外伝1 コアクトとの交流(後編)

 わたしの書斎で、夢中になって本を読んでいた少女。

 コアクト、と名乗った彼女は、はにかみながら言葉を続けた。


「あの、すいません、本をお運びしていたら、すごく面白そうな本が沢山あったので、ついつい読みはじめてしまいました……。族長様のご本なのに、すいません……」

 そう言って頭を下げるコアクト。

 部屋に入ったら知らない子が読んでいたのでびっくりしたけれど、自分も本や物語が好きなので、その気持ちはわかる。だから、怒る気にはなれなかった。


「それにしても、このあたりの洞窟、すごく綺麗になってますね~ 通路の壁も綺麗ですし、あちこち光っているし、びっくりしちゃいました」

 きょろきょろと周りを見回しながら、コアクトが言った。整備された洞窟についてあまり知らないという事は、普段はアクダム派の地域に住んでいる娘なのだろうか。


 改めてコアクトを観察してみる。

 わたしより年齢は一回り上という感じ。少女……ではあるけれど、大人になる少し手前といった感じだろうか。

 フード付きのローブは結構上質な感じもするし、かなり身なりは綺麗な感じがする。比較的裕福なところの子なのだろうか。

 その割には、地面に寝そべって本を読んでいたけど……。


 そして、何より目に付いたのは、綺麗な赤いフレームの眼鏡だろうか。

 人間の街から仕入れたのだろうか。わたしが付けているものよりも軽くて使いやすそうだし、何より似合っていて綺麗に見えた。


「眼鏡が似合ってますね」

 わたしは思わずそう言うと、コアクトは嬉しそうに微笑んだ。

「そ、そうですか……? 嬉しいです。 あ、りり様!」

 コアクトがわたしの顔を見て、何か気がついた様に言った。

「りり様も、眼鏡をこの機会に新調されてはいかがですか?」

 自分の眼鏡を外して、わたしに見せながら言う。

「人間の街なら、もっと使いやすい眼鏡も作ってくれますよ」


 その言葉に、わたしは自分の目元に手を当ててみる。

 わたしが付けているのは、眼鏡とは言っても、かなり以前から持っている分厚いレンズだけだ。蔦のツルで作ったフレームの様なものにレンズを絡ませて、眼鏡もどきの代物を作って、顔に引っかけているだけだ。

 それに対して、コアクトの方は、綺麗な赤い鼈甲の様なフレームが、薄く削ったレンズを下から支えている構造の眼鏡だった。

 軽そうだし、何よりお洒落だった。


「そうね。……わたしも、あなたみたいな眼鏡が、欲しいです」

 わたしがそう言うと、コアクトはにっこりと笑顔を浮かべた。

「決まりですね。りり様ならきっとお似合いになると思いますし、本も読みやすくなりますよ!

 早速注文しちゃいましょう! おーい、商人さんーー!!」

 そう言って、部屋を出て「カイモンの街」の商人を呼びに行くコアクト。


 行動が早い。

 わたしの部屋でいきなり本を読み出した事と言い、思ったらすぐに夢中になって行動してしまうタイプなのだろうか。

 少し危うい性格なのかもしれないけれど……だけど、わたしと同じ本好きで、わたしと同じように本を読むことが出来て、そしていろいろな本についても知っているみたいだ。

 彼女とは、仲良くなれそうな……友達になれそうな気がする。


 戻ってきたら、いろいろお話してみよう。

 そして、本棚から、何冊か本を貸してあげようかな。

 また、彼女が好きな本について、お話してみるのも面白いかもしれない。


 そんな事を考えながら、わたしは、コアクトが出て行った方を眺めたのだった。



 ……………



 ……………



「おじさま、ただいま帰りました! いや~ 洞窟が綺麗になっていて、驚きました」


 そう言いながら帰って来たコアクトが大量の本を抱えていたので、アクダムは驚いて声を掛けた。

「その本は何なのだ」

「あ、はい、りり様に本をお借りしたのですよ」

 笑顔で答えるコアクト。交易品の搬入手伝いに駆り出されたとは聞いていたが、何故か本を持って帰ってきたのだ。

「りり様、珍しい本を沢山お持ちでしたよ! いっぱいお話しちゃいました! いい子ですね」

「……………」

「今回買われた本も合わせて、いろいろお借りしちゃいました。代わりに私も、今度本をいろいろ貸して差し上げるつもりです」


 無邪気に、そして早口で話す姪の姿を見て、アクダムはふうとため息をついた。

 まったく、この娘は自分がアクダム派の者だという……そして、アクダム自身の身内だという意識が全く無い。

 行動にアクダム派としての自覚がない。更に、よりによってリリと仲良くなって帰ってくるとは……。

 だが、昔から「こういう子」なので、今更叱りつけるわけにもいかず、アクダムもただため息をつくしか無かったのだった。



(それにしても……)

 楽しそうに借りてきた本を眺めるコアクトを見ながら、もう一度ため息をつく。

 アクダムの身内は今や、姪であるこのコアクトしかいない。それはつまり、今後アクダムが何らかの権力を手にしたとしても、まともな受け継がせる者がいない、後継者がいない事を意味する。

 そうであれば、現在自分がいろいろ画策している事に、何の意味があるのだろうか……。


(いやいや、今更そんな事を考えている場合ではない)

 アクダムは顔を振って、そんな考えを振り払った。


「? どうかしましたか、おじさま」

 コアクトが不思議そうな顔をして覗き込んでくる。

「いや、何でも無い。それより書簡を出したいので、『文烏ふみがらす』を用意してくれ」

「わぁ、お手紙ですか? 送り先の『書き込み』、私がやっていいですか?」

「……いや、大事な書簡なので、『文烏ふみがらす』への『書き込み』は儂自身で行う」

「ええ~、やってみたかったのに……」

 不満げな表情ながらも、「文烏ふみがらす」を取りに行くコアクト。


 その様子を見ながら、アクダムは懐の書簡を見つめた。


 この書簡が届けば、事態が動き始める筈だ。

 そしてそうなれば、もう後戻りはできない。

 だが、状況を考えれば、きっと上手くいくはずだ。


 「これ」が上手くいけば、再び……今度は名実ともに、自分がヘルシラントの族長に返り咲ける筈だ。

 それは、リリが覚醒する前の。幽閉できていた頃に描いていた形とは異なるけれども。

 だが、もう一度、族長になる事こそが、自分の生きる目標なのだ。


「おじさまー、『文烏ふみがらす』を持ってきました~」

 黒い烏の入った籠を抱えながら、コアクトが部屋に戻ってくる。

 その様子を見ながら、アクダムはもう一度、書簡を握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る