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第32話 これは間違いなくイチャイチャ。 ※
綺麗に片付けられた広大の部屋。
それでも横たわっているスポーツバッグ。さらにはハンガーで吊された女物の衣服は片付けようがなかったのだろう。
部屋の中の異物として、悪目立ちしている。
すでに午後。
部屋の主と同居人は、午前中から何だか、もぞもぞと動いていた。
掃除、洗濯、買い物。
そういった営みをおろそかにするわけにはいかないからだ。
さらに多歌が外出を了承したこともあって、それほど緊急でない仕事まで片付けてしまおうと、二人は蠢いていた。
午前は、掃除洗濯を済ませて、さらには近所の洋品店を覗く。
そのあと効率の悪いことに、再び外出してコンビニへ。
この時さらに、コンビニ弁当選びで再び揉めた二人は、夕食はどうにかしてハンバーグを作ろう、という流れで決着してしまった。
何故か。
結果、二人のさらなる外出となったわけだ。
もちろん、それには広大と外出したいという多歌の願望があった事は言うまでも無い。
洗濯が終わったばかりのキャミソールに再び身を包み、嬉しげに広大の横に並んで歩いていた。
デート。
……の、つもりなのだろう。
一方の広大はTシャツにジーンズと、代わり映えしない出で立ちだ。
暦の上では「残暑」と言われる期間なのだが、到底残り物と呼べるような暑さでは無い。
そんな状態であるので、多歌がふざけて腕を組もうとした瞬間、本気で何もかも投げ出しそうな――多歌も含めて――荒涼たる雰囲気を広大は纏っていた。
むしろ多歌によく付き合っている方だろう。
その広大が、スマホを耳に添えたまま扉を開けた。
帰ってきたらしい。
「そう。雨になるんだ。六時ぐらいだな……うん? ああ、そうだ。情報屋がこの状況で情報集める時どうするのか知りたいんだ。雨が振るとか、その辺りハッタリに使って……ああ、頼む」
スマホを流しの横に置いて、スニーカーを脱ぐ。
続けて持っていたバッグを、同じように流しの横に置いた。
「ヒバリさん、その辺に置いて」
「うん、冷蔵庫に入れないと……」
「牛乳はさっさと放り込もう」
広大が場所を譲ると、その隙間に多歌が乗り込んでくる。
そのままライトブルーの編み上げミュールを脱ぎ捨てた。
「さっきの二瓶さん?」
「ああ。やっと連絡が来た。メッセージで用件わかってるはずなのに、どうしてもこ……口で伝えないとダメみたいだ」
そんな広大の様子を見て、多歌は嬉しそうに微笑んだ。
「お肉も冷蔵庫に入れないと。それに付け合わせがあるでしょ?」
「むしろ付け合わせを作る方がハードル高くないか?」
「ジャガイモを加熱する。潰す。マヨネーズを混ぜる」
「……どうした?」
「コーダイくんの真似だよ。わかんない?」
「わからない」
「ほら、そういう
「ニンジンはハードルが高そうだ」
「そだね。無視して、あとは黒胡椒で良いんじゃない? ちゃんと買ってきてるんだ」
同意の代わりに会話を打ち切って、広大は多歌と協力して買ってきたものを冷蔵庫に詰め込んでゆく。
「アイスどうするんだ?」
「食べましょう。限界だし、溶けてそう」
最初は夕食のあとのデザートにするつもりだったのだが、確かに多歌の判断にも一理ある。
この炎天下では、氷剤代わりの任を全うしたと成仏させるべきだろう。
何より、二人には休憩が必要だ。
引きずるような足取りで、それぞれ選んだアイスを片手に部屋へ。
ちなみに広大はアイスモナカで、多歌はちょっと高めのカップアイス。
広大が引っ張り出したテーブルの周りに腰を下ろし、一息つく。
「……本当に暑いね。これから雨になるの?」
「Aではそうなった。こっちでもそうなると思う」
「ああ~~っとね……」
「ギャンブルでもとりあえず勝てるだろうな」
言い淀んだ多歌の様子から、広大は察したのだろう。
「ただこれをすると、Cが発生してしまう可能性がある。やっぱり派手なことは出来ないな」
「ああ、うん。人として間違ってる、とか言われるよりは、コーダイくんらしい理由だね」
「
「そこで、カタカナの名前出されても……あ、ちょっと待って」
素早く、スマホで検索する多歌。
最近、と言う程長い付き合いでは無いが、ここに来て二人の間には歩み寄りが見られた。
広大は、時々自分が使おうとしている単語を検討し、多歌は多歌でより頻繁に検索のクセをつけた。
「なるほど、これだね。『倫理』」
発音だけのことで、広大には判断のしようがないが、恐らく合っているのだろうと頷いておく。
それよりも「リンリ」という名前のキャラクターは誰かいたかな? と脳内検索を進めることに囚われていた。
「ね、コーダイくん」
「ん?」
モナカをかじりながら広大が応じる。
チョコがコーティングされたものだったので、それにも気を配らねばならないのだ。
「昨日……じゃなかった、ええとコーダイくんの言うAの話をしてよ」
「始めるのか」
「相変わらず、繋げ方がよくわからないけど、私がずっと聞きたがってたのわかってるんでしょ?」
「決心するのに、時間がかかったんだよ。今も出来てるとは言いがたい」
「コーダイくんが? どうして?」
「どういう展開になるのかわからない」
「わからないから訊くんでしょ?」
「ああ、普通はそうだな。でも僕は『科学の終焉』(※注1)で言ってたみたいに“答え合わせ”する状況の方が好きみたいだ」
「あれは酷いね。夢も希望もないね」
「理系にそう言って貰えると、救われた気分だ」
「じゃあ、答えの無い場所に希望を見つけようよ。スキューズ数(※注2)の向こうに!」
「な? 言葉わかってると、話が早くなるだろ?」
「それは……納得。と言うか理系でもないのに何故スキューズ数知ってるの?」
「理系に憧れがあると」
「え? そんないきなり……」
「“テンドン”(※注3)は文系なのかなぁ?」
「どうしていきなり、食べ物の話になるのよ? ハンバーグは変更出来ないわよ。もう外に出るのヤだし」
「ああ、それはな……」
たまった家事を片付ける以上に、こんなやり取りを繰り返しているので、話が進まないのだ。
これは間違いなくイチャイチャ。
その亜流、である。
だが、それにも終わるときが来るものだ。
「……スキューズ数の向こうなんて言い出さなくても、まず確認したいのはヒバリさん。キミなんだ」
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※注1)
「科学の終焉」という本はもちろん全部読んだわけでは無いのですが(おい)印象的な主張としては「ほとんどの事象は全て予測されており、今の科学はひたすら答え合わせしているだけである」という部分。実にエッジが効いている。ただし、途中で挿入されている紀行文が台無しにしている。このおかげで読むやめた。
※注2)
すっっっっごく大きい数字、それは単純に大きいだけでなく素数の分布がこの数を境に変わる「意味のある数字」。というわけで無限に一番近い数字、みたいことも言われてた気もする。現在、大体この範囲にあるだろう、ぐらいの認識のされ方のようだ。
※注3)
同じシチュエーションを繰り返す事で、笑いを誘うお笑い用語。主にコントで出現する。
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