで錬金術の素材としてしか使用されておらんかったからの」
「へぇー、錬金術ですか」
「さよう、この強い臭いを利用して催眠効果のある薬を作れるらしいの。ワシは錬金術など全く解らんから聞いた話じゃがな」
「薬ですか、食べた方がいいのにな。ファンガス男爵がご当地グルメとして売り出してみたらどうです?」
「ご当地ぐるめ? なんじゃいそれは?」
「その地域でしか取れない特産品を使用して作った料理をご当地グルメと呼んで、地域を活性化させる現金の収集方法ですよ」
「ほぅ、現金か」
ファンガス男爵の目がキラリと光る。うんうん現金は大切だよね。
「今だけとか、期間限定とかそんな素敵な貴方にとか適当に煽れば何も考えていない輩がその言葉に釣られて殺到して買っていくんです。閉店セールとかもそうですね。ただの販売戦略なのに無知な人間が簡単に踊らされるんですよ。滑稽ですよね?」
「ふむ、しかし効果はありそうじゃの?」
「それは保証しますよ。短期間でいかに大勢の人間を煽るかで成否が決まりますから、良く考えてからやった方が良いですけどね」
「しかし、ナゲキダケを人に食べさせるのは、ちと難しいかもしれんの」
「むー、そうですね。いっそのことゲテモノ料理とかで売り出してみたらどうです?」
「ゲテモノ料理?」
「ええ、普通なら絶対に食べたくない食材を変わった料理として提供して、好奇心をくすぐる戦略ですね。ああ、勿論料理が美味しくないとすぐに破綻しますけどね」
ファンガス男爵は難しい顔で考え込んでいる。
「焼いただけでは駄目かの?」
「足りませんね。すぐに飽きられてしまいますよ? 食材や調味料があれば種類は増やせるから、醤油はあるし、せめて米があればなー」
「米ならあるぞ?」
「えっ?」
「米はウチの領地で作っとる」
これは……いけるか?
米があれば炊き込みご飯が作れる。土瓶蒸しと焼き松茸、あとはお吸い物で定食の出来上がりだ!
数年後このゲテモノ料理屋、嘆きの館が大繁盛してファンガス男爵から感謝されるのだかそれはまた別のお話。
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