12 変わらないひと

 自動改札に財布の中のICカードでタッチして、今井早希は久しぶりに時漏町に帰ってきた。

 正月以来だから、半年以上経つ。電車の車窓から見てきた景色は昔と大して変わっていない。時々山や田畑だった場所にぎょっとするほど大きな太陽光発電パネルが現れるし、田畑があった場所が駐車場や宅地になっていたりするが、早希が時漏町で暮らしていたころから行われていた単純な営みで、目新しさは感じなかった。

 駅前のロータリーで足を止め、財布の中からICカードを取り出す。

 五年前、この駅から初めて街に出た日の帰りに駅で買ってもらったものを、早希はずっと使い続けている。

 ICカードの発行はデポジットで金は取られるが、名目上は無料。最初にチャージされている金額も一日の電車賃に換算すればトントン。だからこれは金銭の授与には当たらない――。

 言い訳はされてしまったが、このICカードは紛れもない早希へのプレゼントだった。ポイント機能やオートチャージ機能など、余計なものは一切ついていない無記名のICカード。

 東京での友人にほかのカードにしたほうが便利だと言われても、早希は頑としてこのカードを手放さなかった。現金をカードにチャージするたび、あの時のふたりの時間が蘇ってくる気がして、かすかに届きそうな過去への郷愁が好きだった。

 実際に、このカードを使ってこうして時漏町へ戻ってきている。新幹線のネット予約でもこのカードを登録していて、あとでクレジットカードから引き落とされるとはいえ、東京から時漏町までこれ一枚ですむ。

 ICカードを財布に大切にしまって、早希は夏の残酷なまでの日差しの中を家目指して歩き始めた。

 大学の夏休みを利用して、去年もこのくらいの時期に帰省している。去年は祭りが始まる前に東京に戻ったが、今年は祭りを見てから帰るつもりでいた。

 ジロチョウ祭り――メディアで目にすることも多くなったこの町の祭りに、どうしても胡散臭さを感じてしまう。

 もともと正式な名前のなかった時漏町の祭りが「ジロチョウ祭り」と呼ばれる――呼ぶこととなったのは五年前。早希が中学生の時だった。

 怒りを露わにした祖父。

 早希に相談を持ちかけた堀川隼人。

 そして明らかな不快感を見せていた、加古川八重。

 それぞれが見せた態度に共通していたのは、ジロチョウ祭りなどという呼称は受け入れるべきではないという意志だった。

 それがテレビでは、さもジロチョウ祭りという呼称が過去から連綿と続いていたものとして扱われている。祭りの縁起も早希は聞いたことすらないような話ばかりだったが、地域の伝統として宣伝に利用されていた。

 まるで自分がいた時漏町とメディアで扱われる時漏町が、まったく異なる歴史を歩んできたかのような違和感。そしてメディアの中では誰ひとりその違和感を指摘する者はいない。当然だ。彼らは時漏町のことなど何も知らないのだから。

 去年はそうした引っかかりのせいで祭りを見る気にもならず、早々に帰ってしまった。

 一年間東京でじっくり――のんびりと考えた結果、興醒めするようなものであったとしても、祭りをしっかりと見ていくべきだという判断に至った。

 早希は今は半ば部外者となっている。だが時漏町の歴史については、中学時代に郷土史部に所属していたこともあって一応の知識がある。この立場を利用しないのは大きな損失のような気がしていた。大学では郷土史とは無縁の理工学部に進んだが、今でも早希の中には郷土史部としての経験と思い出が大切にしまってある。

 ジロチョウ祭りとやらを、外部の目と内部の知識で分析する。五年前、結局なにもしないまま祭りが変わっていくのを遠巻きに見ていた自分とは違う。

 かといって、いまさら祭りをどうこうしようとは思わない。ジロチョウ祭りは完全に地域に根差し、重要な観光資源となっており、この町には益しかもたらしていない。

 ただ、自分だけは内幕を知悉しておきたいという、少し幼稚な欲求なのかもしれなかった。こうして気楽に構えていられるのも、早希がもはやこの土地から離れているからなのだろうか。

 実家に戻ると家族になおざりに挨拶をすませ、家を出たあともそのままになっている自分の部屋に引っ込んだ。

 スマートフォンを見ながら、そういえば時漏町でできた人間関係が今はまったく自分に影響を与えていないことに気づく。中学の時に半ば強制的に全員が参加させられたメッセージアプリのグループは結局ほとんど参加することのないまま高校卒業と同時に退会したし、一応残っている中学校の同級生の連絡先からは一度も連絡がきたことがない。

 東京でできた友人たちとも盛んにメッセージのやりとりをするわけではないが、連絡ツールとしては役に立っている。

 早希はやはり率先してひとの中には混じっていけないし、あらゆる共同体から疎外されているという感覚は今も抜けていない。ただ、東京という土地は共同体から抜け出た人間が集まる土地なのだということに気づくと、急に楽になった。赤の他人に共感は覚えないが、あの凄まじい人混みの中では誰もが疎外されたひとりなのだと考えるだけで、居場所がないことがとても軽妙なことのように思えてくる。

 友人付き合いも早希がメッセージを読むだけで返信をしないことに何も言わないタイプの相手を選ぶようになっていった。不思議なことに既読スルーを屁とも思わない人間と、早希は妙に気が合った。べったりとした人間関係に辟易しているところが同じなのだと言われて、そうかもしれないと笑った。

 今回の帰省もこの日からこの日まで実家に帰ると伝えただけで、逐一連絡などは入れていない。きちんと土産は買って帰るつもりだが、日持ちのするものを選ぼうと思っている。

 なので早希が見ていたのは、メッセージアプリの画面ではなく、リアルでの面識のない相手とばかりつながっているSNSだった。無論早希も本名ではなくハンドルネームで登録している。高校では本名以外でSNSをすることが異端視されていると知った時は、ネットの常識とリアルの意識の差に驚いた。

 クラスメートに言わせれば、早希は「裏アカ」をやっていることになるらしい。

 厄介だったのはネット上で言われる「裏アカ」とリアルで口の端に上る「裏アカ」の意味が乖離していることで、ネットでは主に出会い目的で性的な投稿をするアカウントを「裏アカ」と呼び、リアルでは単に本名以外で、かつリアルでの接点のない相手とつながっているアカウントを「裏アカ」と呼ぶ。ところが当然高校生たちがネットに関して盲目なはずはない。両方の意味をきちんと理解した上で、「裏アカ」という呼称を蔑称として用いる手合いも多くいた。

「裏アカを持っている」というだけで「パパ活をやっている」という意味に転じてしまう危うさが常にあった。特にろくに発言権のない早希のようなタイプが対象となればなおさらだ。

 早希はいち早くこの空気に気づき、学校内では決してSNSを開かないという掟を己に課した。早希のアカウントはリアルでの接点のない相手とだけつながった、周囲から見れば異常なアカウントだった。単にネットを見ていて、好きなタイプの絵を描くアカウントや気の狂った発言を繰り返すアカウントをフォローしていただけなのだが、そこに現実の人間関係を持ち込むのは避けたかった。

 鉄の掟によって今日までこの町の人間を排することに成功した年代物のアカウントで、早希はこうして迂遠な話題をだらだらと追っている。

 東京では同じアニメや漫画が好きな友人ができ、その中の何人かはこのアカウントを知っているが、早希のほうからは相手のアカウントをフォローしていない。そのあたりの細々とした事情はお互い様で、中には早希に自分のアカウントを決して明かさない者もいる。

 ざっと話題を追い終わると、スマートフォンを充電器につないで部屋を出た。以前と同じタイムスケジュールなら、そろそろ夕食の準備が始まる。

 早希が手伝う必要はないだろうが、一応台所には顔を出す。夕食のメニューの確認という目的もあった。

 ダイニングのテーブルには祖父が座っていた。

「早希、お前今年はジロチョウ祭りを見ていくのか」

 思わず聞き返してしまいそうになる。

 祖父の口から「ジロチョウ祭り」という言葉が飛び出したことに、早希は動揺を隠せずにいた。

 もともと正式な呼称はなく、年寄りたちは「祭り」とすら呼ばずに主語を省略して話していたものが、この町の祭りだったはずだ。

 何より祖父はジロチョウ祭りという呼称への統一へのお願いに、怒りを露わにしていた。

 その祖父が当然のように「ジロチョウ祭り」と言い出したことは、早希に時漏町の変貌を否応なく肌で感じさせる。

 半ばしどろもどろになりながら、祭りは見ていくと告げる。祖父は上機嫌で笑った。

「それがええ。ジロチョウ祭りは時漏町の誇りだでな」

 確かに小さく歴史もない町の中で、祭りだけは町民たちの誇りではあった。だがそれは名前もないありふれた祭りだったはずだ。得体の知れない名前と歴史をつけられた「ジロチョウ祭り」などというものではない。

 だが――否定する材料もない。時漏町にはそもそもの歴史がない。ならば後からどんな歴史を付け足そうと、何もない場所に綺麗に収まるだけだ。

 実際に成功している。メディアでの盛り上がりや活気の出てきた町、そして祖父を初めとする住人を見ればすぐにわかる。

 何より住人たちこそが、この町には歴史がないということを知っていた。そこに郷土の誇りをねじ込んでやれば、ありがたがって大事にするのは当然と言える。

 早希は急に、中学時代の部活動を思い出していた。誰もこない図書館でひとり、黙々とこの町の歴史を調べていく先生。早希が卒業したあとのことは知らないが、郷土史部に新入部員が入ることはないだろうという妙な確信があった。先生はまだ、あの図書館でひとりなのだろうか――。

 気づくと早希は靴を履いて玄関を出ていた。暑さのピークの時間は越えたが、まだまだ日は高く、歩き出すとあっという間に汗が吹き出す。

 以前とまったく同じ通学ルートを使って、時漏中学校に向かう。道中の町並みは電車の窓から見えたものと同じような変化が起きていたが、足を止めるほどのことではない。

 中学校の校門は開いていた。時間的にまだ部活動に励んでいる生徒が残っているためだろう。早希は無言で校門を抜けると、校舎の周りをぐるりと回って図書館の置かれた隅の校舎にある昇降口に向かう。

「早希!」

 後ろから急に声をかけられ、何者かが走ってくる気配が迫ってくる。

 声は男のものだった。聞き覚えのない声の主が気になって、思わず振り向く。

「よかった。来てくれたんだな。既読になってないから、読んでないのかと思ってひやひやした」

 脱色し、ワックスで固めた長い髪。不遜さを隠すつもりのない着崩した服装に、やけにぎらぎらと光る眼。

「堀川……?」

 中学の卒業式ぶりに見る、堀川隼人の順当に成長した姿が目の前にあった。

 早希はまず当惑する。なぜ急に思い立って中学を訪れた早希の前に、この男が待ち構えているのか。

「よし。じゃあ飲み行こうぜ。城山しろやまがいま店やってるからさ。なんならほかのやつらも呼ぶか?」

「ちょっと待って」

 馴れ馴れしく絡んでくる隼人に危機感を抱き、早希はいつでも逃げ出せるように気を配る。

「まず、なんであんたがここにいるの」

「なんでって、俺が呼び出したんじゃないか。さっきメッセージ送っただろ?」

「読んでない」

 鞄からスマートフォンを取り出し、メッセージを確認する。確かに以前のやりとりがない隼人から、新着のメッセージが来ていた。

 ――久しぶり! 今から中学校に来てくれ。そこから飲みに行こう。

 なんとも絶妙のタイミングである。だがそれよりも気になることがある。

「なんで私が帰ってきてるのを知ってたの」

「いや、浪江なみえのやつが駅でお前を見かけたってグループに送ってきたから」

 ぞっとする。浪江というのは中学時代一度も同じクラスにならなかった同学年の男だ。町への入出が監視されているのも同然な土地柄。もともとここはそんな土地だったのだろうが、早希たちの世代にまで当然のように受け継がれているとは思わなかった。

「というか、だったらお前はなんでここに?」

 隼人の目からは依然強い光が溢れている。獲物を前にした獣か何かだ。早希が自分の誘いに乗ってのこのこやってきたのだと都合のいいストーリーを思い描いているに違いない。

「あんたには関係ない」

 昇降口に入っていこうとする早希の腕を、隼人が掴んだ。

 強引に腕を振り払うが、早希の力の強さに隼人のほうが呆気に取られる。

「あー、悪かった。お前にメッセージ送ったのは、そう。相談したいことがあったんだよ。せっかく久しぶりに会ったんだから、飲みながら、って思ったんだが。お前がそんなに嫌がるなら無理強いはできない。でもちょっと話を聞いてくれないか? 中学の時、お前に『ジロチョウ祭り』について調べてほしいって頼んだのを覚えてるか?」

 隼人の言葉に、早希は思わず足を止めていた。

 ジロチョウ祭りは今の早希にとっての気がかりだった。このタイミングでその名を出されれば、足を止めないわけにはいかなかった。

「ジロチョウ祭りには最初から時漏組ががっつり噛んでいる。それはいいんだ。祭りとやくざは表裏一体みたいなもんだから。だけど時漏組程度の知恵で、ジロチョウ祭りなんてセンセーションを巻き起こせるはずはない」

 早希と隼人は昇降口の下駄箱の陰に並んで立っていた。早希にもう逃げ出す気はない。隼人の話は早希がこの町を離れてからジロチョウ祭りが出来上がるまでの間を埋めるミッシングリンクだ。

「親父が『先生』と言って崇めてたひとが、おそらくはジロチョウ祭りの仕掛け人だと思う。誰だと思う?」

 早希は無言。隼人のほうも返答を待たずにすぐさま答えを口にする。

「滝尾彼方」

 そんな気は、していた。

 滝尾彼方がジロチョウ祭りをプロデュースしたことは、方々で彼の功績として讃えられている。地方創生のキーマン。日本の伝統の第一人者。そうした功名を、滝尾彼方はジロチョウ祭りの成功によって手にした。

 だが、ことさら騒ぎ立てるようなことでもないような気もする。隼人の言った通り地域の祭りにはたいてい地域の暴力団が絡んでいる。滝尾彼方があらかじめ折衝を行い、自身のプランを通しやすくしただけではないのか。暴力団へのリターンも提示し、構成員から崇められるようになることも、ありえない話ではない。

「親父がさ、最近おかしいんだ」

 なぜ急に家族の話を振られなければならないのか。怪訝に思った早希は、五年前も急に隼人から父親についての話を聞かされていたことを思い出す。

「ジロチョウ祭りが成功してから、肩で風を切って歩いてたやつが、最近はなんだか妙にビビってるっていうのか、常に周囲を気にしてるみたいでさ。警察にでもマークされたんじゃないかと思ったけど、あいつがそんな大それたことやるわけないし。それで家の中でしきりにつぶやくんだよ。『先生、先生』って」

 隼人の父親が口にする「先生」とやらが滝尾彼方のことならば、滝尾彼方に縋りつくしかないような状況に陥っているということだろうか。しかし暴力団が政府ともつながりのある著名人に何を頼るのか。でなければ――。

「俺は、親父が滝尾彼方に脅されてるんじゃないかと思う」

 ありえない。

 早希も一瞬思い浮かんだが、やはりありえない。

 相手は時のひと、滝尾彼方である。それほどの大人物がたかが地方のいち暴力団構成員を脅すなど、スケールがあまりに開けすぎている。

 逆ならばまだ、ほんの少し可能性はあるように思える。ちんけなやくざが時のひとのスキャンダルを掴み、それをネタに脅す。

 だが隼人の話からはそのような兆候はまるでない。実際に目にしている隼人が可能性にたどり着かなかったのには理由がある。

 隼人の父親は怯えている。

 他者を脅す側の人間が怯えるというのは、どうにも理屈が合わない。慎重になるというのならばまだわかるが、怯えるほどの心労がかかるならそもそも脅さなければいい。脅すという行為には相手の優位に立つという立場が付随する。酔いこそすれ、怯える道理はない。

 つまり、現在の父親の立場は脅されている側のものであると、隼人は判断したことになる。

 当事者の家族でなければわからない機微は確かにあるだろう。それでもこの理屈は通らない。

 滝尾彼方に、メリットがまったくない。

 現在の滝尾彼方の収入は、地方のやくざのシノギなどとは比べものにならないところまで到達しているはずだ。あれだけ毎日テレビに出演し、本を出版し、様々な会議に顔を出している。

 まったくもって、スケールが違う。そんな男が地方のやくざから今さら何を絞り上げるというのか。

 加えて、もし脅迫の事実があったとして、それが表沙汰になれば、滝尾彼方の現在の地位は崩壊してしまう。目先の小銭のために築き上げた地位を揺るがすようなちんけな真似をしでかすほどの馬鹿ではない――というのが世間のイメージだ。

 早希は無言を貫いた。隼人のほうもそれが首肯の意ではないということには気づいたようで、自嘲気味に笑う。

「わかってるよ。んなワケないって思うだろ? でも、金銭が目的じゃないとしたら、どうだ?」

 少し眉を上げた早希を見て、隼人が勢いづく。

「たとえば、裏の汚れ仕事や危ない橋を、滝尾彼方が自分の手を汚さずに時漏組に発注しているとしたら」

「逆に」

「ああ。時漏組からすれば滝尾彼方を脅すネタになる。だけど時漏組は何も働きかけていない。俺は、変な話なんだけど、滝尾彼方が時漏組を支配してるんじゃないかって、時々思うんだよ。ジロチョウ祭りを盛り上げる際に、時漏組は滝尾彼方にとても返せない借りを作っちまったんじゃないかって」

 妄想だ。隼人は自分の父親の所属する暴力団に強い思い入れを持っている。自分の知る魅力的な組織が、何やら窮地に陥っていることに簡単な理由づけを行いたいという心理。ジロチョウ祭りの立役者と組とのつながり。それらがない交ぜになり、滝尾彼方が悪の親玉だという妄想を抱かせるに至った。

「だいぶ日も暮れてきたな。なあ早希、まだまだ話したいことがある。別の店でもいいから、飲みに行かないか?」

「断る」

 断固として拒否する姿勢の早希の前に、隼人は覆い被さるように立ちはだかった。

「早希、綺麗になったな。本当に……」

 一気に血の気が引く。こうした手合いとは関わりを持たないように生きてきた。自らの立場と力を笠に着て、相手を手籠めにできると信じ切っている愚か者。だがこの町の環境は、そんな態度をとってもすべてが上手く回るように働いている。

 どうする。殴って逃げるか。大声を出すか。

「おい」

 年齢を感じさせる張りのない声。だが聞いた相手を硬直させるような凄みが満ち満ちている。

 廊下を歩いてくるスリッパの音。艶を失った白髪交じりの髪の毛はところどころ寝癖で跳ねている。深い皺の刻まれた目元。眼鏡越しに注がれる視線は、相手を射竦めるのに十分すぎる強さ。

「あ――」

 早希は思わず声を上げた。対照的に隼人は悪戯が見つかった子供のようにびくりと背筋を伸ばし、慌てて早希から距離をとる。

「ここは学校関係者以外立ち入り禁止だ。お前たちが卒業生だったとしても部外者に当たる。警察を呼ばれる前に立ち去れ」

 隼人は言葉が終わらぬうちに昇降口を飛び出し、校外へと逃げていった。

 まあ、そうだよな――早希は落胆に、へたり込みそうになっていた。

 毎年何人も出る卒業生の顔と名前をいちいち覚えているほど律儀なひとではないことくらい知っている。だけど隼人とまとめて部外者と呼ばれたことは、早希に思った以上のダメージを与えていた。

 すごすごと立ち去ろうとすると、また「おい」と声をかけられた。

 ただ、今度はぶっきらぼうだが親しみの込められた声で。

「大丈夫だったか」

「――はい。ありがとうございました」

「上がっていかないのか」

「え――」

 振り向くと、記憶の中よりも老け込んだ加古川八重が、小さく笑っていた。

「郷土史部は部活動であるのと同時に、地域団体だ。卒業しても退部したことにはならない」

 早希が声を出そうとしながらなかなか言葉を見つけられないでいる中、八重はひとこと、

「おかえり。今井」

 と言った。

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