第弐章の陸【襲撃】1/2

 爆発が断続的に起きて、状況を把握するまでの十数秒間。事態は急速に変化した。

 リリアンヌは舞台上から、正面広場と大通りを見た。煙と瓦礫と怪我人、そして死体。そして、爆発音。大きな音に慄く。

「リリアンヌ様!」

 タマヨリが駆け寄る。

「こちらに!」

「あ、え、ええ」

 リリアンヌは叫んだ。

「な、何が起こってるの?」

 発砲音。舞台前の来賓者たちがどよめいた。客たちは皆、席を立ち、椅子が音を立てて倒れた。四角四面に集まり怯える羊たちの周りに、ライフルを持った者たちが現れた。そして発砲。再びのどよめき。

「分かりません! ですが早く安全なところへ!」

 タマヨリはリリアンヌを覆うようにして、舞台袖へと駆け出した。階段を下る。

 次の瞬間、目の前で、事務員の一人が頭蓋を撃たれた。弾け飛ぶ脳漿。リリアンヌの悲鳴。足が止まる。

「お姫様は動かないでいただきたい」

 銃を持った男が、二人の前に立った。煙を吐く銃口。その男の姿は極めて異形だった。腕が金属の骨組みで出来ている。太いパイプと細いパイプ、それに巻きついているコオドコード群。少なくともそれはただの義手ではなかった。肩から肘までの長さが異様に短く、両腕の長さも不揃いであった。リリアンヌは、その姿に怯んだ。

 タマヨリが一歩前に出た。腰の拳銃に手をかける。シヱパアドに支給されている備品の一つである。

「ダメだよ。そんなことしたら、お姫様、傷つけちゃうよ」

 後ろから声がした。タマヨリは振り向く。リリアンヌが女に捕まっている。右腕が後ろ手につかまれ、襲撃者の左手がリリアンヌの顔に回されている。

「タ、タマヨリ……」

 リリアンヌは身じろぎ出来ない。その場で固まることしか出来ない。

 そして、女の腕も異形であった。鋼鉄の手。五本の指がナイフの如く鋭く尖り、黒く輝いている。リリアンヌが青白い顔でタマヨリを見る。

「リリアンヌ様!」

 タマヨリが声を上げる。彼女は男に振り返り、叫んだ。

「お前たち、何なんだ? こんなことをしてただで済むと思って――」

「思っているよ」男はにべもなく答える。

 タマヨリが反論しようと口を開く。だが、男が続けた。

「もうすぐに分かる。全てが変わる。ほら、俺たちのあるじがやってきた」

 男が舞台前の来賓席の方を見やる。リリアンヌたちもそちらに視線を向けた。

 ひと塊りになった来賓者。その彼らを取り囲む襲撃者。抵抗を許されないシヱパアド。大勢の議員が人質になっていた。そして、縮こまった羊たちがざわつき、人海が二つに割れた。その間を、二人の男が歩いてきた。前を歩く男の手には炎がかかげられ、まるで行く先を照らしているようだった。

 火炎放射器……リリアンヌは一瞬、そう思った。だがそうではないことに、すぐ気が付いた。それは男の腕だった。男の掌から、炎が噴き出していたのである。またも鉄の腕。

 二人の男は、悠然と敷地内を横切ってきた。さもここが、自分たちの庭だとでも言うかのように。そして、後ろを歩く男が炎の男を制し、正面に設置された階段から壇上に登ってきた。リリアンヌを捉えた女と、タマヨリに銃を向けた男は、今来た彼らの主に、小さく頭を下げた。主と呼ばれた男は、二人を一瞥し、演台の前に立った。

 男はマイクを使って、話し始めた。

「我々は、〝いびつな鉄の腕〟。この国の歪んだ価値観を正しに来た者である」

 男の横顔は、鼻が高く、肌が異様に白かった。だが、正面を見据えるその瞳の色は、深淵を覗き見ているかの如く、真っ黒に淀んでいる。

「……我々はこの国の弱者である」

 男の声は拡声器を通して、静かに、そして明瞭に響いた。前で怯える羊たちは何も答えない。数秒間の沈黙。

「……なあ、おい、何も答えないのか……?」

 男は溜息をついて、頭をかいた。物言いの調子が百八十度変わった。見下げるような視線を群衆に向けた。男は、着ていたマントを脱いだ。

「……お前ら、この惨状を見て、何も言えないのかよ……」

 男は両腕を広げて、言った。

 リリアンヌはその姿を見て、ぞっとした。恐ろしく長い腕だった。そしてそれもまた金属で出来ていた。くすんだ黄金色の骨組みが鈍く光り、関節に交じる黒い継ぎ目が微かな音を立てている。そして、その関節がおかしかった。関節が二つあるのである。左右に、ではない。片腕に肘が二つずつ、あった。ひざ下まで伸びる長い腕が、しなり、曲がり、持ち上げられ、男の髪をかき上げた。

 そして男は語り始めた。金属の歪な腕による雄弁なゼスチャアジェスチャーを交えて。

「……まあ、そう言うもんなんだよな。圧倒的で理不尽な暴力の前では、誰しも黙りこんでしまうんだ。怯えてしまうんだ。分かるよ、よく分かる。何故なら俺たちもそうだったからだ」

 男は、肩をすくめてみせる。リリアンヌは、彼が起こした惨状とまるで不釣合いなその口調に、胃の腑が冷えるような不快感を抱く。

「お前らは、もうすでに俺らが、普通じゃないことに気が付いているだろう。そうだ、俺たちは、お前らが言うところの〝似て非なる者″と呼ばれている複写人だ。もちろん、ただの複写人でない事は、この気持ちの悪い……気持ちの悪い、腕を見てもらえれば、一目瞭然だろう……」

 男が言葉を切った。口を歪ませ、眉間に皺が寄る。男は、肩を震わせながら――

「本当に気持ちが悪い! 何だ、この腕はっ!」

 突然叫び声を上げた。そして、腕を、歪な鉄の腕を振り上げて、演台に振り下ろした。マイクを通して、ものすごい音が響いた。演台が、一瞬でひしゃげた。まるで紙細工で出来ていたかのように、圧倒的な力で叩き潰された。

 男は、わなわなと震え、息を荒げている。舞台下から、大柄な男が駆け上がってきた。掌から炎を吹くあの男である。

「壱號さん、落ち着いて下さい……」

 炎の男はそう言って、彼の主に近寄った。壱號と呼ばれた男は、軽く手を上げ、

「……大丈夫だ、済まない。取り乱した」

 そう小さく答えて、壇上に転がっているマイクを指差した。炎の男がマイクを拾い、壱號に手渡す。壱號は息を整える。

 頭がいかれている――リリアンヌはそう思った。普段なら決してそんな気持ちを他人には抱かない。だが、明らかにこの男はおかしい。物言いが、態度が、全く定まっていない。理性と感情が、崩壊を起こしている。見れば、壱號の口元に、今度は落ち着き払った笑みがこぼれ始めていた。

 リリアンヌは恐ろしくなった。もちろん、今あるこの状況が恐ろしくないわけがない。だが、それ以上に、この男のことを全く理解出来る気がしないことに恐怖を感じた。

 その男の暴力は、人間の理解から程遠い所にあった。ある意味、それは災害に近いものだった。

「さて……話を続けよう」

 壱號は、落ち着いた口調で、演説を再開した。

「この歪な腕は、この国が我々に埋め込んだ暴力だ。そう、暴力。先の大戦時にこの国が望んだ暴力だ」

 男は腕を広げる。リリアンヌほか捕らわれた者たちは、壱號の言わんとすることの意味が掴めない。

「戦時中、この国は優秀な兵力を求めて、幾つもの生体実験を行った。遺伝子強化とか、脳波シミュレヱタァシミュレーターとか、そういった類の奴だ。そして、その中の一つが、俺たちの様な機械化した身体を持った兵士の創造だった。この国は、最強のゲリラ部隊を生み出そうと考えたわけだ。しかし、問題があった。生きた人間を機械化するのが思った以上に難しかったということだ。機械の身体と元々の肉体がなじまなかったんだな。だから、この国は、始めの始めから、つまり、生まれる前の遺伝子をチユニングチューニングした上で、人間を機械化する方法を探ることになった。それが、この国の複写生命事業の始まりだったんだ」

 壱號は、今した話を聴衆が理解するのを待つかの様に、話を切った。

「……ちょっと待って。あなた、言っていることが何かおかしいわ」

 リリアンヌだった。ナイフの女に身体を抑えられながらも、壱號の方を向き、彼女は声を発した。この男に対する、この惨状下での初めての反論だった。

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