第31話 その詩は恋文という
広大の前にはスモークサーモンのカルパッチョ風。
二瓶の前にはチーズリゾットのライスコロッケ。
好美の前にはオニオンリングタワー。
ステーキハウスを標榜しているファミレスであるのに、誰も
一人、広大だけはシーフードにこだわった形跡が認められるが。
店の外では、にわかに雨が降り始めている。
そのために悪鬼達の秘密の打ち合わせを雰囲気たっぷりに演出していた。
夕立であるから、時には稲光が三人の陰影を濃くしている。
今、雷鳴が響いた。
「ほんまに凄い情報網やこと。おかげで助かりました」
そう言って、チョンと首を傾げる好恵。
この雰囲気の中で、それをまったく意に介さずに。
――京都の人間は殺しても死なない。
そんな二瓶の妄言が広大の脳裏に染み出してくるが、
では本物の「京都」はどうなってしまうのか?
(ダメだダメだ)
危うく、関西三都の因習に取り込まれそうになる広大だったが、胸の中だけで活を入れる。
声には出さない。
声に出しては
それでも広大の緊張は隠しようもない。
好恵は、
「……相談やけど、どうやって知ったんか、うちに教えてくれはらへん?」
その言葉に渋面を浮かべるものの、やはり沈黙を守る二瓶。
さらに広大もやはり無言で見つめ返すだけ。
「なんやの? こんなの軽い挨拶やん」
好恵は、そんな空気の悪さにめげることもなく、ケラケラと笑い、さらに他罰的に振る舞った。
強い。
他の言葉など受け付けないように。
これでは遠慮するだけ損だな――と広大は考えたが、もしかしてこちらに遠慮させない気配りで、好恵は偽悪的に振る舞っているのか、と疑う。
「それで、こっちのリクエストは?」
一方で、二瓶は仲介人らしく話を先に進めた。
「まかせてや。うちもちゃんと仕事してるから。あの淵上ひとえが書いた詩の話な」
「詩? 詩で確定なんですか?」
反射的に広大が確認すると、好恵の笑みが深くなった。
「さすがやね。ちなみに、どういう考え方でその辺りがハッキリしないと思うたん?」
一瞬、広大が二瓶に確認するように視線を流す。
軽い頷きで返す二瓶。
二瓶自身も、広大の思考の過程を知りたいと思ったのだろう。
「……そこまで大したことでは無いんだけど……」
戸惑いながら、広大が説明を始める。
実際それは、難しい話ではなかった。
サークルの冊子、もしくは機関誌みたいなものが作られたとするなら、基本は学祭だろう。
学祭の時だけ発行する、という可能性もある。
そうなると当然発行部数は少ないし、持っているものはますます少ない。
だからこそ、ここ数日の騒動で、持っているものは当然自慢気に持ちだしているだろう。
それが昨日の段階で「情報屋」がそれを掴んでいないのだから――
「ああ、なるほどなぁ。つまり広大はさほど期待しとらんかった、ちゅうことか」
「短い時間ではな。それに詩が大事なんて言ってるのは僕だけという可能性もある」
「花井田さんだけってことは、あらへんよ。ただ確かに時間は足りんかったね。それに調べてみると、もっと“重く”なってもうてなぁ」
「重く?」
好恵の言葉に広大が訝しげに眉を潜める。
「そう。重く。話によると淵上ひとえは自分でその冊子を回収してたみたいなんよ」
「はぁ? どういうこっちゃ?」
今度は二瓶が遠慮なくツッコんだ。
「つまりやね……」
淵上ひとえが言うには「由佐波利」の詩は、城倉准教授への
「……というね」
とんでもない理屈だ。それも後付け。
さすがの好恵もかなり疲弊していた。
もしかすると、このステーキハウスに現れる直前まで情報の確認をしていたのかも知れない。
そのための「変装」として、カジュアルな装いに身を包んでいた可能性もあるのだが、この淵上ひとえの奇行は、情報屋としても“おいしい”振る舞いである事は間違いないだろう。
だからこそ、
「で、その詩は? わからんかったんですか?」
二瓶は容赦なく問いただした。
好恵も、そこは弱点だったのだろう。
まず言い訳から始めた。
「なんせ現物は無い。覚えてる人もおらん。それでもつなぎ合わせたうちの苦労もわかって欲しいわぁ」
「代償になる情報は、こっちが先に提供しましたよね? で、さっぱりわからんのですか?」
「琢己くんはせっかちでやわわ。わかりました。詩のあらすじいうのも十分おかしな話なんやけど……」
ようやく、好恵が「本題」に入る。
しかし、それはあまりにも「散文的」な報告だった。
「詩」の報告であるのに――
まず舞台となるのは、街中で頻繁に見かける公園だ。多くは児童公園と呼ばれる公園。
そこに設置してある、二つ並んだごく一般的なブランコ。
腰掛けた二人がブランコを漕ぐ。
恐らくは恋人。最近は気持ちもすれ違い気味。
これをさっぱり揺れが同期しないブランコを心象風景にして描かれる。
だが、そういったブランコの揺れが最後には同期して、二人の思いは寄りそう。
「……みたいな」
「最後は、別れた方が文学っぽいような。昭和の」
「そやね。それは賛成なんやけど、これがわからへんのよ」
「誰もオチを覚えてないんですか?」
「それがそうみたいなんよね」
それだけで、この「由佐波利」という詩の出来が窺えるというものだ。
少なくとも、あまり印象的なものでは無かったのだろう。
あるいは文体が古すぎて、理解されなかった可能性もある。
二瓶と好恵が、ここでは肩を並べて「由佐波利」へのダメ出しに興じていた。
そんな中、広大は右手の人差し指と中指を交互に動かしている。
補助線を引くように――ではない。
もっと直接的な……
「広大! それはブランコの動きか!? で、AとBが……」
その広大の仕草を見た二瓶が思わず声を上げた。
しかし、当たり前にその声は尻すぼみになってゆく。
「なに? いったい何やの?」
好恵も驚いているようだが、同時に笑みを浮かべている。
獲物を見つけたとでも言うように。
だが広大は、そんな二人の興奮につられることなく、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、これは思い付きがすぎる。佐藤さん、ありがとうございます。大変参考になりました」
そうやって礼を述べることで、広大はそれ以上の言葉をシャットアウトしてしまう。
そして再び――
――稲光が閃いた。
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