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第39話 ショッピングデートは前振りで

 二人は今、駅前のショッピングモールを訪れていた――


 外出へのハードルが低くなった多歌を連れ出して、広大はまず駅前へと向かった。

 この時の目標は、駅前にある蕎麦屋。

 真っ赤な土塀風の外壁。

 だが店内の調度品は落ち着いた雰囲気。

 それなのに「割子そば食べ放題」という思い切ったメニューがあったりする。

 多歌は実に面白そうに、あれやこれやと広大に話しかけていたが、それは次第に収まっていった。

 何しろ広大が無限とも思える食欲を発揮して、延々と蕎麦を啜り続けるのだから。

「もう、いい加減にしなよ。十分元は取ったって」

「そういうつもりで食べてるわけじゃない」

 といいながら、さらに二枚追加。

 確かにペースダウンしているのだろう。

 先程まで、五枚ずつ注文していたのだから。

 スマホで調べた結果、カツ丼が美味しいらしいとの情報を手に入れた多歌は、すでにそれを食べ終えていた。

 広大は、それでもそこから十分ほどで昼飯を終える。

 皮肉なことに、この時、ちょうど正午といった辺りだろう。

 それからショッピングモールを訪れたわけだが、ここで広大が意外な提案を申し出た。

「服? 私の?」

 現在はだぼっとしたシャツに、ミニスカート姿の多歌が声を上げるのも無理もない話だ。

 あまりにも突然。

 広大はジーンズは変わらないものの、Tシャツの上に、柄物のシャツを前を閉じること無く羽織っている。

「そう」

「脱が――」

「――せるつもりはないが、このあと“お願い”がある。だから僕のプレゼントだ」

 実は蕎麦屋での払いも広大が済ませていた。

「ちょっと待って。この前のレストランもそうだけど、コーダイくん、バイト代は?」

「それがあるから気にするな……は無理だろうな」

 広大は、ショッピングモール内のベンチに多歌を誘導する。

「おかしな事を言うようだが、一種の願掛けみたいなものなんだ。上手く行けば……」

「行けば?」

 横に腰掛けた多歌が、身体を寄せながら広大に確認する。

 ほとんど詰問のような勢いで。

「……僕は君からお礼されると思う。バイト代も必要経費と言うことでほて……お金が返ってきそうな気がするんだ。実はAではもうコンポ買ってあるしな」

「ちょ、ちょっと待って。何だか情報が多すぎて整理出来ない」

 多歌は身体を離して、懸命に補助線を引いた。

「――よくわからないけど、それなら私が……」

「だから願掛けだと」

「あ、ああ、そう言ってたね。じゃあまず、これはこれで一端置くしか無いか。で、Aではコンポ買ったの?」

「うん」

「“きこえるかしら”は?」

「聞いた」

「感想は?」

「まぁ、満足。僕としては及第点だな」

「何か全然納得出来ないし。コーダイくん、わざと話そらしてるでしょ」

 確認では無くて断定。

 だが、隠し事があるのは多歌も同じだ。

 多歌は口元をむにゃむにゃ動かし、次いでスマホを取りだした。

「――――わかった。さっき言おうとしてたのは“補填ほてん”ね!」

「当たり。それで、補填してくれるか?」

「そこでOKって言ったら、全部OKになっちゃうでしょ」

「ああ、こういう速さは心地良いな」

 本当に感慨深げに広大がそう呟くと、多歌の動きが停止した。

 頬を染め、猛禽の眼差しで広大を見つめる。

「それは……ズルくない?」

「また、さっぱりわからなくなった。とにかく僕の提案はOKなんだな?」

「わかってるんじゃないの!」

 と言いながら、多歌は肩を怒らせながら、ファッションコーナーに突撃した。


 このあとも、穏やかなショッピングデートになるはずは無かった。

 その原因は――やはり両者共に責任があるだろう。

「じゃあ何? 私を裸にして、帽子だけ被らせるつもりなの?」

「どこからそんな奇々怪々な発想になるんだ」

「じゃあ『どんな服が好きなの?』っていう私の質問に、どうして帽子の好みを言い出すのよ」

「服に興味がほとんどないんだ。でも、帽子を被ってる女性は好きかも知れないという、僕なりに真摯しんしに考えた回答なのに」

「何処に紳士しんしさがあるの?」

「ん? ああ、そうか……日本語は本当に難しいな。二瓶の妄言もわからないでもないな」

「どうして二瓶さんが出てくるのよ?」

「それについてはすまなかった。だけど……これを見てくれ」

「スマホ……? え? これで真摯シンシって読むの? で、真面目とか真剣に……じゃ、服はどうでも良いから帽子の好みだけを言ったの? おかしいと思わない?」

「全部無視するよりは良いだろ?」

「それは、どっちかを選べって命題があるならね」

「それなら例えば、帽子から組み立てても良いわけだろ? 元々、ヒバリさんだって服に興味は無かったと聞いた」

「それはそうだけど……それでもコーダイくんよりはマシだと思う」

「じゃあ、ますます組み立ててもおかしくはないはずだ。帽子だけを被るとかいう発想の方がおかしいと思うな」

「……じゃ、どういうのが好みなのよ」

「ヒバリさんなら、そこのキャスケットが良いんじゃないか?」

「どれ? ああ、こういうのか。だとするとパンツの方が良いかも。サスペンダーとかさ」

「……それはまた、マニアックな」

「どうして!?」

「ああ、いや……そうだな、その――少年探偵っぽいかな、と思って」

「その発想はどうなの? でもコンセプトは……」

 こんな始末であった。

 そして広大曰く「少年探偵」のようなコンセプト。

 真っ白なシャツに、ネイビーブルーのワイドパンツ。

 もちろんチェック地のキャスケット帽は忘れずに。

 店内でそれらに着替えた多歌は今まで着ていた服を貰った紙袋に入れて、広大に連れられるままにタクシーに乗った。

 やがてその多歌の顔色が悪くなる。

 帰宅するのだろうと多歌は考えていたのだろう。

 だが方向はまったくの逆。広大の指示は――

「とりあえず、空港に向かってください。目印のない場所なんで、説明しづらいんですよ」

「ね、ねぇ」

「ヒバリさんが考えてる場所だよ。多分。これが“お願い”で――」

 広大は親指をカクンと逆に曲げる。

「――僕の願掛けが必要になるのはここからだ」

 広大が目指した場所は二瓶の言う「無人地帯ノーマンズランド」。

 もっと細かく言えば「明月荘」だ。

 だがこの時、広大はまだ、どういう結果がもたらされれば願掛けの成就になるかを――


 ――決めかねていた。

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