第56話


「楽しみですね」


馬車に揺られるニーナは、そう言って笑った。


口にした通り、とてもワクワクしている感じだ。


かくいう俺も、全く楽しみではないかというと嘘になる。


なぜなら今日、俺はこの国を治める王族たち主催のパーティーに参加するのだから。


第三王女ルーナ・ルミナスの生誕祭。


現在俺たちは馬車で王都へと向かっている最中である。


俺の向かいに座るニーナは、この日のために特注した豪華なドレスに身を包んでいた。


「緊張していますか?アルト様」


俺が窓の外の景色を眺めていると、ニーナがそんなことを聞いてきた。


「まぁ、な」


前回参加した貴族のパーティーとはまたわけが違う。


ニーナによれば、今回王城で開かれる生誕祭は、前回のパーティーの10倍以上の金を使って行われるらしい。


楽器隊も食事も会場の飾り付けも、格段に豪華になるだろうと…


改めて、荒くれ家業の冒険者の俺がそんなところへ足を踏み入れることになるとはな。


数ヶ月前までは夢にも思わなかったことだ。


「うふふ…大丈夫ですよ、リラックスなさってください。ルーナ王女はとても優しいお方です。何かあっても大抵のことは許してくれるはずです」


「へぇ…王女は温厚な性格か」


王族で、しかも姉妹の中では一番の美人と評判になるくらいだから、性格は傲慢なのかと勝手に思っていたがそんなことはないらしい。


「はい。私が以前、生誕祭に参加した際に、王女のドレスに飲み物を溢してしまったのですが、笑って許してくださいましたよ」


「そうなのか」


それならまぁ、大丈夫そうだな。


無礼で首が飛んだりとか、そういうことはなさそうだ。


「あっ、そういえばニーナ。パーティーといえば…」


俺の頭の中にある人物が思い浮かんだ、その時だった。


ガタンッ、と馬車に衝撃が走って急停車した。


「きゃあっ!!」


「おっとと」


前のめりになるニーナを受け止める。


「あっ、ありがとうございます」


「大丈夫か?」


「はいぃ…」


抱き止められたニーナの頬がポッと赤くなる。


俺はニーナを座らせてから、窓から外を覗き込んだ。


「何があったんだ?」


「大変ですっ!!」


御者台から降りた御者が、窓をどんどんと叩いた。


「どうかしたのか?」


俺が尋ねると、御者が青ざめた顔で前方を指さした。


「も、モンスターが…前方に」


「ん…お!」


見れば、数十匹のモンスターの群れが、前方からこちらへと近づいてきていた。



草原地帯を走っていたアルトの馬車がモンスターと遭遇し、急停車した同時刻。


少し離れた地点から、フードを被った一人の男が、様子を観察していた。


男の手には紫色の水晶玉のようなものが握られており、怪しい光を放っている。


フードの奥で、男の口元が歪んだ。


「あれほどの豪奢な馬車…おそらくどこぞの貴族のものだろう…」


「このモンスター転移装置の実験台にと思っていたが、ちょうどいい…」


「貴族を殺せば、街の統治は混乱する…」


「そうなれば私の計画もより進めやすくなるだろう…」


「ちょうど一人、いい手駒も見つけたことだし…」


「さて、突然現れたあの数のモンスターにどのような対応を見せてくれるのか…とくと見物させてもらおうか」



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