第45話「喫茶店」

「母さん、ちょっと出てくるよ」

「あら、ご飯はいいの?」

「あー、うん。ちょっと有栖川さんと食べてくるよ」


 俺がそう返事すると、扉の隅からひょっこり顔を出した有栖川さんが気まずそうにリビングにいる父さんと母さんに会釈をする。

 すると、そんな有栖川さんの姿に二人とも大慌てして、それから何を思ったのか父さんが財布から一万円札を取り出して「これで行ってこい」と言われてしまったため、面倒だから素直に受け取って家を出た。


 こうして、家から一歩外へ出てみると空は気持ちの良い快晴だった。

 漫画を読み過ぎて身体が凝っているのだろうか、気持ち良さそうに伸びをする有栖川さん。



「良い天気ですね! 行きましょうか」

「うん、どこかな?」

「こっちです!」


 こうして有栖川さんの楽しそうな案内のもと、その気になっているお店へと向かった。



 ◇



 やってきたのは、本当に家の近くの大通り沿いに出来た新しい喫茶店だった。


 店内全体が木造で、昭和を感じさせるモダンな内装。

 始めて来たのに落ち着きを感じる空間が広がっていた。



「一色くん! やっぱり素敵なお店です!」

「そうだね」


 店内を見渡しながら、わぁーっと声を漏らす有栖川さん。

 そんな嬉しそうな有栖川さんに、俺も自然と笑顔が零れてしまう。


 こうして俺達は、有栖川さんの姿に少し驚いている女性店員さんに席を案内された。


 通されたのは窓際の二人席で、外からは暖かい日差しが程よく差し込み、店内の雰囲気と合わせて思わず眠たくなってきてしまうような温もりのある席だった。


 立てかけられたメニュー表を開くと、そこには昔ながらのメニューが並べられており正直目移りしてしまう。

 そして悩んだ結果、俺はエビフライ定食、そして有栖川さんはオムライスを注文する事にした。



「ここの前を通る度、ずっと気になってたんですよ。でも、中々こういう所に一人で来る勇気は無くて……」

「そうだったんだね。お婆さんとかとは来ないの?」

「うーん、お願いしたら連れて来てくれたかもしれないけど、普段忙しいですから」


 少し困り顔で微笑む有栖川さん。

 成る程、お婆さんはどうやら忙しい方らしい。


 まぁ理由はともかく、だからこそこうして来られた事に嬉しそうに微笑む有栖川さんの姿に、俺は嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 それはきっと、別に橘さん達を誘って来たって良かったところ、俺を誘ってくれた事が嬉しいんだろうなという事を自覚する。


 それから漫画の感想とか他愛の無い会話を楽しんでいると、注文した料理が届けられる。

 俺の頼んだエビフライ定食のエビフライは写真よりも大きく、また有栖川さんのオムライスもデミグラスソースがたっぷりとかけられて、とても美味しそうだった。



「美味しいです!」

「うん、こっちも美味しい!」


 届けられた料理をお互い一口食べて、顔を向き合わせる。

 味の方も申し分なく、二人で当たりのお店を発見出来た喜びを分かち合うように笑い合った。



 そして料理を食べ終わると、有栖川さんは再びメニュー表を開く。

 新しく来たお店で、次は何食べようかとか探す楽しさは俺も分かるため、そんな嬉しそうにメニューを眺める有栖川さんを眺めながら俺も楽しんでいた。


 すると有栖川さんは、手を挙げて通りかかった店員さんを呼び止める。


 そして、



「……すみません、このあんみつパフェを一つ」


 てっきり俺は食後の飲み物でも頼むのかな? と思っていたのだが、有栖川さんは恥ずかしそうに食後のデザートを注文したのであった。



「い、一色くんはその、大丈夫ですか?」

「お、俺? え、えっとじゃあ、コーヒーを」


 こうして追加注文を終えた俺達は、再び向かい合う。

 気まずいのだろうか、目の前の有栖川さんはもじもじとしながら下を俯いている。



「えっと、その、最初は食べるつもり無かったんですけど、見ていたらどうしても食べたくなりまして……」


 そして、白状するように有栖川さんが理由を話し出す。

 別に全然良かったのだが、きっと本人的にはオムライスを食べたあとにパフェを食べるというのが恥ずかしいのだろう。

 だから俺は、そんな有栖川さんに笑って答える。



「いいよ、食べたかったんでしょ?」

「は、はいぃ……」

「あはは、じゃあ食べないと勿体ないよね! なら俺も、やっぱりこのガトーショコラ頼んじゃおうかな」


 きっと一人で食べるのも恥ずかしいだろう。

 そう思った俺は、ここは一緒に食後のデザートを楽しんでいく事にした。


 そして、そんな俺の気遣いが伝わったのだろう。

 窓から差し込む日差しを浴びながら微笑む有栖川さんの姿は、やはり天使のように美しかった――。



 今日は土曜日。

 私服姿の有栖川さんと、こうして昼間から一緒にゆっくりと過ごすこの穏やかな時間。

 それは俺にとって、とても楽しくて嬉しくて優しくて――目の前で微笑んでいる有栖川さんの姿に、俺は一つの感情をいよいよ自覚したのであった。


 ――ああ、もう認めるしか無いよな


 これまでずっと遠ざけていた、一つの感情。

 それはもしかしたら、俺達のこの『友達』という大切な関係を壊してしまう事になるかもしれない。


 何故なら、その感情をこれまで向けられ続けた事で、有栖川さんは『難攻不落の美少女』と呼ばれるようになってしまったのだから――。


 だから俺は、これまでずっと考えないようにしてきた。

 けれど、それでもこれ以上はもう、自分で自分を誤魔化し続ける事は出来そうになかった。



 だからもう、認めようと思う――。


 俺、一色健斗は、目の前で微笑むこの天使のような美少女に、恐れ多くも恋してしまっているという事を――。


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