第29話 サーシャの回復術

 やはりあの女があやつっていたのだ!

「サーシャ! あの女を捕らえてくれ! あの女がドラゴンをあやつっている!」


 サーシャが逃げようとする女の前に回り込む。すぐさま女は捕らえられた。


「し、しまった!」龍の背に乗る男は叫んだ。「ドラゴンのコントロールが効かなくなっている!」


「うおぉー」

 再び空中に浮遊した俺はサーシャの長剣を右腕一本で持ち、男に向かって突っ込んだ。この長剣なら、相手の心臓を一突きで打ち抜けるはずだ。


「ブリザード!」


 暴風雪が吹き荒れ、長剣がくっきりと青白く輝き出す。


 一撃で仕留めてやる!

 これであの男も終わりだ!


 その時だった。俺の耳に、聞きなれたあの声が飛び込んできた。


「エトー! 殺さずに、殺さずに捕らえて!」


 プリンセス・マドカの叫び声だった。


 俺はとっさに相手の心臓をめがけていた剣先をずらした。


 右手一本で放った突きは、見事に男の胸を貫いた。だが、急所は外している。

 すぐに生命回復装置にかければ、なんとか命はたすかるはずだ。


 剣に貫かれた男は、声を発することもできないまま、ドラゴンの背から落下した。男の身体が床に叩きつけられた。もう男に戦う力は残されていなかった。

 王宮護衛隊員たちがすぐさま倒れている男を取り囲んだ。


 あやつられていたドラゴンは解放され、ホールの上の空間をぐるぐると飛び回っていた。


 俺は気を引き締めながら空に浮かぶドラゴンを見つめていた。

 解放されたとはいえ、比類なき強さを誇るドラゴンだ。もし、ドラゴンが攻撃してこようものなら、俺たちはひとたまりもない。


 ぐるぐると宮廷ホールを飛び回っていたドラゴンの動きが止まった。そして俺の眼前にドラゴンの顔が浮かんできた。


 俺は右手一本でサーシャの剣を構えなおした。無謀かもしれないが、いつでも戦える態勢をとったのだ。


 するとドラゴンは俺の前で言葉を発しはじめた。

「お前!」


「はい」固まった俺はなんとか返事をした。


「あやつられていた私を開放できるとは、なかなかの力を持った男だ。お前が使ったそのスキル、以前にも私は受けたことがあるぞ」


「いえ、ドラゴンを開放したのは今回がはじめてです」


「そうか、どちらにしても助かった。お前の名前は何という?」


「エトーといいます」


「エトーか、覚えておこう。今回はお前に助けられたぞ」

 ドラゴンはそう言うと再び空中を回り始めた。

 三周ほど回ったところで割れたステンドグラスの窓をくぐり、宮廷の外へと出た。

 ドラゴンのうろこが金色に光り、夜の空に輝きはじめた。

 しばらく俺はその美しい光景に見とれていた。

 そんな中、やがてドラゴンは漆黒の闇へと姿を消してしまった。


「エトー!」

 地上に降り立った俺に、サーシャが駆け寄ってきた。

「ありがとう! あなたのおかげよ。あなたのおかげで命が救われたわ!」


「いえ、こちらこそ、サーシャさんの剣を使わせてもらったおかげで、助かりました」


「サーシャさんなんて呼ばないで、サーシャでいいわ」そう言うと彼女は俺の左腕を見た。「大丈夫なの? その腕」

 男に貫かれた左腕からは今も血があふれ出ている。


「このくらいの傷、魔導師の回復術を受ければすぐによくなりますよ」


「いや!」


「えっ?」


「いや!」サーシャはそういうと俺に近寄ってきた。「魔導師ではなく、私にさせて! 私の回復術であなたの腕を治します!」


 サーシャはそう言うと両腕で俺の左腕を抱きかかえた。彼女のやわらかい身体の感触が伝わる。

 そのまま彼女の体は黄色く輝き始めた。

 サーシャは自分の属性である雷の回復術を発動させている。

 おれの左腕の傷口が黄色い光に包まれた。


 心地よい雷光から、サーシャのぬくもりを感じることができた。

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