第14話 クラーキアにて

 何故こうなるのか?


 警備隊の詰所内の牢で考え込んでしまう。この世界に来て、もう一月になる。その間に牢に入るのはこれで二回目。


「いやな習慣だな」


 狭い室内でゴロリと横になり、何もする事が無いので、ついつい独り言が出てしまう。


「レヴィはどうしてるかな? また心配させてしまったかな? だけどアレはなぁ、逃げるしか選択肢ないだろう。食われるかと思ったもんなぁ。二重の意味で」


 あの化け物が現れた瞬間のおぞましさは計り知れない、全身の毛が逆立っていた事を思い出す。


「いやいや、アレはもう忘れよう。こんな時はやはり修行だな」


 まずは今の自分の状態を調べる。


名前 ハルト


種族 人属


年齢 17


職業 無し


技能 鑑定LV1 光魔法LV1 短刀LV1

   忍び足LV1 索敵LV1 長剣LV1

   格闘術LV1 女装LV1


特殊 物理耐性LV1


固有 ラー#€*


称号 無し


 うそん。何かヤバいものが増えているぞ?


 女装って何だよ!


 お願いカケラさん、変なもの覚えないでくれるかな? 


 いったいどこから拾ってきたんだ?


 もしかしてアレなのか? 


 あの化け物から学習しちゃった感じ? 


 しかも女装ってスキルなのかよ!


 レベルが上がったらどうなる? 誰にも見破れない完璧な女装とかになるのか?


 激しく要らんわっ!


 新しいスキルに打ちのめされた僕は不貞寝を決め込む事にした。


 修行? やる気ないわー


 少しの間、悶々としていたが旅の疲れからか、すぐに眠りについてしまっていた。


 翌朝、窓から差し込む日の光で目が覚めた。


「ううん、あれ? もう朝かな。明るくなっている」

「おはよう、清々しい朝ねん」


 声のした方へ恐る恐る振り向いてみると、そこには昨日の化け物が身体をくねらせていた。


「近づくな!」

「あら、ご挨拶ねん。朝の挨拶はおはようって言うのよん。ほら、言ってみて」

「いいから、僕に近づかないでくれ!」

「そう? でも昨日の夜はあんなに激しかったのに、今更ね」

「お前ぇぇぇ! 僕になにをしたぁぁぁ!」


 何だ? 寝てる間に何かされたのか?


 体はおかしいことは無い……筈だ。


 痛い所も無い。


 お尻は……大丈夫だ問題無い。


「元気がいいわねん。お店の前で熱い抱擁をしたでしょう、覚えてないの?」

「店の前? いや、締め落とされた記憶はあるけど、それ以外は覚えて無い」

「そうそう、それよ。二人で仲良く絡み合ってまぐわったでしょ?」

「捏造すんな!」

「うふふ、忘れられない大切な思い出よん」

「ふざけんな! 貴様の記憶ごと抹消してくれるわ!」

「隊長……お遊びはその辺でおやめ下さい」


 部屋の中にはもう一人男が居た。


 どうやらこの化け物の部下のようだ。


「さて、それでは取り調べを行う。昨晩の事だが、飲食店、ウナギ万歳の店前において乱闘騒ぎを起こしたという事だが、これに間違いは無いかい?」

「いや、間違ってますね」

「そうかい? どこに間違いがあるか教えてもらえるだろうか?」

「僕はただチンピラに絡まれただけで、何もしていないですよ?」

「周りの人達に聞き取りしたところ、絡まれたまでは合っているが、近づいて来た男に暴力を振るったそうだが?」


 おや? そんな筈はない。師匠直伝の便利技の見えないパンチがその辺にいる人に見えるとは思わないけどな?


「何もしてないです。近づいて来た男が急に倒れただけです」

「そうか分かった。しかしだ、それならば何故逃げ出した?」

「それは……貴方はおぞましい存在の化け物と出会った事はありますか?」

「いや? せいぜいこの街周辺の魔物くらいならあるが、それが何か?」

「僕はあそこで出会ったんですよ! 化け物に! その姿を見て命の危険を感じ咄嗟に逃げ出したというわけですよ」

「なる程。しかしそんな化け物の存在は報告には無いが、どんな奴だったんだ?」

「それは……貴方の後ろに!!」


 そう叫び、男の背後を指差す。


「なんだとっ! 貴様は……なんだリア隊長じゃないか。君、驚かさないでくれ」

「その人ですよ、僕が見たのは。だから逃げ出したんです。どこかおかしなところあります?」

「ああ……いや、大体の事は把握した。それなら君は無罪という事になる」

「そうでしょうとも」

「うむ」


 ガッチリと握手を交わし、お互いうなずき会う。


 二人の男の心が通じ合った瞬間だった。


「なーにが通じ合った瞬間だったよ! この馬鹿ハルト! いつもいつも私に心配ばっかりさせて、いい加減にしなさいよ!」

「あれ? 聞こえてた?」

「聞こえてたじゃないわ!」


 プンプンと音が聞こえて来そうなほどの怒りを露わにしたレヴィが部屋に入って来た。


 猫耳がピコピコ動いてて癒されるわー


 怒っていても可愛い。レヴィは正義だ!


「リア、悪かったわね。私の連れが迷惑を掛けて」

「いいのよん。私と貴女の仲じゃない。それにあの子中々良いわね。一度本気でお手合わせをお願いしたいわねん」

「お断りだっ!」

「ハルト。リアはそう言う意味で言っているんじゃないのよ、ねぇリア?」

「もちろん、両方の意味で言っているわん。昼も夜もどちらもお願いしたいわねん」


 するとさっきまで普通に会話をしていたレヴィの背後に修羅が降臨した。


「リーアー? ハルトに手を出したら例え貴方でも、ヤルわよ?」

「じょ、冗談よ。レヴィの物に手は出さないから、昔からそうしていたでしょ? だから怒らないで!」


 レヴィは怒らせると怖い。しかし今のレヴィはそれどころではない。あれだけの殺意を向けられると屈強な男でも太刀打ち出来ないだろう。


 僕も気をつけないとな。


「ハルト」

「はい」

「貴方は何か言う事は無いの?」


 不味い、どうする?こんな時は師匠の教えは……そうだ!


「御免なさい、もうしません!」


 見事なスライディング土下座を見せる事でレヴィは許してくれた様だ。


 しかし、師匠の教えはやはり偉大だ。


「いいか! ハルト。これは激怒している女性への対処法だ。頭に叩き込んでおけ!」

「はい!」

「謝れ!」

「はい?」

「誠心誠意心を込めて土下座しろ! それ以外の方法は知らん! 女性が怒っている時はどうもならんから自分に非がある場合は土下座だ!」


 師匠もよく土下座してたからなぁ。朝霞流スライディング土下座は有能なのだ。


 ひとまず開放された僕は何故なのか知らんが、警備隊の訓練場の真ん中に立たされている。


 相対するのはリア、警備隊隊長だ。先を急ぐからと何度も断ったが引き留められ、試合をする事になってしまった。


「本気でイクからヨロシクねん」

「やめろ。気持ちが悪い」

「手加減無しでイクーッッからね」


 その瞬間、あの巨体とは思えない速さで突進してくる。


「ホオッーホッホッ! 熱いベーゼをあげるわ!」


 両手を広げて抱きつくつもりか?


 寸前で体を転がして躱し、体勢を整える。


 両手のハグは不発に終わったが地面がえぐられて大きな穴が空いている。


「へぇ、リア本気でやってる。珍しいわね」


 レヴィの冷静な解説が聞こえるがあんな大穴を空けるなんてやっぱりアレ人間じゃないぞ?重機レベルじゃないか。


 闘うのは嫌いじゃないが、あのパワーは少々やり辛い物がある。おまけに速さも持ち合わせているときたもんだ。


 これは少し本気にならないと負けるかな?


 全身の力を軽く抜き、両足の力で軽く跳ねる。


 トーン、トーン、トンッ!


 タイミングをずらしてリアに向かう。


 リアの左太腿へ右拳を打ち下ろし、勢いを殺さずに回転しつつ左脚でかかと落とし気味に頭を狙うが、しっかりと両腕でガードされた。


「ヤルじゃない!」

「そっちこそな」


 すぐさま近づいて近距離で拳の応酬をし合う。


 リアの身長が高いせいか打ち下ろし気味になった拳をスウェーしつつ腹部にフックを入れるが、固い!


 その隙に丸太の様な右脚が胴体を狙って跳ね上がって来た。


 左手の掌をリアの脚に軽く添える。


 ドンッ!


 その音とともにリアが回転しつつ倒れた。


 ふう。危なかったな、なんとか出来た。朝霧流の切り札、近距離での発勁。


 地面に倒れたリアが悔しそうな顔で負けを宣言する。


「私の負けね、この脚じゃもう闘えないわ。残念ね。私が勝ったら、初めてをあげるつもりだったのに」


 か、勝ってよかった。


「だけどハルト。あの技は一体何かしらん? 私が今までで受けた技とは威力が桁外れよん」

「うーん、人には教えないように師匠に言われているからね。言えない」

「ハルトの師匠の名は?」

「朝霧巌」

「知らないわね。世の中にはまだ見ず強者がいるのねん。よしっ! 決めたわ!」


 なんだか悪い予感がする。


「ハルト、貴方に着いていくわ!」


 リアが仲間になった。


 どこからともなく音楽が流れてそれに合わせてリアが踊る。おい待て、一回転すんな!


「いや、仲間にしねぇから!」

「なんでなのよぉ!」

「無理、だめ、お断りだ!」

「お願いよぉ、私も昔は良くダンジョンに潜ってお宝をハントしていたの。自分は強くなった。一生分のお金も稼ぎ終わって引退して趣味で警備隊を作った。でもハルトと闘って分かった。私はまだまだ強くなれる!」


 おい? なんか自分語りを始めたぞ?


「貴方と一緒なら私は強くなれる。だからお願い貴方の仲間にして!」

「だが断る!」

「なんでー!」

「甘いんだよ、アンタは。貴方と一緒なら強くなれるだと? 強さとは一人で身につける物であって人に教わって強くなる訳じゃ無い! 人に教えを乞うのはいいだろう。だがな、小手先の技で最強にはなれないんだ。強さとは孤独なんだよ、孤独に耐えられない者が強くなれる訳がないだろう? だから仲間にはしない。一人で強さを身につけるんだ。それが一番の近道だ!」


 周りがポカンとする中、リアは号泣しながら何度もうなずいている。


「わがっだわ、わだじづよぐなる!」

「それがいい」

「づよぐなっだ、わだじをまっでいで!」


 よし、これでいい。なんとか仲間にするのは回避できただろう。最後の方は何を言っているのか分からなかったが、リアはもう走り去って行ってしまった。


「ハルト……あれは少し酷いかも」

「何が?」

「リア、本気だったわよ?」

「大丈夫だ! アイツは一人の方が強くなる」

「仲間にするのが嫌だっただけよね?」

「何故分かる? まさかレヴィ! 心を読むスキルでも身につけたのか? 頼むそれを僕に教えてくれ!」

「そんなスキル無いわよ!」

「何だ無いのか……つまらん」


 レヴィの心を読む方法欲しいなぁ。

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