第32話  「6.分岐点・老婦人現る」

 優しい探偵〜街の仲間と純愛と〜

 ーーー京都編❻


 調査再開する。お土産屋さんの情報と、スマホで、旅館を検索して、いくつかの旅館を回ってみることにした。


 考えて見れば、旅館の事は、旅館に聞くのが正解に違いないではないか。


 しかし…やっとたどり着いた幾つかの旅館に聞き込みをして見ても、意外な程に同業者の事に関知していないのか、かんばしい情報が得られなかった。


 潰れてしまうくらいなのだから、凛の実家の旅館は、あまり知られていないような旅館なのかもしれない。 

 僕は正に、路頭に迷い込んでしまった。


 ふと、桃介に電話して見る。

プルルル、プルルル、ガチャ

 「おう。桃介、今何してる?」


 「あ、はい、正和君と遅い昼ご飯食べてますが」


 「あ、ホスト仲間の正和君か。なんか俺な、探せないよ。情報屋に頼めばいいのかな」


 「流石に京都まではカバーしてないでしょ、先生www。自力でがんばって下さい」


 「だよなあ。俺もう疲れちゃったよ」


 「頑張りましょう。帰ってきたら足浴そくよくでもしましょうか?」


 「う〜ん。手浴しゅよくと洗髪も頼むよ」


 「基礎看護技術ですね。先生は意外と根気がないのが弱点ですよ」


 「確かに。京都まで来たわけだしな。なんとか頑張るよ、またな」

 ガチャ




 気を取り直して、僕はまた次の旅館を探して歩く。15時45分回った頃だ。「三條小橋」というのを渡った先を歩いていた時だった。


 紫色の麦わら帽子みたいのを被った老婦人が杖をついて、ゆったりと小刻みな歩幅で、歩いている。


 「あっ」と思った瞬間だった。倒れこむ。


 「だいじょうぶですか?」

 直ぐにかけよる。


 「痛いとこありますか?」


 「いやいやだいじょうぶ。つまずいただけですよ」

 白髪、丸顔、優しい目をしたおばあちゃんだった。首に数珠みたいのをかけていた。


 「転んで骨が折れたら、寝たきりになっちゃいますよ。気をつけてくださいね」


 「ありがとうね。お兄ちゃん」

 (僕もうおっさんですけどね)


 「あの…。つかぬことを伺いますが、このあたりで、最近に閉めた旅館なんて知らないですよね?」


 「はあ。旅館ね…。重彦しげひこさんとこ?2年前ぐらいかねえ」


 「シゲヒコさんですね、その重彦さんのところに若い20歳くらいの娘さんいませんでしたかね?」


 「ああ、重彦さんの孫ね。1人いたわよ」


 「孫?その娘さんの名前は、まさか凛ちゃんではないですよね?」


 「そうそう凛ちゃんよ。可愛らしい子で、愛嬌あるからね。芸子げいこさんに成れば良かったのに、なんてみんなで、話してたんですから」


 「えっ〜〜!?中村凛さん、ですか?!」


 「そうそう。重彦さんとこは中村旅館ですね。近くの人はみんな知ってるんと違いますかねえ…。3世代でやってたの。私も近くに住んでるから」


 「ついでに聞いていいですか?中村旅館って、何で廃業したんですかね?」


 「ああ……夜逃げ。そう。夜逃げして、いやらへようになったんですわ。あとはね、重彦さんの息子さんがねえ、お若いのに亡くなったのよ。だからね、何かと大変だったんじゃないかねえ」


 「なるほど。その旅館はどちらにあったんでしょうか?」


 「新京極商店街の脇に入ったところですよ。空き家よ」


 「あ、まだ建物があるんですね…それで中村さんご家族の事をよく知ってる親しい御友人をご存知ないでしょうか?」


 「……寺町通りの接骨院の先生。ほれ、名前が。ええっと……」


 「ゆ、ゆっくりで構いません。」


 「年をとると名前が出てこなくてねえ。そう、奈良センセイよ」


 「奈良先生、接骨院の先生よ。私も前に診ていただいてましたからね」


 「なぜ、仲良いと思われたのですか?」


 「重彦さん、腰が悪くて通ってらしたからね」


 「なるほど」


 「奈良先生はいい先生でね、私がマッサージして貰いに行ってるでしょ」


 「そうなんですね」


 「私もね、アチコチ悪いですからね、ずっと通ってるの」


 「そうなんですか」


 「行った時にね、重彦さんによく会いましたわ。奈良センセイとね、親しげに話してたわよねえ」


 「ナルホド。たしかに仲良かったんでしょうね」


 「あ、思い出した!凛ちゃんのお父さん、重彦さんの息子さんは、豊彦さん。お父さんに似てね、優しい子でした。まあまあ。本当に。私の半分も生きたらへんのに」


 「ですよね。何歳くらいだったんですか?」


 「まだ40になるか成らないかじゃなかったかしら」


 「はあ。そしたら凛ちゃんはかなり若い頃に生まれたお子さんですよね〜」


 「そうねえ。奥さんも若いわよ」



 「ありがとうございます。ありがとうございます、何から何まで本当に、助かりました。すいません、お手間取らせて」


 「いーえ。こんな老人が何かの役に立てばね。がんばって」


 「あっ、すみません。申し遅れました。実は、私は、東京で、探偵業をしているもので」

 私は名刺を差し出した。


 木村探偵事務所、代表木村玲。


 「あらまあ、東京から?探偵さん?」


 「今、人に頼まれて、中村さんや旅館について、調べています。もし、だいじょうぶでしたら、一応、電話番号とお名前だけ教えて頂けませんか?また何か伺うかも。ご迷惑はおかけしません」


 「はあはあ。いいですよ。私はね原木はらきです」


 おばあちゃんはガラケーを出した。

 「私ねえ、自分の電話番号わからへんのよ…」


 「ははあ。じゃあ、ちょっとワンコールだけ私の電話にかけさして下さい」


 「かんにんねえ」




 こうして、調査が劇的に進捗した。


 凛ちゃんのおじいちゃんが中村重彦さん、お父さんは豊彦さんか。


 天にも昇る心地だ。よし、接骨院だな!

行くぞ。僕は、気持ちが高ぶるのを止めることが出来ない。僕は、お守りのフワフワ猫ちゃんボールをギュッと握りしめたのである。





 ここは京都。

 僕は町の、優しい探偵だ。 

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