第弐章

第弐章の壱【会議】1/3

 民衆院テ可決サレタ議事ハ貴族院ノ過半数ニ依テ之ヲ取リ消ス 2但シ民衆院ノ可決カ全会一致ノ場合ハ之ヲ除ク  『憲法 第四十七条』




 与党第一党、国民党党首すなわちこの国の総理大臣であるセイメイ・イトウは、第一御皇殿ごこうでんの会議室の椅子に着座し、非常な居心地の悪さを感じていた。というのも、今彼の目の前には、貴族院議長ダイスマン・ウォヱンラヰト枢機卿と聖皇庁警護局実務部隊隊長タケミカヅチが座っており、さらに左手には、この国の実質の最高指導者アマツビト=レイガナ代理教皇がいたからである。

「さて、予定の面子がそろったので、さっそく会議を始めましょう」

 レイガナが、綺麗な紋様の彫られた椅子に腰かけて、言った。

「書記官がまだ来ていないようだが」

 ダイスマンが口を挟んだ。この場で、代理教皇の名を呼び捨てに出来るのは――いや、恐らくこの国のどこにおいても――ダイスマンただ一人だけだった。

「ダイスマン、今日のこの話し合いは記録するほどのものではないよ」

 レイガナが落ち着いた声で答えた。それはつまり、この場での話し合いは公にするつもりがない事を意味していた。レイガナが、イトウに向かって言う。

「イトウさん、急にお呼び立てして申し訳ない。今後のこの国の運営を考えた時に、どうしても民衆院の代表がいないことには、話が進みませんので……」

 イトウはハンケチで額の汗を拭う。

「いえ……先日のアイゼン氏の件もありますし……これから私たちがどう動くべきなのか、ご指示も頂きたいと考えておりましたので、まったく問題ございません」

 イトウは自身の声が微かに震えていることに気がつく。だが、それも仕方がない。自分はこの場に不釣り合いな人間だと、イトウは思っていた。

 それを察してか、レイガナが親しみを込めた声で言う。

「そんなに緊張しないでも大丈夫ですよ。あなたは、国民の代表で、この国の首相なのですから」

「……はい」

「それでは、イトウさん、いくつか質問させてください。まず議会のほうは今後どうなりそうですか? 国民党の次期党首候補だったアイゼン氏が亡くなって、混乱などは生じていませんか?」

 イトウはゆっくりと言葉を選びながら答える。

「ええ、そうですね……まず党首選について言えば、アイゼン氏の他にも立候補がいましたが、今回の件を受けて、誰も彼も出馬を見送りたい様子です」

「ふむ」

「やはり、この前の事件の原因が複写生命管理法にあるのであれば、それを大々的に党約として掲げて党首選に出ることは避けたいところなんだと思われます」

「アレはアイゼンのやり方がおかしかったのだ」ダイスマンが口を挟む。「確かに、複写生命管理法の制定は我々教会の意向に沿ったものではある。だが、彼は愚かにもそれを、党員と国民からの支持を得るために、党首選の出汁に使ったわけだ。もっと控えめに行っていれば、あんなことにはならなかったはずだ」

「すみません……」

 イトウは謝った。

「あなたが謝ることはないでしょう。それと、ダイスマン、死んだ人間に文句を言っても仕方ないよ」

「だが、レイガナ。今回の事件を受けて、民衆院での法案の可決が遅れれば、複写人の保護が進まないんだぞ。ましてや、事件の犯人が複写人であったならば、奴らの脅しに屈したことにもなる」

「まだ犯人は分かっていないよ」

「じゃあ、国民党内の内部抗争なのかもしれないな。イトウさんだって、今回の件で自分の政敵がいなくなって、随分ほっとしているんじゃないのか」

「バカなことを言うんじゃないよ」

 レイガナにたしなめられ、ダイスマンは黙り込む。レイガナがイトウに向いた。

「気を悪くされたら、すまないね。だが、彼の言う通り、確かに複写生命管理法の制定は早く出来るに越したことはない。イトウさん、そこのところはどうなりそうでしょうか?」

「いえ……党首選の混乱が落ち着かないことには何とも……一応、委員会の方で動いてはいるんですけれども……」

「このままの状態が続けば、次期与党党首、それに総理大臣もあなたが継続して務めることになるんですよね?」

「ええ、そのように考えております」

 イトウは口ごもりながら答える。それに対し、ダイスマンが厳しい口調で言う。

「じゃあ、答えはハッキリしているじゃないか。党首選は形だけで切り上げていただき、あなたが先頭に立って法案を提出していただく他はない」

「ええ、そうですね……分かりました。委細そのように承知いたしました……」

 イトウは額の汗をハンケチで拭った。

「ねえ、ダイスマン、イトウさんに向かって、そんなに強く言うもんじゃないよ」とレイガナ。

「だが、法案は貴族院からは提出できない。こればかりは政府か民衆院にお願いするしかないのだから――」

「まあ、それはその通りだけどね。でも、複写生命管理法とは別に、改正保護法は無事議会を通ったんだ。とりあえずは大丈夫だよ」

 そう言って、レイガナはタケミカヅチを見た。タケミカヅチが固く頷く。

「改正保護法をもって、我々シヱパアドには、似て非なる者の遺伝子情報から演算した仮想人称記録への接続権限が与えられました。これにより、我々の監視を、より強化し、積極的な保護を行えるようになると思われます」

「……まあ、それだけで保護事業が進むのであれば問題はないが…」ダイスマンが机の上で手を組んだ。「だが、犯人逮捕のほうは一体どうなっているんだ? 君のところでは警察にも手をまわしているんだろう?」

「はい、それにつきましては、私の部下、クザンの方から、説明をさせていただきます」

 タケミカヅチが後ろに控えた従者を指す。クザンと呼ばれた部下が前に出て、頭を下げた。それから机の上に一つ、小さな映写基匣を置いた。

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