第34話 カミーユを誘わなければ
「さあ、そろそろ帰るわ」
カミーユはそう言うと椅子から立ち上がろうとした。
「えっ? もう帰るの? 夕食一緒に食べていきなよ」
「うん、お母様にもそう言われたんだけど、今日は宮廷舞踏会の話を聞きたかっただけだし」
「遠慮せずにゆっくりしていけば?」
「うん、ありがとう。でも明日も仕事だし、遅くなるのも嫌なのよね」
「それもそうだね」俺はそう言いながら、それでもまだカミーユを王宮食事会に誘えていないことが気になっていた。
「実は、カミーユに話したいことがあるんだけど……」
「話したいこと? 何?」カミーユは普段と変わらない調子でそう聞いてきた。
「……うん」
少しの間、俺とカミーユの間に沈黙が流れた。
「うん、やっぱりいいよ」俺はそう言ってしまった。
王宮食事会に誘われるなんて、カミーユは迷惑するに決まっている。平民の俺たちが、いきなり面識もない王宮貴族と食事をするなんて。しかもプリンセス・マドカ主催だ。堅苦しいうえに、そんな席で何か失礼なことがあったら、王宮記者としてのカミーユの今後の仕事にも響いてしまうではないか。
誘わないでおく方がいいに決まっている。
俺はそう心の中でつぶやいた。
「じゃあ、帰るね」
カミーユは席を立ち、玄関へと歩き始めた。
誘わない方がいい。
「エトー、また王宮での出来事、いろいろ教えてね。仕事につながる貴重な話がいっぱい聞けるから、ほんとありがたいわ」
そうだった。
カミーユは俺から王宮の話を聞きたいだけなんだ。決して俺なんかと、ギルドを首になる無能な俺なんかと、個人的に食事に行きたいとは思っていないはずだ。
誘わないほうがいいに決まっている。
「ねえカミーユ、家まで送っていくよ」
「いいわよ。エトーも明日は仕事でしょ。慣れた道なんだから一人で帰れるよ」
玄関を出たカミーユはそう言うと手を振り、「またね」と笑顔を見せてきた。
そして、一人で歩いて行ってしまった。
俺は部屋に戻ると、しばらく考え込んでいた。
本当にこれでよかったのだろうか。
カミーユは王宮担当の雑誌記者だ。王宮食事会に出席できるなんて、今後の仕事にもつながるチャンスになるかもしれない。
王宮食事会に誘うと、カミーユは迷惑するのだろうか。俺は勝手にそう思い込んでしまっているだけではないのか。
どうして本人に直接聞かなかったのだろう。
行きたいか行きたくないか、カミーユに直接聞けばよかったんだ。
なぜそれができなかったのか?
結局、俺は自分に自信がなかっただけなのだ。
断られるのが怖かっただけじゃないのか。
一度、ちゃんと聞いてみるべきだ。
カミーユに王宮食事会をちゃんと誘って、行くか行かないか彼女自身に決めてもらえばいい。
俺はそう思うと、家の玄関から急いで外に出た。
今ならまだ間に合う!
隣町への道、おそらくあの道を通って帰っているはずだ!
俺はカミーユを追って、街灯がともす道を走りはじめた。
どれくらい走っただろう。前方にカミーユの後姿を発見した。
「カミーユ!」俺はその背中に向かって声を上げた。
カミーユは立ち止まり振り向いた。
俺は息を切らしながら彼女の前に立った。
「どうしたの?」カミーユは驚いた顔をしている。
「カミーユ」息を整えた俺は話し始めた。「実はカミーユに話さなければいけないことがあるんだ」
「なに?」
「今日、実はマドカ様に王宮食事会に誘われたんだ」俺はじっとカミーユの顔を見つめて言った。「それで、急なお願いなんだけど、王宮食事会に俺と一緒に行ってくれないか?」
「どうして私と一緒に?」
「マドカ様に、仲の良い女性がいたら一緒に連れてきてほしいと言われたんだ」
「仲の良い女性?」
「……、ああ、うん、別に行きたくないなら断ってくれて構わないから。王宮食事会なんて堅苦しいだけだと思うし」
カミーユはしばらく考えている様子だった。
「……、でも、俺はせっかくだから、カミーユに王宮のご馳走を食べてもらうのもどうかなと思って……」
カミーユは俺の言葉を下を向き聞いていたが、やがてその顔を上げるとこう言った。
「いいわ、行く。エトーが誘ってくれるなら王宮食事会に出席する。王宮貴族と食事するなんてちょっとおこがましい気がするけど、せっかくの機会だから行ってみる」
カミーユは理知的で愛くるしい目を俺に向けた。
彼女の笑顔はいつにも増してまぶしかった。
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