第61話 酒場の客が集まった

 俺とサーシャ、それに聖剣士のノベルと魔導師のサラは冒険者ギルドの酒場に戻った。酒場の扉を開けると、受付のターニャが驚いた顔で出迎えた。


「もう帰ってきたの? やっぱりスライムの森は攻略できなかったでしょ。未だ、誰もあのクエストを達成した人はいないんだもの。仕方がないわよエトー、逃げ帰ったからといって恥じることはないわ」


「うん、確かに巨大スライムは手強かったよ。みんな死んでしまうかと思ったからね」


「そうでしょ」受付のターニャはなぐさめるように言った。「命があっただけでも良かったわよ。クエストは達成できなかっても、冒険者に戻してもらえるようにギルド長にお願いすればいいのよ」


「いや、クエストは達成したよ」


「ええ?」


「クエストは達成したんだ」


「スライムの森のクエストを達成したの!」

 ターニャの声が酒場中に響き、客たちがいっせいにこちらを向いた。


「なんだと! あのスライムの森を攻略したのか!」

 客の一人が立ち上がり、俺たちのほうに寄ってきた。

 それにつられて、他の客たちも集まりだした。


「兄ちゃん」年配の冒険者が話しかけてきた。「本当なのか? 本当にクエストを達成したのか?」


「はい」


「だったら、森にあったお宝を手に入れたはずだ。それを見せてくれ」


 俺は胸に入れて持ち帰ったお宝を取り出し皆に見せた。白く半透明な球状のお宝が、光に反射してまぶしく輝いている。


「こ、これは!」

「これは、魔法球だ!」

「こんな貴重な代物! 間違いない、これはスライムの森のお宝だ!」


「森には誰も倒したことのない巨大スライムがいたはずだ。兄ちゃん、あんたがその巨大スライムを倒したのか?」


「ええ、まあ」そう言うと俺は、森での経緯を簡単に話した。


「そうか、巨大スライムを倒すなんてすごいじゃないか。ただ、聖剣士ノベルや魔導師サラも手助けしてくれたんだろ? いくらなんでも一人で倒せるモンスターではないからな」


「……」


 俺が黙っていると隣のサーシャが口を開いた。

「ノベルやサラはいっさい私たちの手助けなどしてないわ。それどころか、私たち三人が巨大スライムに殺されかけている所を、このエトーに命を救ってもらったのよ」


「なんだと、そうなのかノベル? お前たちは全く手助けしてないのか? そして命を救ってもらったというのは本当なのか?」


 ノベルたちは苦虫をかみつぶしたような表情で黙っていた。その表情をみれば、サーシャの言葉が真実を述べていることは容易に想像できた。


「おい、どうやらこの兄ちゃんが一人で巨大スライムを倒したらしいぞ!」

 酒場の客たちは騒ぎはじめた。

「す、すごいじゃないか。一人であの巨大スライムを倒せるなんて、そんな剣士が本当にいたんだな」

「ああ、想像を絶する実力の持ち主だ。兄ちゃんは何者なんだ? さぞや高名な剣士なのだろうな」

「何をいっている。この男は、以前ここにいたエトーだよ」

「エトーだって? あまり聞いたことのない冒険者だな」

「ああ、後方支援をしていた男だ。当時はそれほど目立った冒険者ではなかった」

「どういうことだ? それほど目立ってなかった冒険者が一人で巨大スライムを倒してしまうなんて、どういうことだ?」


 客たちの話を聞いていた受付のターニャが会話に入り込んだ。

「わからないの? エトーはね、ずっと自分の実力を隠してこの冒険者ギルドにいたのよ。エトーに敵う者など、この冒険者ギルドにはいないはずよ!」


「そうだ、ここのナンバーワン聖剣士のノベルでさえ手も足も出なかったモンスターをエトーは倒しているんだ。ノベルよりもエトーの方が実力はずっと上だ」

「しかも、ノベルは今回の冒険で、いっさいエトーの手助けをしなかったらしいぞ。そんなやつ、冒険者と言えるのか?」

「手助けしないばかりか、死にそうになっているところをエトーに助けられたそうじゃないか。ここで土下座してエトーに礼を言うべきではないのか?」


 酒場の客たちがそう話している時、入口の扉が開いた。

 一人の男が店の入り口に立っていた。

 そこにいたのはギルド長だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る