第13話 聖女と聖樹
「ちょっと春人? どこに行ったのよ」
トラックに跳ねられて、庭の植え込みにめり込んでいた春人をみんなで助け出したは良かったが、身体中傷だらけで腕の骨も折れているのか、変な方向に曲がっている。
風香が春人を抱き抱えて名前を呼んでいて、しばらくすると春人が霧のように消えた。
「おい、消えたぞ?」
「どうなっているの?」
風香は自分の腕の中から消えた春人を探し求めて視線を彷徨わせる。しかし何処にも居ない事に気づき、体をワナワナと震わせている。
「風香……」
「やっぱり春人の事が」
紗羅が風香に寄り添う。背中をさすり、落ち着かせようと試みるが風香の震えは止まらない。
瞳から涙が一雫落ちるが気にする事も無く立ち上がる。
「春人……なんでよ」
皆が風香を励ますために声を掛けようとした瞬間に風香の口から絶叫が迸る。
「なんで一人だけ異世界に行ってるのよ! 春人の癖に生意気だわっ!」
全員がベクトルの違う風香の叫びに呆気にとられている。
「風香?」
「春人が異世界に? マジか」
「それ以外に考えられないでしょ。人間が霧みたいに消えた所を見た事がある? 無いでしょ!」
確かに春人は消えた。
「そもそも康太、何で邪魔したのよ? あのままトラックに轢かれていたら私達も異世界に行けたのに!」
風香が康太に詰め寄る。
「でもね、風香。春人君大怪我してたよ? あんな怪我、私したくないわ」
「うんうん、痛そうだったからな」
風香も望んで痛い思いはしたくはないだろう。ただ可能性が一番高いトラックを選択しただけなのだ。
何故トラックに轢かれると異世界に行くのかサッパリわからないが。
「計画の練り直しよ。秋山、資料をもっと用意して!」
「かしこまりました。お嬢様」
場所を室内に移して待つことしばし、執事の秋山が大量のダンボールを積んだカートを押して戻ってきた。後ろにはメイドさんの列ができている。
「お嬢様。お待たせいたしました」
「ありがとう。さぁみんな手伝ってね」
あまりにも多い、その本の量に全員がうんざりしながらも本を手に取り読み始める。
数時間後、言い出しっぺの風香が叫んだ。
「何でなの! 痛くない方法なんて殆ど無いじゃない」
「そうねぇ、大体トラックだしね」
「拳銃で撃たれたり、ナイフで刺されたり、だいたいみんな一回は死んでいるな」
「痛いのは絶対に嫌!」
その時、解決作を提出してきた以外な人物。
「お嬢様。一つだけ思いつきました」
「美月。何かあるの?」
「はい、ここにある資料は全て私の私物です。内容は記憶していますから」
「美月さん、いくらなんでもこの量は……」
康太が思わずツッコミをいれると美月は「乙女の嗜みです」と一言。
「それでどんな方法なの?」
「はい、痛みを伴わない方法となりますと 神 しかないと考えます」
「神、ねぇ」
「はい、全員の心を一つにして一心に祈るのです。そうすれば望みは叶うかと」
困った時の神頼み、そんな言葉もあるくらいだ。しかし残念な事がある。私は異世界に行きたくは無い。
風香は分かる、春人とセットだから。
萃香は風香が居るなら何処でも構わないだろう。
康太も反対はしないだろう。読んでいたラノベにハマってしまい、静まれ俺の左腕! なんて叫んでいるくらいだ。
無視してるけど。
紗羅は風香が大好きだから否定はしないはず。大体いつも風香に流されているしね。
問題は私、蒼羅。
お風呂はある? スマホは? 友達も居ないし、文明が劣る世界に興味は無い。私はここを気に入っている。確かに風香は大切な友達だ。だけど、全てを捨ててまで側に居たいかと言うと、疑問が残る。
彼女は確かに魅力的だ。人を惹きつける天性の才能を持っている。いつも奇行を繰り広げ、周りに多大な被害を出し続けながら誰からも嫌われない。
誰一人傷ついた事は無い。……春人以外
いつもどんな時も楽しそうで、いつも笑顔でみんなを引っ張って、後始末を春人に全振り。
それが風香。
何だ簡単だ。私も風香の事が好きなんだ。
だったらやる事は一つか。
私も一緒に祈ろう。
そもそも祈ったくらいで異世界に行けるなら、大勢の人間が行っている。
だからおそらくは無理なのだ。
だけど大切な友達の為に本気で祈る。
……ちょっと待って。
なんだかおかしな雰囲気じゃないかしら?
ただ祈っているだけよ?
まさか本当に?
なんで床が光っているのよ?
風香? 少しくらい躊躇しないの?
なんですぐに飛び込めるの?
待ってよ置いて行かないで!
なんでみんなついて行くの?
ああ、もう行くわよ! 行けばいいんでしょ。
全く。
でも一つだけ分かった事がある。
祈りの力ってすげー
光が収まると辺りの様子が変わった。先程の何もない空間ではない。
どこかの建物の中のようだ。
いくつもの長椅子が並んでいる。上を見上げると見事なアーチを描いた天井やステンドグラスが見て取れる。真後ろを見るとあれは、祭壇だろうか?
どうやら教会の中にいるらしい。
「ねぇ風香、ここどこかな?」
「ぱっと見、教会みたいに見えるけどね」
「そうね、素敵な場所だわ」
その時、背後から不意に声が掛かる。
「いたいた、蒼羅も風香も無事か?」
「康太、そっちは?」
「大丈夫だ。紗羅と萃香も居るぞ」
離れ離れになる事もなく全員そろって到着したようで安心する。
「さてと、全員の無事が確認できたところでこれからどうする?」
「何を言っているの? 春人を探すに決まってるじゃない」
「それはもちろん分かっているが、どこをどうやって探すんだ? ここがどんな所かも分かって居ないんだぞ」
「それは……そうね。どうしようかしら?」
その時大きな扉がゆっくりと開き始めた。
「あらあら、本当にいるのね」
現れたのは教会にはそぐわない物を着た、風香達と同年代の少女だった。
その少女は着物を着て、ぼっくり下駄をカランコロンと音をさせて近づいて来る。
「初めまして、聖樹の使者達」
「アンタ誰よ? それに使者ですって?」
「そんなに警戒しないで下さいな。私はあなたたちとは同朋なのですから」
「同朋?」
「ええ、日本から来たのでしょう?」
「アンタもそうだというの?」
「はい、私はこの国ジニア王国で聖女の名を頂いておます如月千登勢です。宜しく」
そう言うと千登勢は深々とお辞儀をし、にっこりと笑う。
「朝霧風香よ。それで、私達に何か用でもあるの?」
「はい、聖樹様のお手伝いをして貰おうと思います」
「お断りだわ。私達は探し出さないといけない人がいる、忙しいから他を当たってもらえる?」
はっきりと断る風香だが千登勢はそんな事はお構いなしに話を続ける。
「聖樹のが貴女達をお望みなのです。どうか力を貸して下さいな」
「だから嫌よ! 人の話聞いてる?」
「そこをなんとか」
「嫌!」
「からの〜?」
「うざっ!」
「アハハ、貴女面白い人ね」
「アンタ程じゃ無いわね」
何故か息統合する二人に周りはすっかり置いていかれている。
「それで私達に何をさせようって言うの?」
「それは王宮に行ってから説明する」
「王宮ねぇ、なんだか急に関わりたくなくなってきたわ」
「大丈夫よ、いい所だから」
「アンタに取っては、でしょ? 私に取っては違うかもしれないじゃない」
「貴女達の安全は私が保証しますよ?」
「保証が必要な場所なわけね」
「まぁ、こんな世界だからね」
「私に何かできるとは思わないけど?」
「それも、王宮で説明するから」
「ふぅ、どうやら他に選択肢は無さそうね」
「それじゃあ案内するからついて来て」
「分かった。みんな行くわよ」
今の風香に逆らい難い何かを感じたのだろう。全員が揃ってうなずく。
教会を出て千登勢に案内されるがまま後をついていく五人。その姿は田舎から都会に初めて出てきたお上りさんのように視線があちこちを彷徨う。
「やっぱり、珍しいみたいね。懐かしいな、私もあんな風にしていたのかしら」
「まぁ、日本から急にここに来たからね。それよりもひとつだけ聞きたい事があるの」
「なーに?」
「何故あそこにアンタが来たのかしら?」
「お告げがあったのよ」
「お告げ? 誰の?」
「当然聖樹様よ」
「そもそも聖樹ってなによ?」
「この国の全てかしら?」
「よく分からないわね、抽象的すぎるわ」
「でも、それ以外に言いようがないもの」
「神の様な存在かしら? 気に入らないわね」
「貴女のはっきりと言う所、好きよ」
「女のアンタに言われても別に嬉しくないわね」
「アハハ、それもそうね」
千登勢は狭い路地を抜けて、大通りまで迷う事なくスイスイと歩く。大きな噴水のある中央部を通り、やがて巨大な壁の前までたどり着いた。
その壁のには大きな門が設置されていて、その扉は開かれてはいるが扉の前には同じ姿の槍をもった衛兵が何人も立ち監視を行なっている。
千登勢はその衛兵に近づいて行き、左手からカードを出して衛兵に見せていた。
「聖女様! お疲れ様です」
「うん、いつもご苦労様ね」
「そっちの者達は?」
「私のお客様よ、身分は私が保証する」
「かしこまりました! お通り下さい」
一礼して所定の位置に衛兵が戻り千登勢は振り向いてニッコリと笑う。
「さあ、行きますよ」
「ねぇ、さっきのカードみたいなやつは何?」
「あれは、ここでの身分証かな?」
「手の中から出てきたけど?」
「ええ、普段はしまってあって、必要な時に出せるようになっているのよ」
「私も欲しい!」
「うーん? どうしようかしら。王の許可が降りたら作りに行きましょう」
「約束よ!」
「はいはい、分かりました」
門をくぐり、さらに歩き出したが、先程迄の雑然とした場所ではなく大きな家が立ち並ぶ、高級住宅街のような区画に出た。
「さっきまでとは雰囲気が違うのね」
「こっちは貴族街だから、住んでいる人が違うのよ」
「あー、やっぱり居るんだ貴族」
「ええ、もちろん」
「身分がどうたら、権威がなんたらうるさそうね」
「貴族だからね。ある程度は仕方ないわね」
綺麗に区画整理された街並みをしばらく歩き、たどり着いたのはまたしても壁の前。
「また?」
「これが最後よ。城壁の先に王宮があるわ」
「王に会うわけ?」
「そうよ、しっかり挨拶してね」
「礼儀作法とか分からないわよ?」
「貴女達は迷い人だから、ある程度までは許されるけど、あまり失礼がない様にして欲しいかな?」
「それは相手次第ね!」
「不安になって来たわ……本当にお願いよ?」
王宮内は豪華な装飾がなされていて、大理石が敷き詰められた床はピカピカに磨き上げられている。そこかしこに兵隊が配備され鋭い目線で辺りを監視している。
二股に分かれた階段を登り二階へと案内された一行は一際豪華な扉の前で最後の注意を受けている。
「いい? ここが謁見の間よ。この国は完全王政だから王の気分次第では処刑される事もあるから、絶対に失礼のないようにして。分かった?」
「はいはい、もう分かったから私に任せて!」
「貴女が一番心配なのよね。まぁいいわ、それじゃあ行きましょう」
中から扉が開けられる。
「聖女様がいらっしゃいました!」
中には大勢の人達がたむろしていた。皆一様に豪華な服装で大勢が左右に立ち並ぶ。そこに居る者の表情は固い。
「陛下、お告げの通りの教会に居ました。ここに連れてきています」
千登勢が陛下と呼んだ男は剣呑な雰囲気の若い男だった。
「聖女よ、そいつらが聖樹の使者か?」
「はい、左様で御座います」
「見た感じただの人だな。何の役にたつんだ?」
「私には分かりません。全ては聖樹様のお考え次第ですから」
「ふんそうかい。良いだろう、滞在の許可は出してやる。ただし、行動は制限させて貰う」
「制限……ですか。それはどの様な?」
「聖域の外に出る事を禁じる」
「陛下それは……」
「それが嫌なら国外追放だな。危険なんだよ。迷い人ってやつは色々とな」
「分かりました。しかし聖樹様のお言葉があった場合は除外して頂きますよ?」
「それは構わん。そいつらは聖女に任せるとする。皆もそれでいいな?」
全員がうなずく中一人の男が手をあげている。
「陛下、ひとつ宜しいでしょうか?」
「なんだ? 宰相」
「その者達が悪き考えを持たないとも限りませぬ。確認の為に話を聞きたいと存じます」
「お前がそう言うなら必要なのだろう。好きにしろ」
「はっ」
「他はないな? では解散!」
王はマントを翻し玉座の後ろへと下がり、姿が見えなくなった。
早々に謁見室を出た一行に、宰相と呼ばれた男が近づいて来る。
「聖女殿、ではあちらで話を聞こう」
「宰相、この者達は私に任されているのですよ?」
「話を聞くだけだ。さあ行くぞ」
五人は発言する事もなくただ謁見しだだけで、少し拍子抜けした顔で佇んでいる。その中で風香はお冠のようだ。
「何なの? 私達ただの見せ物みたいじゃない!」
「まぁまぁ、風香。何も無くて良かったじゃない」
「そうそう、面倒事はごめんだぜ」
周りが何とか宥めてはいるが風香の怒りは止まらない。
そして、その矛先はこんな場所に連れてきた聖女千登勢へと向かう
「私はあんな見せ物になるつもりでここに来たわけじゃないの、こんな所に居るなんてお断りだわ。ここから出して!」
「そう言わないで、もう陛下に会う事なんてほとんど無いから」
「役に立つのか、ですって! 失礼だわ。なによ偉そうに!」
「この国の王なのだから偉いのよ」
「私には何の関係もない! この国の住人じゃないんだから」
激しい怒りを抑えきれない風香に蒼羅が宥める。
「風香、少し落ち着いて。ここは私達のいた場所とは違うの。今ここで放り出されたらどうやって生きていくの? お金も無いし、住む場所さえもないのよ?」
「だけど、あんな態度を取られる覚えなんて無い!」
「少し我慢するだけで生活の保証はしてくれるのよ。いいから我慢しなさい!」
「分かったわよ……」
まだ納得はしていないようだがひとまず怒りは収めた風香に千登勢はニコニコ顔で語りかける。
「話はまとまったの?」
「まあ、何とかね。それで? 次は何をするのよ」
「宰相のお話があるみたいね」
「それ、聞かなきゃダメなの? もう疲れたから休みたいわ」
「もう少しだけ付き合って」
「仕方ないわね」
一行が連れてこられたのは件の宰相の執務室で、明らかにイライラした初老の人物が椅子に座り、指をトントン鳴らしながら待っていた。
「聖女殿、遅いではないか」
「道に迷いまして」
「くだらんいい訳だな」
「分かっているなら聞き流してくださいな」
「それで? 何を企んでおるのだ?」
「はて、企むとはなんのことかしら?」
「その怪しい者達を使って何をする気なのかと聞いておるのだ」
「私は聖樹様のお言葉に従っただけですよ」
「そうか、しかし先ほども言ったが危険が無いか確認はさせて貰う、よいな?」
「何をなさるんですの?」
「鑑定するだけだ」
「どうぞ、別にやましいことなんてありませんから」
「おい、始めろ!」
宰相のその声で別室の扉から一人の男が出た来たかと思うと、風香一行を舐め回す様にねめつける。
「宰相、何もありません。職業、スキル共に無しであります」
「無能者か、一体何だと言うのだ?」
その宰相の一言を聞いた風香が爆発した。
「誰か無能よ! アンタなんか無毛者じゃないの! このハゲ!」
「だ、だ、誰かハゲだ! これはな、剃っているだけだ!」
「剃っているですって? 跡が残っているのは横だけじゃないの、天辺はツルツルでテカテカじゃない。ただのごまかしでしょうが! 天辺ハゲ!」
「喧しい!」
「うるさいのはそっちよ! さっきの言葉を取り消しなさいよ無毛者」
「ええい無礼者め! とっとと部屋から出て行け!」
「言われなくても出ていくわよ! ここに居たらハゲが感染るわ! 感染性頭頂部無毛症ジジイ!」
叫び続ける風香を全員で部屋から押し出した後に執務室から絶叫が聞こえている。
「わ・た・し・は! 剃っているだけだぁぁ!」
「誰が信じるのよ、ハゲはハゲじゃない」
暴言を吐いて満ち足りた表情の風香がそこに居た。
「全く、風香はしょうがないわね」
「でも、やっと姉様らしくなって来た」
「確かにね」
「そうそう、風香が大人しいと俺たちの調子が狂うからな。あれでこそ風香だな」
「ねぇ、あの子いつもあんな感じなの?」
「いや? いつもはもっと激しいぞ? あの位なら可愛らしいもんだぜ?」
「えぇ……」
千登勢が風香の日頃の行いを聞いてドン引きしたところで風香一行の今後の事に話は移る。
「オホン、それで貴女達の事なんだけどね。国王に制限されてしまったので、基本的には聖域が貴女達の住居になるわ。今から案内するわね」
「あのさ、聖域って何だ?」
「聖域は聖樹様がいらっしゃる場所よ」
「大体何なの聖樹だの聖女だのややこしいのよ!」
「風香、一旦黙ってくれ。それでその、聖域って所で俺たちは何をしたらいいんだ?」
「もちろん、聖樹様のお世話ですね」
「お世話ねえ、聖樹が何なのか分からないから何をするのかもさっぱりわからんな。俺たちが出来る事なのかよ?」
「ええ、大丈夫。場所はあそこよ」
歩きながら話しているうちに王宮から出た所で千登勢が指差した先にあるのは、庭園の中に生えた一本の木。その周りは低い壁でぐるりと囲まれている。
入り口にはやはり兵が立ち警備を行なっている。しかし王宮程厳しくはない様で、何人もの人が出入りしている。
「あそこが貴女達の仕事場所よ。一応私の部下になるからそのつもりでいてね」
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