第44話 魔人ターナーの宝箱
テーブルの上に、手の込んだ西洋料理が並べられた。大きなワイングラスに三分の一ほど白ワインが注がれた。
「さあ、いただきましょう」プリンセス・マドカが言った。
「すごい料理だわ!」カミーユは感嘆の声を上げた。「マドカ様、この料理のことを宮廷雑誌に記事として書いてもいいですか?」
「いいですよ。そのかわり好意的な記事にしてくださいね」
「もちろんです」
「ところで、サーシャ」マドカは隣に座るサーシャを見た。「さっきから全然しゃべらないけど、調子でも悪いの」そう言いながら、なぜかマドカは笑っている。
「い、いえ、調子が悪いわけではありません」
「カミーユさん、気を悪くしないでくださいね。サーシャがあまりしゃべらないのは決して機嫌が悪いわけではないのです。サーシャも私もエトーには命を助けられ、言うなればエトーは私たちの大恩人なのです。そのエトーが仲の良い女性を連れてくることになり、私たちはなんというか、そうそう、私たちは緊張しているのです。ねえ、サーシャ、ちょっと、緊張しているのよね」
「は、はい」サーシャは短く答えるとワイングラスを口に付けた。そしてそれを一気に飲み干すと、「おかわり」と言った。
俺は女性三人の会話に相槌を打ちながら、目の前の料理を無心で食べていた。味音痴の俺だったが、これがどれだけ手の込んだ高級料理なのかはなんとなくわかった。俺は率直な疑問を口にした。
「マドカ様は毎日こんな美味しい料理を食べておられるのですか?」
「そんなことありません」マドカは言った。「今日は特別よ。エトーは今や王宮の救世主なのよ。そのエトーがお友達を連れてくると知って、宮廷の料理人たちも普段よりかなり力を注いで料理を作ってくれたのよ」
気が付けば、三人の女性は何杯もワインを飲んでいた。
「だけど、エトーは何者なのよ。就職試験のときからずば抜けた力をみせつけられたんだけど、昔からこんなに強かったの? ねえカミーユ、教えてくれる?」
そう話すのは、さっきまで静かだったサーシャだった。サーシャは顔を真っ赤に染めている。完全に出来上がったサーシャは、普段とは別人のようにニコニコしながらくだを巻いている。
「私も子供の頃のエトーしかしらないの。昔からエトーは優しくて女の子にはひそかに人気があったのよ」カミーユもワイングラス片手に打ち解けて話していた。こちらも結構できあがっている様子だった。
「カミーユ、恥ずかしいから子供の頃の話はやめてくれないか」俺はあわててそう言った。
「ふふ、大陸トップクラスの剣士がやさしい少年だったのね。なんだかうれしいわ」マドカも楽しげな表情をしていた。「それはそうとカミーユ、雑誌記者のあなたなら何か情報を持ってないかと思って聞くのだけど、魔人ターナーの宝箱について何か聞いていない?」
「魔人ターナーの宝箱」俺は思わず言葉が出た。「魔人ターナーの宝箱といえば……」
「あの、願い事を何でも一つ叶えてくれるという宝箱のことですよね」カミーユは料理の手を止め話した。「最近また、宝箱を求めて冒険者たちがザウバ山脈に向かっていると聞いています」
「私もそういう話をきいているの。やはり、宝箱を狙っている人たちがいるのね」
「マドカ様」サーシャは真面目な顔つきになり言った。「もし宝箱が悪人の手に渡れば、かならずや良からぬ願いごとを叶えようとするに違いありません。そうなると、この世界も大変なことになってしまいます」
「私もそれが心配なのです。ターナーの宝箱が悪人の手に渡ってしまうとどうなることか……。なんとしてでもそうなることを防がなければ……」
マドカは深刻な顔でそうつぶやいた。
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