第85話 記憶は戻るのか

 俺が考えている方法はこうだ。

 巨大スライムにサーシャを吸収させ、脳に電気ショックを与える。それで彼女の記憶をよみがえらせる。

 だが、これはあまりに危険と隣り合わせな方法でもあった。下手をすればもう一度サーシャを死なせてしまうことになる。しかも、サーシャをこんな危険な目に合わせたからといって、彼女の記憶がよみがえる保証はない。


 はたしてこれでいいのだろうか?


 そんなことを考えているうちに、長剣を抜いたサーシャが巨大スライムに切りかかっていった。記憶をなくしていても、剣士としての本能は失っていないようだ。


「サァー!」


 黄色く輝いた長剣で、得意の突きを繰り出していく。

 サーシャの剣が巨大スライムの断面に突き刺さった。

 だが。

 その剣はそのままスライム内部に吸収されていき、ついにはサーシャ本人もそのままスライムに取り込まれてしまった。


 やがて、電流攻撃を受けたサーシャがスライムの内部で痙攣を始めた。このままではサーシャの体力はどんどん奪われ、危険な状態となる。


「サーシャ!」

 プリンセス・マドカが叫び声をあげた。


 まだだ。サーシャに刺激を与え続けるために、ギリギリまで粘ってみよう。


 サーシャの身体が激しく震えると、人形のように力が抜けてしまった。


「エトー! 早く、早くサーシャを助け出して!」

 マドカの声が響いた。


 俺は改めて自分に付加魔術をかけると、そのまま身体ごとスライムに飛び込んでいった。身体全体がしびれ、体力が奪われていく。

 スライムの内部にすっぽりと覆われた俺は除去魔術を繰り出した。

 表面は魔力を封じる膜で覆われているスライムだが、身体の中に入ってしまえば俺のスキルが効果を現すはずだった。

「ディクリース!」

 俺の除去魔術でスライムの電流が止まる。

 魔力を失ったスライムから、俺とサーシャの身体が浮き出てきた。俺は、落下しそうになったサーシャを抱きかかえ、そっと床に置く。

 そして父の形見の剣を抜くと、唯一の剣技を発動させた。

「ブリザード!」

 一瞬にして辺りは氷の世界へと変貌し、魔力を失った巨大スライムが凍り付いた。

「でやー」

 剣をスライムに叩きつけた次の瞬間、スライムは粉々になるとその場から消え去ってしまった。


 さあ、これでどうだろう。

 スライムの電流を帯びたサーシャの記憶は、ドラゴンの言う通り戻るのだろうか?


「サーシャ」

 俺は床に倒れるサーシャのもとに駆けつけた。その周りをプリンセス・マドカや舞踏会の参加者が取り囲んだ。


「……サーシャがまったく動かないわ」マドカの声だった。


 倒れているサーシャを揺り動かしてみたが、彼女の手足は力が入っていない様子でだらりとしたままである。


 しまった、時間をかけすぎたのか!


「サーシャ!」

 俺はサーシャの身体を揺り動かし続けたが、サーシャは何の反応も示さなかった。


「サーシャ!」


 しばらく時間が流れた。

「……」


 聞き取れないような、小さな声が聞こえてきた。


「……」サーシャの唇が動いている。


「サーシャ、大丈夫か? 何を言っているんだ?」


「……き……」


「な、何?」


「……キスすれば、……目を覚ますかもね」サーシャは小さな声でそうつぶやいたのだった。


 この言葉は!


 そうこの言葉は、サーシャが以前スライムの森で倒れた時に発した言葉そのままだ。

 あの時のことを思い出しかけているのか?

 サーシャの記憶がよみがえろうとしているのではないのか?


 やましい気持ちなど、これっぽっちもなかった。

 それは、サーシャに目を覚まして欲しい一心で行ったことだった。


 床に横たわるサーシャに顔を近づけた俺は、そっと自分の唇をサーシャの唇に重ねたのだった。

 やわらかい感触が伝わってきた。


 周囲がしんと静まる中、俺は重ね続けた唇を離した。

 サーシャの目がうっすらと開いた。


「……エトー、エトーなのね」

 サーシャは確かにそうつぶやいたのだった。


「……確かあの時も巨大スライムから私を救ってくれたわよね。……、……ありがとう」


「サーシャ、何か思い出したのかい?」


「……色々なことが、……色々な過去が、次々と頭に浮かんでくるわ」

 サーシャの目から一筋の涙が流れた。

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