第弐章の弐【捜索】3/3
ユリアが地下ホオムに向かって下りていくと、途中の階段にハナが腰掛けていた。ハナはユリアに気が付き、立ち上がった。
「ユリア!」
ハナはユリアに駆け寄った。その様子を見て、ユリアが勢い込んで尋ねた。
「何? ゴダイが帰ってきたの?」
ハナは残念そうに首を振る。
「違うよ。ゴダイはまだ……。そうじゃなくて、ユリア、長老たちが帰ってきてて……」
ハナの語尾が弱々しくなる。ユリアは小さくなるハナを見て、軽い口調で返した。
「あーあ、先に帰ってたか。怒られるなー、これは。ははは」
ハナの頭に手を置いて、ありがとう、そう言って階段を下りていく。ハナはそんなユリアを見て、何も言わない。
ホオムに着くと、長老が丸テエブルに座り、ユリアを待っていた。その隣にはニイダが座り、そばにはテイスケが立っていた。見回せば、他の子供たちは、遠くで縮こまっている。
「長老。ごめんなさい」
長老が何かを言い出す前に、ユリアは謝った。
「どういうつもりだ? 勝手に外に出るなと言ったはずだぞ?」
「ごめんなさい」
ユリアはもう一度謝る。
「どうして外に出た?」
戦火を生き延びた長老の鋭い眼光が、反論を許さない低い声が、ユリアにきつく刺さる。だがユリアはひるまずに、長老を見返した。
「ゴダイを探したかったの」
「それは、俺とテイスケでやってくると言っただろう?」長老が自身とテイスケを指差す。「俺が昨日言った事、覚えているな?」
ユリアはその質問を無視して、尋ねた。
「見つかったの?」
長老は答えない。ニイダが何かを言おうとする。
「二人が探しに行って、見つかったの? ゴダイは?」
ユリアが語気を強める。二人を非難するような語調。
「……見つかってない。お前のいう現場には警察がいたし、街中は人だらけだった」
「こんな超高度情報化社会で見つからないなんて、お笑いだよ」ユリアは自嘲めいた声で言う。「こんな地下に隠れるように住んで、人々に嫌われて、教会に追われて……」
長老は黙り込む。
「なんで私たちがこんな目に遭うの? もう耐えられない」
ユリアは眉間にしわを寄せ、泣きだしそうな目で長老を見た。長老はまっすぐユリアに向き直る。
「もう一度、俺とテイスケで探してくる。だから、お前は外に出るな」
ユリアが下唇を噛んで、うつむく。
「嫌だ」
「お前にまで何かあったらどうするんだ」
長老が諭すようにゆっくりと言う。ユリアは、押し黙った。そして小さく一言。
「そんなの、私の勝手じゃん……親でも無いくせに……」
重たい沈黙が辺り一帯に落ちた。誰かが何かを言おうとした。だが、ユリアが急いで言葉を継いだ。
「ごめん、今のは忘れて……ごめん」
ユリアはそう言って踵を返し、長老たちのもとから足早に立ち去った。
「ユリア!」
ニイダが声をかける。だが、ユリアは無視した。子供たちが固まっているそばを、黙ったまま通り過ぎた。ナナヒトに何かを言う気もすでになかった。ユリアは自分の小屋の扉を乱暴に開けて入り、ベッドに倒れ込んだ。もう何も考えたくなかった。ユリアは目を閉じた。
しばらくして、外から声がかかった。
「ユリア」
ニイダだった。けれどもユリアは答えない。それでもニイダは続けた。
「まあ、その……外に出たことは――長老も言ってたけれど――今は控えた方がいいと思うの……別に、意地悪で言っているわけじゃないのよ」
ユリアは枕にうずめた顔を少しだけ起こした。
「心配してるのよ……あなたも分かってくれているとは思うけれども……。でも、ゴダイはあなたにとって大切な人だからね……そのことは長老もよく知ってるわ。そうね、ユリアにとって、ゴダイは王子様みたいなものだものね」
「ちょ、ちょっと待って」ユリアは身体を起こして言う。
「あなたを施設から連れ出したのは、ゴダイだもの……だから、あなたが彼を探したいって気持ちは……」
ユリアは急いで立ち上がって、扉を開けた。ニイダは壁にもたれて話を続けている。
「ニイダさん、ちょっと……」
ニイダは話すのをやめて、ユリアを見た。
「その、お、王子様ってのは……ちょっと……」
ユリアは居心地悪そうに、うつむきながら、たどたどしく言う。そんなユリアを見て、ニイダが優しく微笑む。
「あとで長老にキチンと謝っておきなさい」
ユリアは顔をあげてニイダを見る。それから、小さく頷いた。
「あと、テイスケがね、保護施設にゴダイがいるかもしれないって言ってね。探しに行くことになったから」
「……うん」
「しっかりしなさい。あんた子供たちの中で一番年長なんだから」
「……うん」
「きっと大丈夫よ。あんまり深刻になり過ぎちゃいけないわ」
ニイダが、ユリアの頭に手を置いて言う。
「……うん」
「あと、もう少ししたら、夜ご飯の準備をするから。手伝ってね」
「……分かった」
ニイダは嬉しそうに目を細めて、じゃあね、と言った。
去り際のニイダに、ユリアが小さな声で言った。
「ありがとう」
ニイダは振り返らず、手を振った。ユリアは、とめどなく潤む瞳を、ごしごしと袖で拭った。
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