第弐章の漆【戦闘】1/2
「ゴダイだ……」
ユリアは画面を見つめて呟いた。周りにいた者たちも声を上げた。
「今、映っているのが?」
ユリアは頷く――間違いない。
彼女たちは地下のホオムで、白い丸テエブルを囲んで、遅い昼食を取っていた。椅子が一つ余り、静かな空気が流れる中、ボロいアナログテレビだけが一人うるさく皇女の即位式の中継を伝えていた。
初めは、長老もニイダも、そして子供たちも、さしてテレビを観てはいなかった。だが、いつからか中継は爆発音と共に物々しい雰囲気となり、彼らも無視が出来なくなった。上空を飛ぶヘリからの中継。敷地内に取り残された来賓者の一群。そして舞台上で起きている何か。辺りに蔓延する黒煙と、荒れたテレビの映像が、一切を見えにくくしている。
カメラに映る背の高い色白の男。剥いだマントのその下に現れた歪な腕。声高な演説。ユリアたちは戸惑う。何が起きているのか、全く想像がつかない。いや……テロル――それが起こったことだけは分かる。だが、あの舞台上にいる者たちは何者なのだ。そしてその疑問は、この中継を見ている全ての国民と同じだった。
一人の議員が殺された。中継上の音声に、
中継を見ていた者たちは皆一様に――ユリアたち複写人も含めて――息を凝らしていた。あの場にいない者たちは、安全な所から覗き見ているだけの者たちは、突然沸いた理不尽な暴力に、抗いがたく惹かれていた。
そして次の瞬間、カメラの端に誰かが映ったかと思えば、信じられない速さで襲撃者の一人を打ち倒した。その何者かは、紅蓮の炎に立ち向かっていた。その者は、図らずも教皇の騎士足る役割を預かることになっていた。
服装は、ユリアが知っているものではなかったし、テレビに映る中継は不鮮明だった。けれどもユリアは、その背格好、体躯から、その騎士をゴダイだと認めた。
ゴダイは生きていた。
「……無事だったんだ」
ユリアはか細い声で言った。この二日間、彼女は緊張を強いられっぱなしだった。どうして今あそこにいるのかは分からない。けれども、無事であれば、それだけでいい。
「あのバカは何をしてるんだ……」
長老が画面を見つめたまま、呟く。ニイダがそっとユリアの肩に手を置いた。ハナたちは、画面を指差して声を上げた。
ここでまた皆で食事が出来ればいい。だから、ゴダイを無事に帰してください――ユリアは心の中でそう願い、強く祈った。信じるべき神など、この国にはいないにも関わらず。
そして、画面の向こう、舞台上で事態は再び大きく動き出した。
× × ×
「これは一体どういうことなんだ! タケミカヅチ!」
レイガナの怒号が、教殿の控えの間に響き渡る。すでに教皇の座を手放したとはいえ、彼は現在も実質、教会内の最高権力者であった。警護隊実務部隊長は、直立不動の姿勢で答えた。
「現在、確認できる範囲で襲撃者は三十名弱。我々警護隊は、約六十名で応戦をしておりますが、突然の急襲のため、苦戦を強いられています」
「苦戦も何も、大変なことになっていることくらい分かっている!」
レイガナは控えの間に置いてあるモニタアを指差す。画面には舞台上のリリアンヌと壱號の姿が映っている。
「状況報告はいい。とにかくどうにかして、リリアンヌを救い出すんだ!」
どこからか数発の銃声が聞こえてきた。それはモニタアからでなく、この建物内で響いているようだった。タケミカヅチが落ち着いた声で言った。
「アマツビト様。この建物にも襲撃者が侵入を開始しています。現在こちらが用意している人員と武器だけでは、守り切れるか確約が出来ません。ここからの脱出をお願いします」
タケミカヅチは、控えの間にある暖炉の辺りを指差した。そこは、地下から逃げるための隠し通路の入り口になっていた。
「守り切れない? 私にここを動けと命じるのか? 君は」
「……」
タケミカヅチは答えずに、レイガナをジッと見つめる。それは、理解を求める所作ではなく、命令に従わせる圧力だった。レイガナは、部下の冷たい瞳を見て、わずかに怯んだ。
「部隊の増援は?」
レイガナは平静を取り戻して、部下に尋ねる。
「ベイランの特殊武装隊がヘリでこちらに向かっています。あと十分もすれば到着します」
「十分……」
「け、警察とかの出動は出来ないのでしょうか……?」
事務員の一人が、そっと手を上げて尋ねた。
「それは出来ない。教会の所有している区画は、教会法に則って治安が維持される。警察の介入は、総理大臣の承認なしには実行されえない」
レイガナが事務員を見て、答える。
「しょ、承認をもらえばいいのではないでしょうか」
「……出来ればやっている。今、総理大臣ならびに副総理は、あの集団の中にいるんだから」
レイガナはモニタアの画面を見て答えた。そう、ここで起こった問題は、教会自身の手で解決しなければならなかった。そもそも、教会が警察に貸しを作るような失態は犯したくない。レイガナは、タケミカヅチに向き直って尋ねる。
「十分後、特殊武装隊が到着すれば、全て問題は解決できるのだな?」
タケミカヅチは姿勢を正し、自身より小柄な前教皇を見下ろして言う。
「実行部隊には、カガノトマリを装備の上、こちらに向かうよう指示をしてあります。現着し次第、全ての問題は一挙に解決します」
「カガノトマリ……タケミカヅチ、それは先のタイペイ条約で、国際的に使用を禁止された武装兵器だぞ」
「承知しております」
「何故アレが国際的に使用を禁じられているか、理解しているのか? アレは、非人道的な兵器なんだ。そんなものを使ったことがマスコミに知られれば、どうなるか分からないのか?」
「理解しております」
「君たちの命に関わる話なんだぞ。それを、非常事態だから――そういう言い訳で使用をするつもりなら……」
「アマツビト様、我々は強化人間です。カガノトマリの使用による弊害は、一軍人のそれよりも遥かに少なく抑えることが出来ます。それに、タイペイ条約は、国家間の戦争時における使用を認めていないに過ぎません。これは、戦争ではありません。これは、この国の基盤を揺るがすテロリズムなのです。条約の文脈に忠実に従うのであれば、カガノトマリを国内治安の維持のために使用することは、何ら問題がありません」
今度はレイガナが黙りこむ番だった。現在のこの最悪な
「では、アマツビト様、こちらへ」
タケミカヅチが暖炉の方へと案内をし、事務員の一人が暖炉の裏にある操作盤に手をかけた。すると歯車の鳴る音が響き、暖炉を形作るレンガがその位置を変え始めた。内側から暖炉が組み替えられていく。そして十数秒後、地下へと続く脱出口が現れた。
脱出口から部屋を出ていく直前、レイガナはモニタアの画面を一瞥した。
一人の知らない少年が、リリアンヌを護るかのように、襲撃者と対峙している様子が見てとれた。だが、そこまでだった。周りの者たちに連れられ、前教皇は地下へと降りていった。そして彼の付き人であるタケミカヅチは、迫る敵を排除するべく、その入口の前に立ち、増援部隊の到着を待っていた。
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