第44話「リラックス」
有栖川さんがうちへやってきて、どれくらい経過しただろうか。
有栖川さんが座るクッションの左右にはすっかり漫画の山が出来上がってしまっており、どうやらそれぞれ右がこれから読む漫画で、左が読んだ漫画のようだった。
そんな、すっかり我が家のように寛ぎながら漫画を楽しむ有栖川さんだけど、まぁ遊びに来てそんな風に過ごしてくれているのが俺としては純粋に嬉しかった。
「ふぅー、やっぱり面白いです」
「そう? なら良かったよ」
「はい、この八巻の隣の席の伏線回収も流石ですね!」
「あー、もうそこまで読んだんだね。そうだね、まさかあのシーンがあそこに繋がるなんてね」
「ですよね! もう私、読みながらうわぁーってテンション上がっちゃいましたよ!」
俺とそのシーンの話が出来るのがよっぽど嬉しかったのだろう。
手を合わせながら本当に楽しそうに微笑む有栖川さんの姿に、俺は自然とドキドキしてきてしまう。
だから俺は、咄嗟にそんな自分を誤魔化すように、そんな楽しそうな有栖川さんに返事をする。
「そうだね、その漫画読んだら隣の席とか意識しちゃうよね」
「そうですね! 凄く意――」
そこまで言いかけて、言葉に詰まる有栖川さん。
そして有栖川さんの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
それは有栖川さんだけでなく、先に言葉を放った俺も同じだった。
――いや、実際隣の席の有栖川さんに俺は何を言っちゃってるんだ!?
勢いで訳の分からない言葉を口走ってしまったが、一度吐いてしまった言葉はもう回収不可能であった。
お互いに顔を赤くしながら、無言の時間が続く――。
「あー、じゃあ私、次はこっちの異世界漫画の方読みましょうかね」
「う、うん! そっか! いいと思う!」
そして誤魔化すように呟く有栖川さんに、俺も全力で乗っかった。
しかし、俺はもう有栖川さんと休日に二人きりでいるんだよなという事を今更ながら意識し出してしまっており、もう暫くは普通には戻れそうも無くなってしまっているのであった――。
「――一色くんは、本当に異世界があったら良いなって思いませんか?」
「異世界? ――うん、まぁ確かに」
「ですよね、もし異世界に飛ばされたらどうしますかね」
自分達も、こんな風に能力を与えられちゃったりするんですかねと笑う有栖川さん。
確かに、いざ異世界に飛ばされるなら神様にチート能力の一つぐらい貰わないと、きっと実際には自分達現代人がファンタジーの世界では生きて行く事なんて出来ないだろうなと思う。
だから俺は、そんな有栖川さんに笑ってそうだねと返事をした。
しかし、周囲からはまるで異世界人と呼ばれる有栖川さんと、異世界について話し合っているというのも何だか不思議な感じがした。
まぁ当然だが、こんな話をする時点で勿論有栖川さんが異世界人などでは無い事を物語っているのだが、それでも心のどこかではやっぱり異世界からやってきたのではないかと思ってしまう自分がいるのであった。
まぁそれ程までに、やっぱり有栖川さんの美しさというのは浮世離れしているのである。
それ程までに、まるで異世界ファンタジーの世界から飛び出してきたような彼女が、楽しそうに異世界ファンタジーを読んでいるその姿というのは、シュールというか何というか、とにかく気になってしまう自分が居るのであった。
それからまたお互いにリラックスした時間が続くと、気が付くと早いものであっという間に昼の12時を回っていた。
――お腹も空いて来たし、そろそろ昼ご飯を……
そこまで思ったところで、俺は大事な事に気が付く。
――ってか、あれ? 有栖川さんお昼はどうするつもりだろう?
そう、元々はお昼を食べてから集合しようという事で午後からの約束だったところ、我慢できない有栖川さんは午前中のうちにこうして遊びに来ているのである。
そうなると、このままだとお互いにお昼を挟む事になってしまうのだが、有栖川さんは一体どうするつもりなのだろうか……。
――まぁ、普通に考えれば家もそれ程遠くは無いし、一回帰る感じだよ、な
そんな事を考えながら、俺はお昼をどうするか声をかけようとしたのだが、有栖川さんは読んでいた漫画を置いて大きく伸びをする。
そしてこっちに顔を向けると、少し申し訳無さそうな顔をしながら有栖川さんから話しかけてきた。
「あはは、漫画読んでたらお腹空いちゃいました……」
「ああ、うん、もういい時間だからね」
「で、ですよね! それで、あの……」
「うん、どうかした?」
「えーっとですね、その……もし良ければ……」
「良ければ……?」
何だ? そんなに改まって一体何だというのだろうか……。
「い、一緒にお昼ごはんを食べに行きませんか?」
すると、恥ずかしそうにもじもじとしながら有栖川さんは、何と一緒にご飯を食べに行こうと誘ってきたのであった。
そんな有栖川さんに、きっと俺はまた顔を真っ赤に染めてしまっている事だろう。
しかし、まぁ友達同士だったら昼ご飯を食べに行くぐらい普通であり、何もおかしい事は言っていなかった。
――それでも、相手はあの有栖川さんなのだ
そう、あの有栖川さんと二人きりでご飯なんて――と思ったのだが、ケンちゃんばりにうるうるとした瞳でこちらを見つめてくる有栖川さんの姿を見てしまったが最後。
そんな姿を見てしまっては、もう申し出を断るなんて選択肢はそもそも無かったのであった。
「――う、うん。有栖川さんが良いなら……」
「本当ですか!? ありがとうございます! 実は私、ずっとこの近くで行きたかったところがあったんですよっ!」
まぁ今こうして二人きりで過ごしている以上、もう全てなるようになるしか無いよなと覚悟を決めてオーケーすると、有栖川さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
――こんな風に喜んでくれるのなら、もう何も言う事はないな
こうして俺達は、近所にあるという有栖川さんの行きたいお店へと一緒に向かう事にしたのであった。
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